臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

「脳死」は人の死ではありません。「脳死」からの臓器摘出に反対します。臓器移植以外の医療の研究・確立を求めます。

第7回市民講座の報告

2015-03-16 13:59:09 | 集会・学習会の報告

第7回市民講座(2014年11月30日)講演録

 

講師:山崎光祥さん(読売新聞記者)
講演タイトル:沈黙の命に寄り添って―日々のなか、見えてきたもの―

山崎光祥さん みなさん、こんにちは。私の長女、愛実が出産事故から意識も自発呼吸もない状態になり、1年半後に亡くなりました。その数年後に臓器移植法を改正して子どもからの移植を可能にしようという動きがあり、当時は大阪本社の科学部に所属していたので取材をするようになりました。本日お招きいただいたきっかけになった本は、1年かけて、体験と過去の取材をまとめたもので、今日の話には最近の新しい情報は拾えていないことをお断りしておきます。


■出産/緊急手術/蘇生
 これが長女・愛実です。2003年7月22日に生まれ、翌年の12月30日に亡くなりました。今年は亡くなって10年目になります。7月21日に陣痛が始まり、その知らせを受けて私は当時赴任していた鳥取から駆けつけました。しかしずっと出てこなくて、翌午前4時過ぎにアラームが鳴ったのです。心拍数が100を下回った段階でアラームが鳴るように設定されていました。ドクターが診察して「赤ちゃん危ないな。帝王切開しよう」と言い、そして緊急の帝王切開が始まりました。廊下で待っていたのですが、明け方「お父さん呼んで」という声が聞こえたので、「ああ、これはダメかな」と覚悟しながら中に入りました。娘は蝋人形のように真っ白でひとめ見てダメだと思う状態でした。医師は心臓マッサージをしながら「さっきからやっているんですが戻ってきませんわ、もうよろしいでしょうか」といって、再度心拍を確認したら、「あれ?いけるんちゃうか」と、また心臓マッサージを続け、そして大きな病院に搬送されました。救急車の中で先生になぜこうなったのかと聞いたら、「臍帯脱出です」と言われました。赤ちゃんの頭より先にへその緒が産道から出てへその緒を圧迫してしまうのだそうです。珍しい症例で、医師に「ひとたまりもありません」と言われ、相当厳しい状況であることを覚悟しました。


■集中治療/長女の状態
 新生児集中治療室(NICU)では、循環を安定させる集中治療を受けましたが低酸素性虚血性脳症となり、脳がダメージを受けている状態でした。加えて新生児特有の危険性(新生児遷延性肺高血圧症)もありました。脳を保護する低体温療法を受けましたが、この治療が新生児に対して行われるようになったのは2000年頃で、当時はまだ3年目。搬送先の病院にとっても初めてだったそうです。この時はアイスノンで脳を中心に全体を冷やし、脳に近い鼓膜の温度が直腸温より1度くらい低くなるのがいいと考えられていて、それを目指していました。現在は体全体を33度から34度に冷やすか、頭だけを冷やして体はヒーターなどで暖める方法があります。冷却は72時間、その後少しずつ体温を戻します。この治療を始めたときは「きっと良くなってくれる」と信じていましたが、低体温療法で体が冷えると肺高血圧症が進むというジレンマにも陥るのです。抱っこも神経を遣い看護婦さん3人がかりで抱っこさせてもらうという状況でした。
 愛実の状態は、意識も自発呼吸もない、反応がない状態でした。手足もだらんとしているし動かない状態でしたが、循環(血圧や心拍数)は安定していました。奇跡を待つだけという思いでした。(誕生の)1カ月後の8月20日の脳波は、少し活動して休んでまた少し活動して休むというものでした。CTを見ながら、脳が委縮して神経細胞は死んでしまっていると説明されました。脳が溶けていくということを実感する所見でした。脳幹の機能検査として、ヘッドホンで大きな音を聞かせて反応を見る「ABR」というのがありましたが、まったく反応はありませんでした。脳幹が機能しておらず自発呼吸もない、体温も調節できない。脳波はあるので脳死ではないが、自発呼吸がないので植物状態でもない状態でした。
 脳死と遷延性意識障害の間は広く、一人ひとり症状が違うようです。脳幹が機能しないのが脳死と言われますが、愛実は弱い脳派があり表層の神経細胞は生きている状態です。医師は私たちを別室に呼んで「愛ちゃんに自発呼吸が出てくるのは非常に厳しい」「心臓はしっかり動いていて感染症にならなければある程度の期間は生きられる」と言いました。私は低体温療法も受けたし、よくなると信じていたので非常に辛く感じました。


