O's Note

いつまで続くか、この駄文

臨場感たっぷり

2008-02-18 22:30:00 | 涜書感想文
 1日5分のリモコンヘリコプター。
 いまだに不時着したり、激突したりとなかなかうまくコントロールできませんが、うまく離陸して空中を飛び、目標としたところに着陸できると、単純ですがホントにうれしく思います。そしてそのたびにこう思います、本物のパイロットっていうのはスゴイもんだな、と。

 先日、書店で思わず手に取った本。

 内田幹樹『査察機長』(新潮文庫、2008年2月)

 思わずというのは、決してリモコンヘリコプターを操っているからではなく、そこには「今はなき著者」の文字を見つけたからでした。ANAのパイロットだった内田氏。かつて、まったく縁遠い世界の裏話をおもしろおかしく紹介している『機長からのアナウンス』を読み、そのお名前を知っていたからでした。世界各国の機長の共通の話題3Sには苦笑したものです(ちなみには3Sとは、スケジュール・サラリー・セックス)。
 その内田氏がお亡くなりになったことを知り、『まだお若いはずなのに』と、思わず手が出たわけです。

 747-400(ダッシュ400)の新米機長である村井は、国際線のチェックフライト(査察飛行)を迎えます。しかしそのチェッカー(査察官)は、同僚の機長昇格を阻んだほど厳しいチェックを行う氏原キャプテン。村井は、氏原の査察を受けながら12時間以上もフライトすることに多くの不安を抱えます。しかも同じ飛行機の復路でチェックを受けるのは、それまで若手の訓練を行う教官だったベテランパイロットの大隅。当然、往路にも搭乗する大隅に、村井は、氏原のみならず大隅からもチェックを受けるのかと訝しがります。
 チェックフライトは成田からニューヨークJFKまで。物語の大半は、成田離陸前から雪で視界不良のJFKへの着陸までのコクピットでの出来事で構成されています。
 コクピットでパイロットが行う操作が中心ですので、実際のところ、計器類の操作や管制官とのやりとりにかかわる部分は、話としては理解できてもそれがどのような意味を持つのか想像できない部分もたくさんありました。しかしそれでも、雪のJFKに着陸する場面では、村井の緊張感が痛いほど伝わって来ます。
 通常のフライトでも幾重にも積み上げられた確認事項。査察飛行ではそれをチェックされるわけです。成田を出る前から6,700マイル以上離れたニューヨークJFK付近の気候を読む。その天候は悪化することが予想される。場合によっては代替着陸も視野に入れなければならない。そういった臨機応変の対応がすべてチェックの対象になっています。そしてそれらすべては、離陸前のブリーフィングから始まっているわけで、わかっていても気苦労が忍ばれます。
 この物語の面白さは、サスペンス小説を読んでいるようなドキドキ感を味わえることでしょうか。村井と一緒にフライトしているかのような錯覚に何度も襲われました。この感覚は、舞台が自動車や列車、あるいは船舶では決して味わえない感覚です。空飛ぶ潜水艦である飛行機、しかもそれがダッシュ400のような大型機であるからこそなおさら味わえる感覚であると思います。一挙手一投足が見られている中で、主人公がどのように考え、どのように行動するのか、読み手にとっては何とも不安定な緊張感を与えるものでした。また氏原や大隅、チーフパーサーの山野など、数は少ないながら登場人物のキャラクターも魅力的でした(ちなみに、チーフパーサーは、業界ではチーパーと略すらしい。なんかステキ)。

 無事JFKに着陸した村井は、ニューヨークのホテルに確保されたクルールームに呼ばれます。そこには氏原が待っています。
 そこで今回のチェックフライトについて評価を受けるのですが、そこでのやりとりは、航空会社のそれというよりも、一般的な「教育」のあり方を語っているようで妙に印象に残りました。
 たとえば、氏原が村井の飛行について評価する場面で、氏原がいったこのセリフ。

「どのパイロットにも必ず欠点があります。私自身もそうですが。それが見えてしまうからチェックがいやなのだと思います。コーバイ(副操縦士)の時は技量だけでなく、それこそ礼儀作法までいろいろ周りが注意してくれます。でも機長になると誰も何も言ってくれません。ご自分の欠点や弱点に気付いて頂くのがチェックであり、それがチェッカーの役目だと思うのです。落とそうとしてチェックをするチェッカーはいません。欠点をどうやれば克服できるのかお手伝いできれば、と思っています。見方を変えれば、チェックは効率の良い教育です。これからまだまだ先は長いですから、何回もチェックを受けられるでしょう。チェックは増えることはあっても、まず減ることはないでしょうから、堅くなりすぎないで受けて下さい。」[p.332]

 「どの教員にも必ず欠点があります。私自身もそうですが。それが見えてしまうからピアレビューがいやなのだと思います。講師の時は技量だけでなく、それこそ礼儀作法までいろいろ周りが注意してくれます。でも教授になると誰も何も言ってくれません。」なーんて置き換えながら読んでしまいました。(笑)

 読み終えてから、近くの空港でJAL機(ダッシュ400)の滑走路進入事故が発生しました。
 どんなに訓練していても、何度チェックを受けていても、人がやることにはミスが付きものなんでしょうか。