新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

2016年師走の仙台旅行記(その7)

2016-12-15 23:22:53 | 旅行記/ニュース

例年になく、というよりも、これほど私がハマったのは初めてではないかと思われるNHK大河ドラマ「真田丸」、いよいよ今度の日曜日に最終回を迎えます
来年の大河ドラマは、「おんな城主 直虎」だそうで、

タイトルどおり、

戦国時代、後に徳川四天王の一人に数えられ彦根藩の藩祖となった井伊直政を育てた、遠州井伊谷の女領主・井伊直虎を主人公とした物語。(Wikipedia)

だそうです。
その「おんな城主」井伊直虎について、驚きのニュースが飛び込んできました。 

「『おんな城主直虎」は男だった?』 大河主人公に新史料」と題する朝日新聞 DIGITALの記事によると、

「女城主」として知られ、来年のNHK大河ドラマの主人公にも決まっている戦国時代の遠江(とおとうみ、静岡県西部)井伊谷(いいのや)城主、井伊直虎(なおとら)。その「直虎」を名乗ったのは女性ではなく、いとこにあたる別の男性だった可能性を示す史料が新たに確認された14日、井伊家の史料を収集する井伊美術館(京都市東山区)が発表した。

ですと (井伊美術館のリリース)

井伊直虎女? 男? はたまたオカマ? 

   

この前振りがどのように展開するかは後ほどのお楽しみということで、「2016年師走の仙台旅行記(その6)」のつづきです。

志波彦神社・鹽竈神社の参拝を終えた私は、本塩釜駅getしたガイドマップを頼りに、次の目的地に向かいました。

「しおナビ」と私のルート

いかにも歴史のありそうな道を歩いて行くと、この建物イイ

いわくありげな、そして、小ぎれいな木造3階建ての建物です。

案の上、説明板が設置されていまして、それによれば、

ゑびや旅館
この建物は塩竃に現存する明治初期の貴重な町屋建築である。
慶応2年(1867) 2月6日、このあたり(塩竃中心部5町)は大火に襲われ、死者20名(一説に36名)焼失家屋337戸もの被害を出した。この建物はその復興のさなか、江戸時代から当地で旅館を営んでいた海老藤蔵によって建てられた。(中略)
明治9年(1876) 6月28日、 明治天皇による東北御巡幸の一行が塩竃を訪れた。その夜、明治天皇勝画楼に宿泊され、随行の右大臣岩倉具視は遊佐寿助(遊佐一貫堂)方に、そして参議大隈重信ら22名は、ゑびや旅館に宿泊したことが分かっている。

と、確かに由緒ある建物だったようです。
その後、この建物は、旅館兼料亭を経て、

昭和10年(1935) 頃、この建物は松田家が借り受けて(後に購入) 1階西側を茶舗松亀園とし、東側はパチンコ屋回転焼屋、さらには写真屋(光陽堂)、時計屋(長浜屋)に沈滞し、上階は家族らの住まいとした。

と変遷があって、そして、

平成23年3月11日の東日本大震災の津波により、松亀園は1階床上まで浸水した。その後、この建物は被災家屋として一時は解体が決まっていたが、当NPO(NPOみなとしほがま)や市民有志らの働きかけによって、塩竃の歴史を今日に伝える貴重な遺産として保存活用されることとなったものである。

だそうです。

旧ゑびや旅館は、現在、コミュニティーカフェ「はれま」「塩竃まちかど博物館」として活用されていますが、カフェに立ち寄るには空腹感本格的過ぎて、外観を眺めるだけにとどめました。

そして、旧ゑびや旅館のすぐ近くに私の目的地がありました。

その名も、

「御釜神社」です

この神社は、拝殿がなく小さな本殿があるだけで、

さもない神社に見えますが、由来書には、

塩竃市名発祥の地
日本製塩起源の地

と書かれていまして、かの松尾芭蕉も参拝したのだとか。

「その4」で、鹽竈神社の由来について、

当神社は、武甕槌神経津主神2神が鹽土老爺神案内により陸奥国を鎮定して当地に祀られたのが始まりとされる。鹽土老爺神は、当地に留まって人々に塩づくりを教え広めたと伝えられる。

と転記しましたが、この御釜神社鹽土老爺神をお祀りしていて(鹽竈神社末社の扱い)、その塩づくりのための釜4基も祀られています。

そして、「塩竃」地名・市名の由来になっているのが、この御釜なんだとか。

ホント、小さな神社ですが、塩竃市・塩竃市民にとっては大事な神社なんでしょうねぇ。

そうそう、この石灯籠がおもしろかった

火袋を貫いているのはクジラですか?

この石灯籠は新しそうでしたが、仙台藩領名物と呼びたいお猿さんのような獅子・狛犬はかなり古そう
残念ながら製作年代を知る手がかりはありませんでしたが…

それにしても、人気(ひとけ)がない

いくら平日でも、参拝客が私一人とは…

他に参拝者がいれば、御釜を拝見したかったのですが(初穂料 100円だとか)、神社の人を呼び出して御釜を見せていただくのに気が引けてしまいました

う~む、、腹減った…。

いつもよりも早い時間ながら、松島に行く前に、塩竃昼食を摂ろう と心に決めて、本塩釜駅に向かった私でございましたとさ。

つづき:2016/12/19 2016年師走の仙台旅行記(その8)

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