■ 「生きたい」という意志
 私はこういう状態が存在する事が信じられなかったのです。脳死がどんな状態かは知識として何となく知っていましたが、意識も自発呼吸もない子が生き続けられる事が信じられなかったのです。
 NICUに帰って、妻に「愛ちゃんはどうしたいのだろう」と問いかけました。生まれてきてお母さんの顔を見ることもできないし、おっぱいも飲めない、こんな生き方に意味があるのだろうかとさえ思いました。当時は脳が機能しない状態で生きていても価値はないのではないかと考えていたので、蘇生の段階で、障害が残るより天国に行った方がいいのではないかと瞬間思ったりもしました。人工呼吸器によって酸素が送られ、母乳は鼻からチューブを通して送りこまれれば、からくり人形のように自動的に代謝して生き続ける肉の塊なのかなと考えたり、しんどい思いをさせて惨めじゃないか、生かしているのは親のエゴではないかと考えたり、親もさまざまな制限を受けるので厳しいなあ、早く死なせてあげた方がいいのかなあと考えたりしました。しかし次の瞬間、いや待てよ、死んでしまうことは簡単なのに本人は踏み留まって生きてきた。低体温療法で寒い思いもさせられながら乗り切ってきている。肺炎も数日後にはよくなり安定した。身長も8㎝大きくなった。この子は生きたいのではないか、死んでしまう方が楽なのに、生きてきたのはパパやママと一緒にいたいからではないか。惨めと考えたが、よくよく考えると、生まれた状態から歩くことも食べることもできない状態で、自由に動ける状態を知らないから私たちが思うほど惨めではないかもしれない。この子が一生懸命生きているその姿は神々しい、早く楽にしてあげたいと一瞬でも考えたのは、自分が介護から逃れたいという思いから、自分の価値観を娘に押し付けていたのではないか。何と思いあがった上から目線のいやな考え方かと思いました。


■見えてくる“違った意識”
 また、意識がないと言いながら、違った形の意識があるのではないかと感じることもありました。似たような子どもを持つ親皆同じような事を言います。例えば入院当初、私がNICUのインターホンを鳴らし、主治医が「お父さん来たよ」と娘に声をかけると、少し体温があがったと聞かされることが数回ありました。かすかに表情が変化し、体調がいい時はピンク色のいい顔をするし、しんどい時は肌が赤くまだら色になるのです。実は7つ下の妹が、2~3歳の時にむせて苦しくなった時に全く同じ表情を見せ、「ああやっぱりお姉ちゃんはあの時は苦しかったのだ」と確認できたのです。ある日長女の抱っこを早めに切り上げると表情がすごくさびしそうに見えたり、気管切開の手術をする前日に主治医が「採血しようか」と言ったら、顔が真っ赤になって、主治医も「分かった、わかった、ごめんね」と退散するほどはっきりわかる変化をしたこともありました。この時は少し離れた場所にいた看護師さんが「愛ちゃんどうしたん?!」というほどでした。別の日に私が「帰るね」というと首を振っていやいやという表情を見せたこともあります。偶然かも知れないけれど、一つ一つのエピソードが積み重なって、私たちが長女のような子と同じ目線に立ってその子のことを考えてあげたらいろいろなことが見えてくるのではないかと思ったものです。
 

