三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

L・フェスティンガー他『予言がはずれるとき』1

2007年09月11日 | あやしい教え・考え

この世の終わりが来るという終末思想は昔からある。
キリスト教はイエスの再臨を説くから、今でも終末を待ち望む人もいるぐらいである。
そもそも予言とは日時をはっきりと断言しない。

ノストラダムスもその一人。
『トンデモ超常現象99の真相』ノストラダムスについてこう書かれている。
「ノストラダムスは決して無能な人間ではなかった。彼は確かに天才であり、自分の予言がはずれないよう巧妙に計算し、工夫をこらしていた。(略)
第三のテクニックは、「期限を明確にしないこと」である。彼の予言には、その事件が起きる年をちゃんと記載したものはほとんどないのだ。「○○年に起きる」とはっきり書いてしまうと、その年が過ぎてしまったら、はずれたことが誰の目にも明らかになってしまう。逆にいえば、期限を指定しない予言はいつまでたってもはずれないわけで、はずれないかぎりは予言者としての名声に傷がつくこともない」

ところが、終末の予言の場合は、「○年○月○日にこの世の終わりが来る」とはっきり日時を明言することもある。
予言者の言葉を信じる信者の中には、終末に備えて財産を処分したり、仕事を辞める、畑を耕さないといった人がいる。
言うまでもないことだが、終末の予言は当然のことながらすべてはずれている。
ところがL・フェスティンガー他『予言がはずれるとき』によると、予言がはずれても信者はかえって熱狂し、活発に布教活動するようになるそうだ。
「予言がはずれた後、かえって布教活動が活発になり、結果として信者が増大して大きな教団となっていくという現象は、これまでの宗教史上でも数多く観察されてきたのであり、キリスト教でさえもその事例に数えられる、と著者たちは考えている」

イエスがメシアと信じた人たちが、イエスのはりつけ後に布教活動に出かけて行ったことも、同じパターンかもしれない。
なぜなら、「ユダヤ教のどの部族も、苦悩するメシアというものをかつて考えたことがなかった」からである。
イエスの十字架上の死は予言の失敗か、それとも予言の成就か。

『予言がはずれるとき』は1956年出版。
「明確になされた予言が実際にはずれた後、このグループの布教活動が全体的に以前より活発化するという、理論的に予測された逆説的な現象を実証しようという研究の報告」である。
キーチ夫人という女性が12月21日に大洪水が起きてアメリカの大部分が水没するという予言をする。
この予言を取り上げた新聞記事を読んだ著者たちは、先の理論が実際に当てはまるかどうか、予言がはずれた時の信者たちの心理状況はどうか、といったことを観察するために、キーチ夫人のグループに接触する。

キーチ夫人(というか宇宙人)の教えはニューエイジそのもので、目新しいものはない。
キーチ夫人はある日、自動書記をするようになる。
最初は死んだ父の霊だったのだが、次第に高次の霊(宇宙人)が現れてくる。
そして、大洪水が起き、少数の人が空飛ぶ円盤によって他の惑星(高次の世界)に連れて行かれる、という予言するのである。
自動書記ということは珍しいことではなく、天理教の中山みき、大本の出口なお、幸福の科学の大川隆法たちも最初は自動書記をしている。

予言がはずれてしまい、洪水は起きないし、宇宙人はやって来ない。
洪水の前に空飛ぶ円盤がやってくると大まじめに信じて、寒さにふるえながら空飛ぶ円盤を待ついたキーチ夫人たちは何か哀れを催す。
それにもくじけず、その後、彼らは活発に活動し始めるのである。
そして、キーチ夫人の教団はこの本が出版されてから30年以上たっても活動を続け、数千名の会員がいるという。
ということで、著者たちの予言に関する理論は証明されたわけである。

エホバの証人は1843年、1874年、1878年、1881年、1910年、1914年、1918年、1920年、1925年、そして1975年と、何度も終末の予言をしては、見事にはずれている。
にもかかわらず、いまだに活発な活動をしているのだから大したものだ。

セブンズデー・アドヴェンティストは1840年代に創設され、ウィリアム・ミラーが1843年3月21日に世界の終末がやってくると予言したことが、この宗派の結成のきっかけ。
終末が来ないので、ミラーは計算をやりなおし、1844年10月22日に修正した。

ま、オウム真理教などそんな宗教はあれこれとあるのだが。
年代の計算ミス、信仰を試した、祈りが届いて危機が回避された、などという言いわけを信じるわけだから不思議な話である。

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2 コメント

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映画館で観たい (京都8月2日)
2008-11-22 13:49:05
『ベンハー』
戦車競走のシーンの迫力が凄かったです。

うーん、『ローマの休日』と同じ監督が撮ったとは思えないですね。
日本映画にも、そういえば『釈迦』という作品がありました。
ワイラーワイラー (円)
2008-11-22 19:26:11
ウィリアム・ワイラーが来日した時のインタビューで「どういう映画ができるか私にもわからない」というようなことを言って、みんな驚いたというのをどこかで読みました。
ハリウッドでは編集者の力が強く、最終的にどういう映画になるかは監督も手を出せないかったらしいですね。
だから、一時クレジットに「監督」ではなく「演出」とするのがはやったそうです。

恥ずかしい話ですが、蓮見重彦や山田宏一の批評を読んで、ハリウッド正統派監督の代表であるウィリアム・ワイラーを馬鹿にしてました。
でも、監督作品を見ると、すごいですよね。
どんな題材でも見せる映画を作る。
題名は失念しましたが、ウィリアム・ワイラーにインタビューした本を読んだ記憶があります。
検索してもどういう題名かわからないのですが。

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