北海道の山野でとことん遊ぶ!!
I am Amigo!
2025.3.29 5000回登山 達成!
先日の3月29日、
夕張で「大峠」(三等三角点・519m)に登り、
それが私にとって記念すべき、
5,000回目の山登りとなった。
それで過去を振り返ってみた。
私が山登りを始めたのは大学1年生の時。
中学高校と陸上競技に真剣に取り組んだ後だった。

私は幼少のころから自然の風景を眺めるのが好きで、
遠くから見つめる山々を眺めて、
「いつかあの山に登ってみたい」、
「あの山の上から下界を眺めてみたい」などと、
日常的に思いを巡らせていた。
私が初めて山に登ったのは、
中学1年生の時。

友達に誘われて、
当時暮らしていた滝川市の「市民登山会」に参加し、
樺戸山地の『ピンネシリ山』(1,100m)に登った。
その印象が強く、
高校3年生の時山形で行われたインターハイに出場し、
帰宅した翌日一人で自転車に乗って登山口まで行き、
2度目の『ピンネシリ山』に登った。

高校を卒業後、
東京の大学に入って一旦は陸上部に所属したものの、
やはり山登りを始めたくて退部。
登山の入門書を読みながら、
ひとりで山登りを始めた。
しかし大学時代は山より、
その大部分を大酒飲みに費やした。
従って山はチョロチョロと登った程度。
それも夏休みに北海道に帰ってきて、
公共交通機関を利用してのことだった。

そのころ登ったのが、
「表大雪」、「芦別岳」、「利尻山」、「羅臼岳」などだった。
そして本州の山はと言えば、
大学2年の時に登った「八ヶ岳」だけ。
続いて出かけた南アルプスは、
夜行列車で出かけて夜中に着いた甲府駅で、
大型バス5台が来ても、
それに乗りきれない登山客が大勢取り残された。

その中の一人が私で、
そのまま甲府駅の待合室で仮眠し、
早朝の列車で東京の三畳一間に帰った。
そして思った、
登山者が多すぎる本州の山には、
もう二度と登らないと。
それ以来本州の山には登っていないし、
登りたいとも思わない。
北海道だけでいい!

大学を卒業してから、
結婚、子育て等で長いブランクがあった。
そしてつい先日41歳になった息子が、
小学3年生の時(1992年)、
「そろそろ山に連れて行ってみるか」、
と思い立ち、
樺戸山地の『神居尻山』(947m)に連れて行った。

すると当時体重が105kgもあった私を置いて、
息子はしゃんしゃんと登って行ってしまった。
それでその後は年に20回程、
息子や女房を連れて登った。
「連れて」?
「連れられて」??

登行回数が多くなったきっかけは、
私の二人の子どもたちが、
小学校でミニバスにはまっていたころの、
父母の会懇親会での出来事がきっかけだった。
当時の父母の会メンバーに、
公務員で仕事として大雪山の自然に関わっていた人がいて、
その人が言った一言に触発された。

「Aちゃん、僕は年間に30回も山に登ったことがあるんだから!」、
とその人は自信満々で私に言った。
その当時年間20回程度の山行を繰り返していた私だったが、
それを聞いて、「30回なら大したことないじゃん!」と思いつつ、
「では来年私も30回登ってみますよ!」と返した。
するとその人は、
「Aちゃん、絶対無理だから!」と言ってきた。
その一言が私に火をつけた!
その翌年54回登り、
翌々年は74回。

そこで思った、これは年間100回登れるんじゃないか? と。
それで年間100回登山に挑んだのが、
2001年だった。
しかしこの年は94回で、
わずかに届かなかった。
それで意識そのものを変えた。
時間があれば登る、
チャンスがあれば登る、
とにかく登る! 登る!! 登る!!!
2002年に年間103回の山行が実現。
以後23年連続で年間100回以上の山行を繰り返してきた。
私は特に難しいことをしたわけでも目指したわけでもない。
まして、北海道の山全部を制覇しようなどとは考えたこともない。
とにかく山が好きで、
常に身の丈に合った山登りを心がけてきた。
それゆえ怪我もなくここまで来ることができた。
また、以前は登山道のある山ばかりに登っていたが、
6年ほど前から自然と藪山へとフィールドを変えた。
歳とともに山で人に出会うことがおっくうになり、
登山道のない藪山へと向かうようになった。
その結果登山道の様な固い地面ではなく、
藪中の柔らかい草や笹の中を歩くようになったため、
もう軟骨がすり減って痛みが出そうな膝にもよかった。