■一般病棟へ、そして在宅へ
 娘は一般病棟の個室に移り、そして在宅へ移行しました。一般病棟では歌を歌ってあげ、スキンシップが取れたし、個室でプライバシーを保つこともできました。誕生日も祝うことができました。制度上、病院側が家族に付き添いを求めてはいけないのですが、この病棟では妻が泊まり込みで付き添いをしました。2時間おきに、痰などの吸引をしなければいけないので、看護師さんが2人で来ますが、処置で音がしますので、妻は寝ている訳にはいかず、気が安まることがありません。病院は親が生活する場所ではないので、お風呂も使えません。妻は私が仕事帰りに面会に寄っている間に自宅に帰り短時間でお風呂に入り、病院に帰ってくるという生活をしていました。こういう生活は大変で、早く自宅に連れて帰りたい、子どもの寿命を縮めてしまうかもしれないが、生きられる間は家族で過ごしたいと在宅療養を決心しました。病院なら看護師が3シフト制でケアにあたりますが、自宅ではほぼ全てを妻がやることになります。当時のケアは吸引、床ずれ防止の体位変換、母乳と栄養剤を混ぜたものを温めて送り込む経管栄養、備品の交換、消毒・殺菌、洗濯などが必要で、命を一人で背負う重圧も相当なものでした。訪問看護や訪問診療をお願いしても当時はやってくれるステーションがありませんでした。「呼吸器つけている子には対応できません」と言われて・・。そのままスタートした結果、妻は極度の睡眠不足になったのです。
 愛実は12月30日に亡くなりました。亡くなる前は、大きな誘拐殺人事件があり、私は朝から深夜まで取材に出ることが続きました。妻は完全に消耗してしまい、亡くなった当初は「ママが限界だと分かって身を引いたのではないか」と言うほどでした。ただ、悲しみはあっても、「やりきった」という満足感があり、娘を失った傷をその後の生活や仕事にいかせる原動力になっているのではないかと考えています。

 

<神戸の翔太郎君一家を取材して>
 法改正の動きがあり、脳死のお子さんも私の娘に似ているのではないかと思い、自分の経験を踏まえて取材したいと医師やバクバクの会に連絡を取りました。そして兵庫医科大学から紹介して頂いた神戸の翔太郎くんを取材しました。彼は2003年10月に超低出生体重児として生まれ、2年後の4月に誤嚥による呼吸困難で心肺停止状態に陥り、低酸素状態になりました。無呼吸テスト以外の検査(脳血流の検査も含め)をして、臨床的脳死と診断されたそうです。
 私は脳死のお子さんはどういう状態かを知りたかったのですが、お会いすると、体温調節は苦手だが毛布をめくった時に、左腕、左脚、右脚、右腕と順番に曲げていく一連の動きを見せてくれました。うちの子どもは全く動かなかったからうらやましかったです。涙を流す、汗をかくなどの反応も、退院してから強くなったそうです。
 自宅に帰ると反応が良くなるということを他の家族からも聞きました。そうしたことは訪問する医師や看護師しか知らない訳です。臓器移植や脳死を論じているドクターは病院内での様子しか見ていないので、自宅での様子を知らないまま論じていていいのかと感じました。翔太郎君は身長も体重も増えるし、存在感のある、たくましい子どもでした。天気が良い日は車椅子に乗せて人工呼吸器も載せて買い物に行ったそうです。お姉ちゃんは弟のことが大好きで、一緒に散歩に行くと友達を見つけては連れて来て「この子、私の弟なのよ」とアイドルを紹介するように話していたと聞いて、子ども同士は心と心で繋がるのだとお姉ちゃんから教わる思いでした。
 翔太郎君は、脳死のお子さんである前に幼稚園児です。養護学校の幼稚部に在籍し、肢体不自由児のお子さんと一緒に通学していました。先生が翔太郎君をバランスボールの上に乗っけて、ゆっさゆっさとバランスを取って動かすのを見た時はとても驚きました。体を動かしてもらううちに関節が柔らかくなって動きが良くなったそうです。
 医療的ケアはフルコース。脳の機能が停止しているので、ホルモンが分泌できません。重要な抗利尿ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモンを翔太郎君は投与されていました。そうしたホルモン補充に対して、「医療費の無駄」という意見もあります。

