三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』

2018年10月16日 | 映画

外国映画の場合、描かれる物語の背景を知っていないと、何のことかわからないことがしばしばあります。
たとえば、テイラー・シェリダン『ウインド・リバー』。



先住民居留地で死んでいる女高生を見つけ、主人公はFBI捜査官と捜査をするという話。
町山智浩氏の解説を読み、こういうことなのかと思いました。
https://miyearnzzlabo.com/archives/50620

ウィンド・リバー先住民居留地は鹿児島県と同じぐらいの面積があり、2万人以上の先住民が住んでいるのに、警察官が6人しかいない。
アメリカの警察は連邦警察(FBI)、州警察、市警察がある。
保安官は郡に所属していて、警察官ではなく、政治家に近い人。
州とか市を超えるとそれぞれの警察はそれ以上追跡できない。
州を超えた犯罪の場合には連邦警察が出てくる。
この先住民居留地は連邦政府の土地だから、殺人事件だとFBIが出てくる。

レイプは連邦法には規定がなく、州の法律で規定されている。
州警察や市警察は居留地では行動ができないから、レイプ犯は裁くことができないし、捜査することもできない。
だったら、先住民居留区でレイプをしても逮捕されないということでしょうか。

先住民の失業率は80%。
平均寿命は48才。
10代の自殺率が全米平均の2倍以上。
先住民の女性がレイプされる率が全米平均の2.5倍以上。
先住民が殺人事件の被害者になる率は全米平均の5倍から7倍。
もっとも、こうした先住民の置かれた状況を知ってるアメリカ人がどれだけいるかと思います。

ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
レバノンのことは知らないので、わからないことが多いので、ネットで調べました。



ジアド・ドゥエイリ『判決、ふたつの希望』はレバノンの映画です。
主人公2人が何を考えているか、映画を見てもわかりません。

自動車修理工場を営むレバノン人のトニーはレバノン軍団(キリスト教マロン派の民兵組織・右派政党)の熱心な支持者。
レバノン軍団の集会に参加し、家には党首の写真を掲げ、仕事場ではいつもテレビで「パレスチナ人を追い出せ」というアジ演説を聞いている。

トニーが住んでいるアパート(2階)のベランダ(違法なもの)で水を流して掃除をしたので、排水のホースから水が道路に流れ落ち、下で働いている人たちが水を浴びてしまう。
現場監督のヤーセル(パレスチナ難民)は、ベランダの排水管を新たに作って、水が下に流れ落ちないように補修した。(住人であるトニーの承諾は得ていない)
なぜか激怒したトニーは配水管を壊してしまう。
ヤ―セルは「クズ野郎」とトニーに向かって言う。(大声ではない)
すると、トニーは怒り、ヤーセルにしつこく何度も謝罪を要求する。

ごたごたを怖れた工事会社の所長がヤーセルに謝罪するよう説得し、トニーの自動車修理工場に行く。
ところが、なかなか謝罪しないヤーセルにトニーは「お前なんかシャロンに殺されていればよかった」と言ったので、ヤーセルはトニーを殴り、トニーの肋骨が折れてしまう。
裁判に訴えたが、トニーの父親からは「もとはお前の言葉からだ」とたしなめられるし、妻も夫を非難する。

この裁判が日本とは違っています。
傷害事件だから刑事裁判かと思ったら、検事も弁護士もいない。
トニーが裁判長に訴え、質問に答えます。
二審では双方の弁護士が相手をさえぎっては自分の考えをしゃべりまくる。
レバノンの裁判はこんな感じなのでしょうか。

大統領が仲介しますが、怒りのおさまらないトニーはこれまた拒否。
トニーはずっとこんな調子ですから、たちの悪いクレーマーとしか思えません。
ヤーセルにしてもどうしてそこまでかたくななのかと思います。

しかし映画の最後に、トニーが生まれたダムール村は、1976年の内戦で村が襲われ、500人が虐殺されたことがわかります。
『判決』の背景にはレバノン内戦があるわけです。

1975年から1990年までレバノンで内戦がありました。
ファランヘ党(キリスト教徒)、イスラム教徒・パレスチナ解放機構、シリア、そしてイスラエルなどが争った戦いです。

ウィキペディアにはダムールの虐殺についてこのように記されています。
1976年1月18日、レバノンのキリスト教徒の民兵組織はベイルート東部のカランティナ地区を制圧し、パレスチナ人とイスラーム教徒を殺害(最大1500人)した。
1976年1月20日、レバノン国民運動と提携したパレスチナ人の民兵がカランティナの虐殺の報復としてダムールの村のキリスト教徒の民間人150~582人を殺害した。
1976年8月12日、レバノンのキリスト教徒の民兵がテルザアタルの難民キャンプに侵入し、1500~3000人を殺害した。

1982年のイスラエルによるレバノン侵攻作戦では、レバノン軍団は自由レバノン軍などと共にイスラエル軍の補助部隊としての役割を担っています。
1982年9月16~18日、サブラーとシャティーラの住民(主にパレスチナ難民とレバノンのシーア派)が難民キャンプで、地域を取り囲んでいたイスラエル軍の助けを得たキリスト教徒の民兵組織「レバノン軍団」により700~3500人が殺害された。国連総会は虐殺を非難し、ジェノサイド行為と宣言した。
イスラエルの国防相だったシャロンは引責辞任する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

トニーがパレスチナ人を嫌うことは理解できるし、ヤーセルが「シャロンに殺されていればよかった」という暴言に怒ることも当然のことです。

1990年にレバノン内戦が終結すると、レバノン軍団は政党化され、パレスチナ難民排斥を訴えています。
トニーの修理工場の入り口にシオンの星をペンキで描かれます。
レバノン軍団とイスラエルはつながりがあるわけです。

トニーがつけているテレビでレバノン軍団のパレスチナ人を非難する声は、1994年のルワンダ虐殺を描いたテリー・ジョージ『ホテル・ルワンダ』で、ラジオのディスクジョッキーがツチ族を「汚くて病原菌を撒き散らすゴキブリ」などの攻撃を思い出しました。



在特会が「死ね」とか「殺せ」と言ってるのと同じです。



レバノンの内戦が終結して30年弱。
光州事件から30~40年たって、チャン・フン『タクシー運転手』、チャン・ジュナン『1987、ある闘いの真実』 という映画になりました。
若松孝二が連合赤軍や三島を映画にしたのもそれくらいかかっています。
歴史として語るには時間がかかるということでしょう。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 越智啓太『つくられる偽りの... | トップ | 藤田庄市『修行と信仰』 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

映画」カテゴリの最新記事