5,000回を達成した今、
人に次の目標は?
と尋ねられるが、
正直なところ目標なんかない!
私は既に70歳。
このまま末永く人のいない里山歩きを楽しめればいい。
とにかく山が好きで、
毎日でもどこかの山の中にいたい。
そんな老後でいい。
完璧に山登りが身体に染みついている。
この先も登れるだけ登り、
歩けるだけ歩き続けるさ~
2024.8.12 「墓参り」 うちの女房はえらい!!
12日の月曜日は「墓参り」に出かけた。
「墓参り」と言っても、私の中ではそんな行事なぞ存在しない。
宗教が大嫌いな私は、自分の方の墓が滝川市にあるので、
山への道中気が向いたら墓の確認に寄る程度。

あとは興味ない。
しかし女房の方は墓を守る女房の兄の手前、
盆には足を運ばないと、女房の立場がないだろうと、
毎年気を遣って墓参りに連れて行く。

そんな墓参りに、今年はずいぶん久しぶりに娘が同行した。
札幌で一人暮らしをして長い娘は、
前日我が家にやってきた。
女房方の墓は、
千歳市の公共墓苑にある。

女房の父親が亡くなった平成8年のすぐあと、
義兄が建立したものだ。
同じ墓石が整然と並んでいる。
墓に着くといつものように水を汲んで行き、
何やら墓石を洗っている。
人は死んだら「無」。
誰もわかるわけないのにねえ・・・

墓石を洗い流して花を添えたら、
娘が墓石に向かって手を合わせ、長いこと目を閉じていた。
この娘にこんな信心があったのかと、
一瞬驚いた父だ。
まあ、人は「バチアタリ」と言うかもしれないが、
私には興味のない世界だ。

墓参りが終わるとちょうど昼だったのでどこかで昼食をとも考えたが、
昼時で混み合う飲食店に入る気がせずコンビニで弁当を買い、
郊外の田園地帯で食べた。
外で食べたかったが、暑いので狭い車の中だった。

夜になると必ず娘と一杯やる。
そんな娘が酒を飲む前にシャワーを浴び、
パジャマに着替えて現れた。

見慣れないパジャマを着ていたので、
女房が新しいものを買って用意したんだろうと思った。
ところがそれは違い、女房と娘の会話から、

女房の手作りだとわかった。
しかも、タンスの奥に眠っていた古い浴衣を利用して作ったのだと!

更に娘曰く、「すごく着心地いい!」。
いやあ、うちの女房はホントえらい!!

65歳で仕事を辞めて家におり、
すっかり幸せ太り的になってしまった女房だが、
ただゴロゴロしているだけじゃないのねえ・・・
2024.6.13 「車両入替」 さらばハイエース!
いつかは手放すハイエース。
その時が意外に早くやってきた。

車中泊をしながら山登りを続けるためにハイエースを選び、
現在は2台目で、
購入してから丸5年が経過した。

その間に126,000km走り、
車中泊した数は5年間で225泊となった。
ずいぶん活躍してくれたハイエース。
もう感謝しかない!

私は来月70歳の誕生日を迎える。
そんな私は歳とともに運転ばかりか、
車中泊もおっくうになってしまった。
山から下りると、
家に帰って自分のベッドで休みたくなる。

そんな車中泊が昨年は2回程度で、
最後に車中泊したのが、
今年の正月だった。
また半年前に新居を構えたHiromiも、
山行後は自宅でくつろぐことを好むようになった。

車中泊をしなくなると、
一人でハイエースを乗り回していることが、
ひじょうにもったいなく思えてきた。

燃料が割安の軽油だと言っても、
長距離走行での燃費が10km/ℓと、
決して良いものではない。

また、私の勤めがあと1年となったことも、
ハイエースを手放すことに拍車をかけた。
来年から燃費10km/ℓのハイエースに乗って、
毎年車検を受け続けることはひじょうにきつい。
そんなこんなで手放すことにした。