 翔太郎君は「人の死」なのでしょうか?彼のような臨床的脳死を「死」と仮定します。うちの子は脳死ではないので「生きている」として二人を比較して整理してみました。
脳死は人の死ではない 翔太郎くんは脳の検査に反応せず、脳の血流もない。うちの子は弱い脳波があり、脳は萎縮しているが脳波やABRに若干の回復が見られました。翔太郎君よりいい状態だが愛実には体の動きはない。吸引の頻度は翔太郎君より多い。生存期間は、翔太郎君は脳死になってから3年4カ月、それに対し、うちの子は1年半で亡くなってしまった。共通点は「生きたい」という意志を家族が感じていたこと、成長するし、家の中の主役だったこと。結論として人の生死は脳の検査結果だけでは測れないと思いました。
 その後の取材で感じたことは、「脳死は人の死」と思っていない医療者は小児科を中心に意外とたくさんいるということです。ただ、私の前で「脳死は人の死だとは思っていませんよ」と言っていた先生がある学会で「脳死は人の死だと思うか」と聞かれ、「学会では人の死とされています」と答える場面を見ました。「人の死」と言わなければいけないような雰囲気が医者の世界にはあるのかなと思ったものです。メディアの中にも「脳死は人の死」と思って取材を始めた記者が、脳死の患者を取材して「死とは思えない」というスタンスに転じた例も多かったです。しかし、そのようなスタンスで記事を書くと移植医から激しいバッシングを受け、「この子たちは無呼吸テストを受けていないから脳死ではない」「検査が間違っていたのではないか」「偏った報道だ」と言われることもありました。確かに無呼吸テストは受けていませんが、親は自発呼吸の兆候が出てくるのを一日千秋の思いで待つものです。にもかかわらず、それを何年間も見落とし、「自発呼吸がない」と言い続けることはあり得ないと思っています。自発呼吸が出るか出ないかは、その子の予後や家族全体の生活を大きく左右します。微弱な呼気を感知する機能を備えた人工呼吸器もあります。

 

<のんちゃんのこと>
 臓器移植法が改正された後に臓器提供のオプション提示を受けて提供しなかったお子さんを取材することができました。名前をのんちゃんと言います。改正臓器移植法が施行されたあとの2010年8月、食べ物がのどに詰まって、一時的に心停止を起こしてしまいました。
 臓器提供となると虐待の話がありますね。一番腹立たしいのは乳児ゆさぶられ症候群(SBS)。見た目には跡が残りにくいのです。子どもが泣きやまない時などに前後に激しく揺さぶる親がいるのです。赤ちゃんの首は座ってないのでバネのような状態になってしまう。何度も前後に振っている間に加速度がついて、頭蓋骨が動く方向と脳が動く方向が乖離して、静脈が切れて大量出血してしまう。お子さんが運ばれてきた時になぜか分からないが頭蓋内で大量出血している状態で、SBSの存在が知られていないときは、乳幼児突然死症候群として処理されていた可能性があります。しかし、赤ちゃんの胴体を両手で持った時、大人の人さし指や中指が当たる赤ちゃんの背中側の肋骨が折れるなどいくつか特徴があるので、法施行前に作られた虐待発見のマニュアルに盛り込まれています。
 話をのんちゃんに戻します。彼女は最終的に虐待は受けていないと判断され、医師から「臓器移植法の改正で確認しなければいけなくなったのでお聞きします。臓器を提供されますか」と聞かれました。両親は即座に「考えていません」と答えたそうです。
 この写真は脳死判定のシュミレーションをやった時のものです。瞳孔に光を当てる、角膜に綿棒をあてる、耳の穴に水を入れてみるといった脳幹反射の検査に加え、脳波は30分以上、5倍の感度で測る。最後は無呼吸テスト、やり方は酸素を10分間吸わせたうえで呼吸器を止めてみてから、血液検査で二酸化炭素がどれだけ含まれているかを調べます。血中の二酸化炭素濃度が一定レベルを超えると、呼吸中枢が刺激されて自発呼吸が出てくるはずなのですが、それを胸やおなかの動きの有無で確認します。「最初に酸素をたくさん吸わせるから大丈夫」という医師と、「呼吸を止めるから危険だ」という医師、双方います。脳死判定は6歳以上は12時間、6歳未満は24時間以上の間隔をあけて2回行うことになっています。
 
