二言瓦版

「復讐は神に所属する。」 「旧約聖書」


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考えると、

2015年12月26日 02時29分57秒 | ニ言瓦版
面白い。
いろいろなところに、行く、法王。
でも、肝心なところに、行かないのだから、
不思議である。
昨年韓国に行き、布施を貰ったのなのか。
日本を避けている。
不思議なこと。去年の動向。




「クリスマスを迎えた25日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は恒例のクリスマスメッセージを読み上げ、中東やアフリカの紛争地で和平が進むことに強い期待を示したうえで、フランスの同時テロ事件など残虐なテロによって犠牲になった人々を追悼しました。
フランシスコ法王は25日、バチカンのサンピエトロ広場に集まった大勢のカトリック信者を前に、恒例のクリスマスメッセージを読み上げました。
このなかでフランシスコ法王は、まず、中東やアフリカの紛争地の現状に触れ、このうち緊張が続くイスラエルとパレスチナについて、「双方が対話を再開し、2つの地域の人々が共存できるよう合意を結ぶことで、地域全体に重大な影響を及ぼしている対立を終わらせることができる」と述べ、双方の歩み寄りが重要だと訴えました。
また、内戦が続くシリアについては「国連ができるだけ早くシリアでの戦闘を停止させ、この重大な人道危機に苦しむ人々を癒すことができるよう、神に祈りをささげる」と述べ、国連がシリアのアサド政権と反政府勢力を招いて来月行う和平協議の前進に強い期待を示しました。
さらに、フランシスコ法王は「私の思いは、パリやチュニジアなどで起きた残虐なテロの被害を受けた人々にも向けられている」と述べ、ことしフランスやチュニジアなどで相次いだテロ事件の犠牲者を追悼しました。」



アメリカに行くも、中国の要人と、重なる時期。
本当、このローマ・カトリック教会のフランシスコ法王の行動は、何か、予定も、先に、
考えないのかもしれない。


日本のキリスト教、カトリック教会は、軽視された年、みるのが、正しいかもしれない。
日本、韓国と、くるのが、普通。
今年は、いろいろ、変な事が多い。

パリやチュニジアには、訪問しないだろう。
危険な地域には、行かないだろう。

去年の話
「韓国[編集]
光化門広場での列福式に臨むフランシスコ。
2014年8月14日にフランシスコは大韓民国を訪問した。李氏朝鮮のころの殉教者の列福式の司式と、13日から開催されている「アジア青年の日」に参加するのが主な目的である[127]。フランシスコのとって初めての東アジア訪問であり、韓国にとっては1989年のヨハネ・パウロ2世訪問以来25年ぶりである。韓国は人口の1割に当たるおよそ500万人がカトリック信者である。訪問にあたり、教皇を乗せた旅客機が中華人民共和国領空通過に中国共産党が難色を示していたが、最終的には許可された。中華人民共和国の領空を通過した際は、中華人民共和国の国土と国民に祈りを捧げた。
韓国の朴槿恵大韓民国大統領は空港で出迎え、両者の会談では朴大統領は「教皇の訪問は、南北分断の傷を癒し、希望に満ちた新しい時代を開くきっかけとなることを確信する」と訪問に謝意をしめした。またフランシスコは「朝鮮半島での統一に向けた長く粘り強い努力を称賛し、激励する」と応じた[128]。フランシスコは韓国での移動に黒のサブコンパクトカー「キア・ソウル」を使用することにした。8月15日の聖母被昇天の日のミサを大田ワールドカップ競技場で行った。その際にはセウォル号沈没事故の遺族と面会した。16日には光化門広場で列福式を司式。さらにコットンネの障碍者と面会。17日には同国の殉教地の一つ西山海美聖地で開かれるアジア青年大会閉幕ミサに参加するほか、18日にはソウル明洞聖堂での「平和と和解のミサ」に参加[129]。朴槿恵大統領のほか韓国の宗教団体の指導者、元従軍慰安婦らも参列した明洞聖堂での「平和と和解のミサ」では分断が続く朝鮮半島に平和と和解の恵みがもたらされるよう会衆に祈りを求めた。分断の歴史を変えることには回心がその役割を果たすだろうと、会衆に回心を促した。また現在の韓国社会が繁栄から取り残された弱者のための福音的取り組みをしてきたか自省を求めた。ミサではフランシスコは、「そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか』と問うペトロに、」「イエスは彼に言われた、『わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい』」という赦しについての問答(マタイによる福音書18:21-22)を引用し、さらに「イエスは兄弟たちを際限なく赦しなさいと命じるだけでなく、それを可能にするための恵みをも与えてくれる」「人間の目には不可能なことも、イエスはその十字架の無限の力を通して可能として下さる」と強調し「『赦すこと』ができないならば平和と和解ができるのでしょうか」と会衆に問うた[130]。」


数十年経過しないと、日本に来れないだろう。
この行為は、日本軽視した行為だと、普通は、思うものだ。

国連に、二番目に、金を出している国に、素通りするのは、
問題なこと。


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