ハイエースの売却にあたっては、
買い取り業者数社の査定を受け、
最も高額だったガリバーに売却を決めた。
そして売却後に乗る車となると・・・

ハイエースしか必要としなかった私は、
それを降りた時希望の車がなかった。
そこでハイエースの売却を決めた時、
同じくガリバーの広い中古車展示場を見て歩いた。

そこで目にとまったのが、
ホンダのフィットだった。
初度登録から10年近く経過しているが、
走行距離が32,000kmと少なかったことで、
「ああ、これでいいや!」、
と即決した。

本当に何でもよかった。
排気量1300ccのフィットなら、
燃費だってハイエースよりはるかにいいはずだ。

ハイエースの売却と、
フィットの購入を同時に契約してから1か月近くが経過した13日午後、
前日にようやくフィットの納車準備が整ったとの連絡を受けていたので、
ガリバーへと向かった。

しかしその前に、
活躍してくれたハイエースを洗車し、
ワックスがけをした。
そして積み荷を全て下ろし、
室内もきれいに掃除した。

すると益々車内が広々とし、
やはりこれに乗り続けるのはもったいない、
という感じがこみ上げた。
全ての荷物を下ろした後は、
ゴミ袋に入れたスタッドレスタイヤを積んだ。
そしてガリバーへ!

今年の12月だった車検を繰り上げて取得してしまい、
色々手続きを済ませていざフィット!
思えば昭和52年の春社会に出て、
初めて購入した車がトヨタスプリンター(1200cc)の中古。

そして今1300ccのフィットだ。
やはり人生は最初に戻って行くのねえ・・・
ラッキーなことに、
受け取ったフィットには燃料が半分以上残っていた。

それで給油することなく帰宅し、
きれいな室内を更にきれいにし、
かなり減らした荷物を積んでみた。
後部座席をつぶして平らにし、
そこに必要な荷物を積んだが、
やはりすぐ満杯になってしまった。

しかし、それでいいんだわ!
このサイズの車で十分だ。
あとは燃費に期待して、
早速ワックスがけをした。

それを終えて、
この日革細工の定期講習に出かけていた女房を迎えに行った。
すると女房、
「今度の車はまたずいぶんちっちゃいねえ!」。
いいえ、分相応ですからぁ・・・
2024.3.6 「遅い雪融けの一日」 ようやく春が来た・・・

今日は土曜日だが、
今月いっぱいは土曜日も通常出勤だ。
しかし今日は病院に行くために休みをとった。

持病の痛風の薬が切れたのだ。
持病とは言っても痛風は、
全く邪魔になることがない。

毎朝尿酸値を抑えるための錠剤を、
たった1錠飲むだけだ。
それだけで飲食物に注意する必要もない。

そして一日2錠飲むところを、
主治医と相談の上1錠にしているので、
薬をもらいに行くのは4ヶ月に一回だ。

それにしても4ヶ月の月日が流れるのは早いもの!
ついこの間行ったばかりだと思っていたのに・・・
朝病院に行った後は、
せっかく取得した土曜の休日である上、

天気も極上だったので、
当然山に行きたいところではあるが、
それをグッと堪えて帰宅した。

おっ、その前に床屋にも行っておこうと、
わざわざ安い価格の床屋に行ってみたが、
駐車場に車が入りきれないほど混んでいたのでやめた。

あの混みようはいったい何だったのか?
帰宅して昼食を摂り、
すぐ外に出て窓の洗浄と洗車をした。

冬の汚れが車体にこびりついていたので、
丁寧に手洗いをし、
入念にワックスをかけた。

我が家の庭には、
まだ雪の山が残っている。
ここに移り住んで29年が過ぎ、
30年目に入ったのだが、

その中で最も雪融けの遅い春となった。
例年だと3月末日までに、
庭の雪がすっかり融けてしまうのだが・・・

車のワックスがけを終えると、
物置の荷物の整理だ。
女房の自転車がそろそろ始動するので、

それも簡単な手入れと、
タイヤの空気調整をしておいた。
外仕事を終えて家に入ると、
とんでもなく眠くなった。

それでずいぶん久しぶりに昼寝。
う~ん、今日はようやく時間にも気持ちにも、
ゆとりのある一日だった。

こんなゆとりのある日々を送れるのは、
いったいいつになってからだろうか・・・
2024.1.1 家族とともに年越し! 虎にやられた・・・

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

今年の元旦は天候がよく、穏やかで大変静かに明けた。
しかし朝から眠くてしようがなかった。
と言うのも、大晦日から元旦にかけて、深夜1時ころまで家族そろっての宴会が続き、
今朝酒は醒めたものの寝不足。