 のんちゃんはオプション提示後、在宅療養を目指すことになり、障害者手帳1級を取得しました。ご両親は、在宅に向けて車椅子を買ったり医療的ケアの練習をしたりしました。のんちゃんのお祖母ちゃんや叔母さんも練習しているので、ケアができるとのことです。訪問看護の派遣は受けていましたが、お父さんはシフト制の仕事をされていたので家にいる時間が少なく、お母さんが仮眠をとりながら連続してケアしていました。お母さんは保育士さんで、休職して介護されていましたが、ベッドの周辺にぬいぐるみなどを置いて、見ているだけで楽しい部屋でした。おしゃれを楽しみ、BGMを鳴らしながら指に絵の具をつけて紙に描くなど、限られた中で、楽しく過ごす工夫をされていました。またのんちゃんはダンスが好きだったので、よく音楽に合わせて体を動かしてあげたそうです。お母さんの話によると、体の動きがあり、鼻から栄養剤を入れると左腕をあげ右もあげ波打つ動きを見せるといいます。気持ちがいい時はポカーンと口を開け、もうおなかいっぱいというときは歯を食いしばるそうです。信じられないエピソードですが、のんちゃんは男性が苦手だったそうで、リハビリのために男性が初めて自宅に来たとき歯を食いしばりハの字の眉毛が一文字になったそうです。怒ったように見えたとお母さんは言っていました。在宅してからは、入院中よりもコンディションがいいし、小さいのに頑張って生きようとしているので、「自慢したいです」とも言っていました。そして「“脳死は人の死”と言う方は、そういう子どもと一緒に暮らしてみてはどうですか。私は長くたくさんの思い出を作ってあげたいです。それが願いです」と。お父さんは「娘は生きていますよ。表情があるし。もしあの時、そのまま亡くなっていたらきつかったなあ。いずれは心臓が止まることを覚悟しているが、それまで一緒に過ごせることを感謝している」と話してくれました。その後、3歳の誕生日にはディズニーランドにも行ったそうです。ディズニーランドは彼女のような患者の来場には慣れていて、連絡すると個室を用意するなど、至れり尽くせりだそうで、アトラクションには乗れなくても十分楽しめたそうです。のんちゃんは、妹が生まれたあと、敗血症で亡くなりました。脳死になって1年9カ月生きました。
 臓器提供についても聞いてみました。お父さんは、「実際に提供した親が他の人の体で生きてほしいとコメントしているのを聞いて、そういう考え方もあるのかなと思うが、私の場合は違います」と言っておられました。私の妻は、自分の子がメスで切り刻まれるのは絶対にイヤだと言いました。のんちゃんのお母さんは「移植を受けて走っている子がなんで自分の子ではないんだ、と思ってしまうかもしれません」と言われました。

 子どもが脳死状態になった時、在宅を選ぶか重症心身障害児施設に入れるという選択肢以外に、臓器提供がオプションとして加わりました。栄養剤を減らし看取るという選択もある。正直、我が家は「脳死は人の死」と思ってないし、生きてくれた形は一番良かったと思っていますが、本人に聞いた訳ではないので、それが普遍的なものかどうかはわかりません。しかし、どの選択肢を選んでもいいよというようになってほしいですね。在宅療養の負担が大きいから選べないという状況はおかしいと思っています。
 そもそも論ですが、脳死に至らない治療がどこでも受けられる様にしてほしい。子どものバイタルの正常値や治療の仕方は発達段階に応じて少しずつ違います。長野県立こども病院の小児集中治療室(PICU)では専門の看護師、医師がモニタリングして、急変する前に先回りして治療できるそうです。PICUは統計上は全国に32施設238床あることになっていますが、心臓病のお子さんや手術直後の管理のために主に使われている病床もそこに含まれるので、院外で重篤な状態になった子どもを受け入れられるPICUのある病院は大変少ないのです。そういう場を増やし、専門の医者が脳死にしない治療を行うことが最底限必要だと思っています。
 また、情報は隠さずに提示してほしいと思います。治療方針を決めるための判断材料として、長期脳死の子の生活実態やホルモンを補充する方法がることとかも医療者は家族に伝えるべきです。訪問看護や在宅を支えるシステムも必要不可欠です。ヘルパーも不足しているし、レスパイトができる施設もまだまだ未整備です。医療費、資源の問題もあるかもしれませんが、社会が許容して重症の子どもを支えて欲しいと思います。

 

質疑応答要約

●この前、6歳未満の女児に脳死判定(第2例目の)がされて、両親のコメントが出ていました。
「私どもはこれまで娘の回復を期待し見守って参りましたが、辛(つら)く長い時間を経て、残念ながら脳死状態であり、回復の見込みがもはや無いことを受け入れるに至りました。向かう先は死、という状況の中、臓器提供という道を選択した理由は以下の通りです。
 娘は進んでお手伝いをしたり、困っている子がいれば寄り添って声をかけてあげるような、とても心の優しい子でした。臓器提供という形で病気に苦しむお子さんを助けることに、娘はきっと賛同してくれると信じています。こうして娘が短い人生の最期に他のお子さんの命を救うことになれば、残された私どもにとっても大きな慰めとなります。」と、仰っています。親御さんのコメントは、ほぼ同じことが語られますが、これ以上の言葉がないからなのか、あるいは、移植ネット的には、こういう言葉なら世の中から責められることはない、立派な親御さんでしたと言われるだろうからなのか。マスコミは関わっているのか?難しいとは思いますが、こういうコメントについて山崎さんはどう感じられますか。

山崎:私は、誰かが家族に恣意的に言わせているとは疑ってないです。やはり我が子を失うという局限の状況になった親御さんは、どこかに救いを求めると思うんです。臓器提供を考える親御さんもいるでしょうし、私どものように、力尽きるまで支えることに重きを置く親御さんも沢山いらっしゃいます。そのどっちが正しいとかは勿論いえません。みなさんを疑心暗鬼にさせてしまうのは、移植ネットワークからの情報は、例えばつい最近の臓器提供でいいますと、〔順天堂大医学部附属病院で、6歳未満の女児、低酸素脳症〕としか書いていないのです。記者会見でもそれ以上のことはほぼ発表しないですね。プライバシーを守るためかもしれませんが、私は人の生死を社会的に完全に受け入れられている訳ではない基準で線引きしてしまうことになるので、脳死に至った状況などは詳らかにされるべきだと思うんです。殆ど情報が出てこない中で、家族の思いの部分だけが突出して出てくる、そういう情報提供のあり方はどうなのかと思います。おそらく臓器提供をされたお子さんのご家族は、過去に臓器提供されたご家族がどうお考えになっていたのかを聞いておられたりして、同じ考え方だから臓器提供されたのでしょうし、結果的に同じ発言になることもあるのかもしれないので、私自身は誘導されているとは思いません。
 また、今のマスコミに臓器提供や臓器移植に対する関心は殆どないと思います。一例目は大きなニュース性があるので、どうしても報道合戦になります。6歳未満のお子さんの1例目が発生する前は、わが社でも臓器提供についてみんなで勉強したりしました。変な話ですけれど、「1例目、提供へ」っていうのをスクープしたいなあ、というのが会社や新聞記者の一般的な考えですし、そういう関心が強い間はみんな勉強しますが、2例目以降になるとそこまでのニュースバリューはなくなってしまいます。マスコミが恣意的に情報を変えようということは、多分ないんじゃないかと思います。

 

●山崎さんは、脳死概念を前提としてその子供たちとともに生きている、とお話しをお聞きしました。そこで、脳死概念そのものを、一緒に生きている側から解体して、使わないようにしてはどうかと考えましたが、いかがでしょうか。

山崎:脳死が人の死であるかどうかは別として、脳の細胞の殆どが機能していない状態は、医学的に捉えなければならないと思います。個人的には、脳死に近い状態の子が、脳死であるかどうかと厳密に線引きをすることには、興味がないというか、生活する上では変わりません。けれども、脳死という概念自体は必要だと思いますし概念がないことには、そういう子たちのQOLを上げていくための研究などもターゲットが絞れない状況になるから、それ自体はあって然るべきじゃないかと私自身は思います。

 