昨夜はいつも大晦日の夜まで仕事の息子嫁が、たまたま休みだったため、
いつになく早い時間に宴会を始められた。
おいしい夕食を食べた後は、恒例であるババの特性ゲームが始まった。
うちのババはえらい!

毎年皆が喜ぶ手製ゲームを作成し、おおいに楽しませてくれる。
今年のゲームは輪投げだった。
輪はチラシをよじってつなげた、やはり手製で、
これを点数付きの棒に投げ込む。

そしてその棒には点数が書かれており、それがそのまま小銭の金額になるから、
孫たちだけではなく、大人も真剣になってしまう。
結果はハンデを活かした1年生の虎が、1,900円を稼いでトップ!

そしてゲームの後のじゃんけん大会でも勝ちに勝って、結局合計11,900円を獲得した。
今年は虎にやられた。
ちなみに私の獲得金額は6,200円!
私がビリだった。

しかしそれもこれも、全て我が家からの出費だと思うと、
複雑な思いがあるのよねえ・・・
今朝は10時過ぎまで寝ていた客人たちを待てず、
一人ババの手製である、我が家伝統の具沢山雑煮を味わった。

31、1日と、二日間完全休養としました。
明日2日から2024年の活動を開始します。
また1年、宜しくお願いいたします。
2023.9「新型コロナウィルス感染!」 とうとう俺もかかっちまった~
『坊主山』から帰った9月24日夜に発熱したHiromiは、
結局翌月曜日の朝検査してコロナ感染と判明した。
そこで濃厚接触者だった私はすぐ職場に連絡し、
その旨を伝えて月曜日は様子をみることとして休んだ。
そして火曜日の朝、何の症状も表れないので、
「もう大丈夫」と判断して出勤。
しかし一日中どことなく調子が悪く、分がすぐれなかった。

一晩問題なく眠って起きた水曜日の朝、
急に発熱し、体温が上がりだした。
職場に休む旨伝え、
職場からは検査するよう指示があったので、
どこで検査したらよいものか、
インターネットで調べ、
「北海道新型コロナウィルス感染症健康相談センター」に電話した。
すると電話の向こうの若いが誠丁寧で親切な口調の男性が、
今は検査キットを購入して検査するのが一番早い。
と言ってくれたので、
近くの調剤薬局に行って検査キットを購入。
自宅に戻って即検査した。
しかし結果は陰性だった。
そばで長いこと耳鼻科の看護師をしていた女房が、
発熱後24時間を経過しなければ、
正確な結果が出ないのではないか? と言う。
この最初に検査した時点で、体温が37.6度。
その後しだいに上昇し、水曜日の午後には38.9度まで上昇した。
それで解熱剤を服用して早くに就寝。
朝まで10時間ほど、ぐっすり眠った。
そして木曜日の朝を迎えると、
体温は平熱に戻っていた。
発熱から24時間が経過したその時点で再検査。
するとはっきり陽性と出た。
やはり女房が言った通り、
発熱から一定の時間が経過しなければ、
正確な結果が得られないということが分かった。

熱は下がったものの、食欲が全くなかったので、
口当たりの良いプリンやゼリーを買ってきて食した。
その後再発熱することなく時間が経過。
結局発熱で調子が悪かったのは、
水曜日一日だけだった。
木曜の夜にはカレーライスを食べ、
少々時間を置いてウィスキーを飲み始めた。
最初は口当たりがよくなかったものの、
飲むほどにフツーに戻って行った。
この酒をフツーに飲めるようになると全快と思っている。
また、金曜日に女房が発熱し、コロナウィルスに感染したことが判明。
女房には申し訳ないことをした。
昨日月曜日から出勤した。
今回の感染はHiromi経由だったが、
決してHiromiが悪いわけではない。
国がコロナを第5類だかに移行し、
口先だけで「安全対策を」などと言っているから、
誰も気を付けようとしない。
どこへ行ったって、もうマスクを付けている人間は少ない。
だったらコロナの感染が広がってもしょうがないじゃないの!