●三つ質問させていただきます。まず在宅医療と臓器提供の選択肢は、同じ重さであるべきと仰いましたが、それはどうかなという気がします。というのは、のんちゃんの場合、薬物投与は整腸剤と甲状腺ホルモンだけだったのですね。そうなると、脳から分泌されるホルモンは分泌されていた。脳はある程度生きていたと考えられ、場合によっては臓器摘出する時に痛みを感じるかもしれない。昔は臓器摘出する時に麻酔をかけていましたが、今はかけていませんから、全く生きたまま切り刻まれ、命果てるという事態が起こるんですね。そこまで考えると、在宅療養、臓器提供、看取り、それぞれ同等として考えるのでいいのかと思います。
 2番目は、マスメディアの報道の傾向として、臓器提供に関わる情報を報道してこなかった点です。例えば先ほどの臓器摘出時に麻酔をかけたという情報も報道してないし、さらには、アメリカでザック・ダンラップさんという方が臓器摘出直前に脳死でないことが分かり、今は社会復帰していること。あるいは、一番直近では、ジャハイ・マクマスという方は、脳死ではないと思われる状態だったために、脳死による死亡宣告の取り消しを裁判所に申請していること。そういう報道していない。ということは、臓器提供に迎合するというのが、主な潮流であって、それが現在のマスメディアの行動ではないかと思うんです。その辺は不信をもっている訳です。
 3番目です。先ほど、愛実さんの状態は脳死と遷延性意識障害の間の状態だと言われましたが、私は、医学的にはそこまで言う必要はないんじゃないかなと思います。というのは、植物状態と遷延性意識障害について自発呼吸の有無は特に言及していないのが本当だと思うんですね。ですから、遷延性意識障害と言えば、いいのではと思います。ただもちろん社会生活を送るにあたって、重症で意識がなくて人工呼吸器をつけていたから訪問看護を受けられないとか、社会生活を送る上で自発呼吸のある意識障害の方と状態が違うのは分かります。そういう面では分かりますが、医学的な脳死と意識障害の状態を言う必要はないのではないかと思いました。

山崎:沢山ご質問ありがとうございます。まず1点目ですけれども、同じ重さと言った大前提は、現在同じ重さじゃないからです。在宅を考えた時の、壁の高さというか、精神的な圧迫感はすごく大きなものがありました。我が家はたった数ヶ月で終わってしまいましたが、それが2年、3年、10年続いたらどんな生活になるんだろう。未だに考えてもやはり答えは出ないです。今の状況は、積極的に、皆さん在宅しましょうと言えるほど、甘くないです。妻は本当に疲弊していました。在宅を選択するというのは、社会的な支援が十分に受けられるならばまだましだとは思いますが、現状はそうなっていない。そういう方向に行ってほしいという願いを込めて話しました。長期脳死のことも在宅をした場合の情報も十分知らされず、すごく不利な状況にあります。我が子については臓器提供はしたくないと、本音ではそう思いつつ、対外的にやるべきじゃないという考えを押し付けるつもりも私にはありません。そういう意味で、それぞれの家族がしっかりと選べる状態、在宅を選んでも過度な負担がない状態になってほしいし、情報はしっかりと家族に伝えてほしいと思います。そういう意味合いで、同じ重さであってほしいと話しました。
 マスコミがなぜ書いてないか、なぜ報道してないか。簡単な話です。知らないからです。知らない、もしくは、そこまで書いても、というところがあると思います。新聞は医学専門誌ではないので、一般の人に分かりやすく書くという基準でやっていることを、ご理解いただきたい。
 最後のご質問について。私は親であり、新聞記者でもあるという立場です。親の視点では、長女が脳死か脳死じゃないのかなんてはっきり言って生活上は全然関係ないのですが、新聞記者としてこの問題を突き詰めていこう、あるいは皆さんに知ってもらおうと思った時に、脳の状態を一言で言い表せなければ原稿を書きにくいものがあるんです。名前がないものは書きにくいんです。報道する立場では、概念がはっきりと決まっていて、それについて論じますよと明示しないと、新聞記事は成立しないし、取材する上でも何を取材しているのか分からなくなってしまうので、そういう意味でも、私自身は、概念が必要だと思うのです。

 

●私の息子は、現在生きていれば30歳になります。8歳のときに心停止を起こして、それから2年半ぐらい、全く体を動かさず、脳波もほとんどないという状況でした。病気はミオチューブミオパチーという筋肉の病気です。この病気は随意筋が動かないんです。ですから、無呼吸テストをやっても、自分で肺を動かすことができませんので、この子どもが脳死状態になったとして無呼吸テストをやっても、全く反応はしません。脳死判定をクリアしてしまうわけです。病気によってはそういう状態もあることを、知っていただきたいと思います。