私は基礎疾患をもたないので大丈夫だが、
体に色々悩みを抱えるHiromiが無事でよかった。
私より早くに発熱したHiromiは、
それなりに回復も早かった。
そして発熱を何度も繰り返した女房は、
月曜の夜になってようやく元気を取り戻した。
また、コロナワクチンはこれまでに6回接種したが、
それも回復が早かった一助となったのかもしれない。
まあ、いい経験になったと思えばいいさ。
ちなみに私は今でも人中に入るときはマスクを着用している。
2023.5.16 『瀧澤』(154m)、『坊主山』(栗山・167m) いいじいさんの日
この時期は職場のおばちゃんたちに、
ウドやフキを採って届けてやるのが恒例だ。
毎年時期が遅いので、

雪融けが早かったこの春は、
思い切って早くに行動することにして、
今週の火曜日休みを取っておいた。

火曜の朝ウド採りをメインに、
月形町に向かった。

そして「月形ダム」そばの「瀧澤」(三等三角点)に立ち寄り、
その周辺でウド採りを開始。
ところがまだ早すぎた。

ウドは地面から少し出たところで、
まだ10日ほど先にならないと、
量的に不足で持ち帰れない。

仕方なくフキ採りに変更。
職場のおばちゃんたちが最も強く欲するのが、
このフキなんだよねえ。

まあ、安上がりと言えるが。
しかしフキ採りも大変でねえ、

一本一本茎の中を覗いて、
虫が入っているものは捨てる。

虫は多くのフキに入っているものだから、
なかなか量が増えない。
結局フキ採りに3時間を要してしまった。

フキを確保した後は、
栗山町に移動した。

以前栗山町の「坊主山」(二等三角点)裾で、
ウドを大量に収穫したことがある。

それで月形よりいくらか暖かい、
「坊主山」辺りを見てみることにした。

ところがこちらはどうしたわけか、
ウドがさっぱり見当たらない。

以前そこら中に自生していたウドが、
全く見当たらない。

首をかしげながら、
伐採地の中を歩き、
「坊主山」のピークまで探しながら登ったが、

ピークのそばにわずかばかりが自生していただけだった。
自然の仕組みはよくわからない。

ウドを大量に収穫できるところは、
この他にも色々記憶しているが、
コロナ禍が過ぎた今、

コロナ休暇がなくなり、
山菜採りの時間もなくなった。

この翌日職場にフキを持っていくと、
いつものように喜んで分配するおばちゃんたちだった。

自分の有給休暇をつぶし、
高い燃料使って、
俺ってホントいいじいさんだよな~
そしてオニヤンマの効果はいまだはっきりせず・・・
2023.4.20 リフォーム! 屋根、外壁塗装

昔から耳にしていた話し。
「住宅ローンの返済に苦しみ、
ようやくそれが終わった頃に家はボロボロ・・・」。

我が家も25年のローン支払いを、
約4年前に終えた。
そしてこの春で築28年となった。

すると「ボロボロ」とは言わないが、
色々と問題を抱えるようになった。
それはまず水道の水漏れから始まった。

浴室前の水道から水が漏れだしたのは、
もうずいぶん前になる。
ただその量が微量だったので、

水道管の結露によるものか、
と思ってきた。
ところが今年に入って、

垂直の水道管下部に溜まる水の量が増え、
タオルを置いて吸い取るようにした。
しかし時の経過とともに量が増え、

タオルでは間に合わず、
女房が押入れの奥にしまったままだった、
孫の虎の紙パンツを出してきて当てた。

この春小学校に入学した虎の紙パンツが、
こんな場面で役に立つとは!
捨てずにとっておいてよかった。

紙パンツはグングン水を吸い取り、
ずっしりとした重さになった。
と、同時に業者に連絡した。

こんなときに相談する業者は決まっている。
札幌の(株)クレアストさんだ。
この会社は若い。

代表の「梶亮介」氏は私の子供たちより若く、
付き合いはもう10年を過ぎたか?
亮介が以前勤めていた会社に、
住宅の細かい改修作業を依頼したことが付き合いの始まりだった。