 

●山崎さんの本の反響というか、同じ状況で生きておられる方からの反応―自信になったとか、勇気をもらったとかっていうことはあるんでしょうか。

山崎:正直、本に対しては反応ないですね。反応を聞くような場面もないです。過去の記事では「生きることについて考えさせられた」ということを仰って下さった方もいました。本の中にも書きましたが、やはり「生きるって何だろう」ってことを考えるわけです。こういう子たちを見ていると。ある救急の有名な先生が、「実は、若い頃、抗利尿ホルモンを患者さんに投与したことがあります。そしたら、本当だったらそのまま脱水状態になって亡くなるところが、結構長いこと生きて、それを見ていた周りの先輩からは、おまえ何やってんだって滅茶苦茶言われた」「そういう体験を通して“生きるって何だろうな”と、私自身も考えました」とメールを下さいました。医療ルネッサンスで娘について書いた時は、たくさん、涙が止まりませんでしたというお葉書をいただいたりしました。概ねお母さん方は、自分の子だったらどうだろうなと考えられる人が多いようで、「そういう生き方があることを初めて知りました」というお声も頂戴しています。

 

●私は大学4年生で、脳死・臓器移植について卒業論文を執筆中です。論文のテーマは、臓器移植法が2009年に改定されましたが、なぜ、移植拡大の方に法が改定されたのか、その要因を明らかにする、ということです。先ほど脳外科の先生や移植を推進する立場の方が議論の中心にいたということで、そういう流れはあったと思いますが、その一方で、山崎さんの報道であったり、長期脳死の子供たちの実態を伝える報道があったりとか、脳死に対する科学的な疑いが持たれたりとか、少なからず、疑問を呈するような動きもあったと私は思っていて、それを踏まえて、なぜ、移植拡大の方に法が改定されたのか、山崎さんはどのように考えておられますか。

山崎:当時の雰囲気は、臓器が必要だというお子さんが前面に出てくるわけですね、海外渡航しないと助かりませんと。そういうお子さんが記者会見を開くとみんな注目して、「かわいそうだ」「どうにかしてあげて」というレシピエントの側に立つ記事が出ます。それ自体はしょうがないことで、間違っているとは思わないけれど、それと脳死の問題がどうして一緒なのって問いたいんです。片方では、死んでいると考えられる状態の患者に無駄な治療が行われている、その一方で、臓器を欲しい子がいる。そこを繋いで何が悪いんだというのが、根底にある考え方です。それはヒシヒシ感じました。本当は別次元の話として切り離して議論してほしいのです。
 脳死状態のお子さんはテレビに出てこないじゃないですか、ほとんど。その時点ですでに一般の人にとっては情報量に格差があるんです。臓器がほしいお子さんは、何度もテレビに出て取り上げられるけど、脳死状態のお子さんは、自分でしゃべるわけじゃないし動き回るわけでもないので、目立たないんです。メディアというのは、露出度、どれだけ目立ったかがどうしても力を持ってしまうのです。
 片方の力が弱かった一方で、移植学会の先生方が定期的に新聞記者を集めてメディア向けの勉強会を開いていました。メディア戦略はしっかり整っていたのです。偉いお医者さんが、こうと言ったら、医療の知識がない記者は、そうなんだと思い、それに反論できる情報は何もないんです。私自身は、脳死ではないけど似た状態の子を育てた実体験があり、本人やご家族に取材もしていたし、それなりに知ってるつもりでいますけれども、そういう記者はほとんどいない。新聞記者はいくつもの担当テーマを抱えていて、臓器提供というのはその中の一つに過ぎません。時流で注目されているから頑張ろうという記者は、多少その瞬間は頑張る。勉強しようと思うと、メディア向けセミナーへいくわけですね。結果、メディアの受け止め方は、その方向性が強くなるのです。そういう流れにはどうしても抗えないものがあります。翔太郎君や他のお子さんを何度か記事で取り上げたこともありましたし、同じ志を持った他紙の記者と情報交換もしましたが・・・。実際に、移植受けてよくなったという患者さんが出てくると、社会としてもそういうところを支えてあげたらいいんじゃないかという意見が強くなるんだと思います。

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