亮介には住宅に関する全てを相談できるので、
物置まで依頼して建て替えたことがある。

そんな亮介が近年独立して、
(株)クレアストを立ち上げた。
評判が良くずいぶん活躍しているようだ。

水道漏れの件を亮介に相談すると、
すぐ見に来てくれた。
そしてその場で保険会社に電話を入れてくれ、
この件が保険の適用を受けられることを確認。

結果、こちらからの出費はなく、
全て保険で修理してもらうことができた。
金額は50万円!
助かった~

そのときに「ついで」と言ってはなんだが、
家の外壁や屋根の状態を見てもらった。
するともう塗装の時期に来ていると言う。

以前亮介にそれを見てもらったのは、
もう4~5年前になる。
その時は「まだ3年は塗らなくても大丈夫ですよ」、

と言ってくれたので、
そのまま放置してきた。
そこで今回は外壁と屋根の塗装を依頼することにした。

ただ時期が悪い。
何でもかんでも値上げの時代で、
家一軒を塗装するにも、

120万円が相場だそうだ。
金はないが何とかしなければならず、
すぐに依頼した。

4月6日に足場が組まれ、
工事が開始された。
そして12日に水道工事が入り、

まる1日かけて完了し、
ようやく水漏れから解放された。
また、外壁と屋根の塗装は、

その下準備が念入りで、
実際に塗装が始まったのは13日からだった。
とにかくやることの一つ一つが実に丁寧だ。

もう10数年前になるが、
一度外壁と屋根を別の会社に依頼して塗装したことがある。
そのときは全行程を3日ほどで終わらせてしまった。

従って今回のように、
念の入った下準備なぞなく、
一気に塗り上げて帰って行った。

今思い起こすと業者の選択を間違った。
今回は屋根と外壁の塗装全般に十分時間が費やされた。
そして先日完了し、

あとは足場を解体するだけとなった。
足場の解体も仕事が混んでいるようで、
24日に予定されている。
女房と二で、
実に丁寧な仕事と美しい仕上がりに心から納得し、
やはり「クレアスト」さんに依頼してよかったと話している。
2023.3.12 「ハイエース」 100,000kmになっちまった!
今朝山に向かう途中で、
ハイエースの走行距離が100,000kmとなった。
来月末で初度登録から4年となる。
4年を待たずして10万キロに達してしまった。
この結果から燃料費を割り出すと、
年間35万円をつぎ込んできた。

単価の安い軽油でこの金額だ。
ここ3年は新型コロナウィルスの影響で、
休日が大幅に増えたこともあるが、
燃料費を節約するため、
遠出を控えて極力近場の山で楽しむようにしてきた。
それでも人とは登行回数が桁違いに多いため、
どうしてもこういう結果になってしまう。

走るために買った車だから、
走行距離がかさむのは仕方ないが、
いつまでもこんなにつぎ込んではいられない。
まあ、やれるところまでだな。
Hiromi、割り勘頼むぞ~
2023.2.3 「参った・・・」 もう雪いらね~
今日も朝から山に出かけるつもりだった。
ところが起きてみると排雪が来ていない!
私のところは家の前の市道を挟む、
計8軒で同じ業者に排雪を依頼している。

冬季に週一回来てくれる契約で4万円だ。
これはありがたい契約で、
それがなければ雪を処理しきれない。

そしてその排雪日が、
今シーズンは毎週木曜日と、
業者側から指定されている。

時間は早朝で、
皆がまだ寝静まっている間にかたずけてくれる。
ところが今週は木曜日に来てくれず、
金曜日の今朝も来なかった。

一昨日から降り続いた大雪のため、
除雪車も固く大量の雪を置いて行って、
もう雪捨て場がない。

それで今日は当然日中に来てくれるものと思い、
車が出入りするスペースにも雪を積んだ。
しかしいくら待っても来ることはなく、
車が出られないまま、

除雪と屋根にできた雪庇の処理をした。
もう二日も遅れている排雪なので、
明早朝は必ず来るだろうと確信しているが、
もし来なかったら、

山に出かけられなくなってしまうので、
夕方になって車が出られる部分をなんとか空けた。
雪なんか、もういらね~
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