三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

浜井浩一『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』

2013年07月19日 | 厳罰化

浜井浩一『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』は、受刑者、精神障がい者、薬物への依存症者といった人たちに対するイタリアの取り組みを紹介した本である。

「日本では、こうした人たちは、普通の人と違う人として施設に収容される。犯罪を繰り返している人は刑務所に、精神に障がいがあり生活に困難を抱える人は精神病院に、薬物に依存している人は刑務所か精神病院のいずれかに収容されて社会から隔離される」
ところが、イタリアではこうした人たちをできるだけ地域社会の中で支えていこうとしている。

1979年に成立したバザーリア法(精神病院の入院施設を原則廃止する法律)によって、イタリアでは精神障がい者を精神病院から解放し、地域の精神保健サービスを充実させることで精神障がい者が地域で普通に生活できるようにした。

精神病院の改革が、犯罪者や薬物依存症者を地域社会で更生させる処遇のモデルとなっている。

「イタリアの制度に共通しているのは、社会的に困難に陥った人に必要な支援を届ける、その際に、困難に陥った理由によってクライアントを差別しないということにある。障がい者も薬物依存症者も受刑者も困難から回復するために支援が必要な人として等しく支援を受けることができる」

イタリアにおいて受刑者の60歳以上の割合は約4%で、日本は約16%。
なぜイタリアでは高齢受刑者が少ないかというと、70歳以上の高齢受刑者の場合には原則として(重大犯罪やマフィア犯罪を除く)実刑を回避することが検討され、自宅拘禁や福祉施設での刑の執行などが選択肢として検討されるからである。

「イタリア刑法にも、累犯加重という考え方がないわけではないが、だからといって万引きなどをいくら繰り返したとしても累犯というだけで刑務所に収容されることはない。また、家族や地方のソーシャルサービスによる福祉的支援があるため、知的障がい者が福祉的支援を受けないまま犯罪を繰り返したり、高齢者が犯罪を繰り返したりするという状態は考えにくいと多くの専門家が語っていた」

イタリアは憲法27条で刑罰の目的を更生と規定しているから、犯罪者の支援が行政の仕事と了解されている。

「イタリアの犯罪者処遇の特長は、行政の中に、犯罪が司法の問題ではなく社会問題であり、市民が社会的困難を抱えることによって犯罪が生まれるという認識を共有しているところにある。そして、それに対処するためには、彼らの抱える社会的困難を解決することが必要であること、そのためには様々な支援が必要であるという認識が共有されている」

それに対して日本では、最高裁判所が作ったパンフレット『裁判員制度ナビゲーション』には、刑罰の目的として「犯罪の被害を受けた人が、直接犯人に報復したのでは、かえって社会の秩序が乱れてしまいます。そこで、国が、このような犯罪を犯した者に対して刑罰を科すことにより、これらの重要な利益を守っています」とある。
国が被害者に代わって犯人に報復するのが裁判だということである。
必殺仕掛人や「月に代わっ て、お仕置きよ!」のセーラームーンじゃあるまいし、裁判所の役割が被害者に代わって報復することだと言ってるから、冤罪がなくならないわけである。

浜井浩一氏は、法曹(法律を扱う専門職)、特に裁判官、検察官、弁護士が「更生のプロセスを想像することができない」と指摘する。
「訓戒や教化などのいわゆる説示によって犯罪者の心に働きかけて反省を促すことが更生だと誤解している者も少なくない。自分の過ちに気付き、心の底から反省したからと言って社会に居場所ができるわけではないし、自立できるわけでもない」
宗教者も更生=謝罪・反省と考えているのではないかと思う。

「理解しておかなくてはならないことは、謝罪・反省しただけで人が更生できるわけではないということである。法廷で涙を流して反省する被告人は大勢いるし、その後すぐに再犯をする者も大勢いる。彼らが反省したふりをしていたわけではない。
言うまでもないことであるが、更生を目的とした刑事司法は、犯罪者を悔い改めさせて謝罪や反省を求めることではない。それでは「(遠山の)金さん司法」と何ら変わらない。謝罪や反省が、更生の条件として倫理的に課せられることがあるとしても、それは更生を目指した刑事司法において目的にはなりえない。「反省は1人でもできるが、更生は1人ではできない。」心を入れ替えただけで人は更生できない。人が更生するためには周囲からの手助けが必要である」

では、犯罪者の更生とは?
「法曹や刑事司法が変わっただけでも、人は更生することはできない。筆者が考える更生とは、単に再犯をしないことではない。更生とは、罪を犯した人が普通に生活できるようになることであり、誤解を恐れずに言えば、犯罪者が幸福な生活を送れるようになること、刑の執行後に当たり前の市民としての人生を送れるようになることである」
犯罪者の更生とはどう生きるかということである。

私は浜井浩一氏の本を読むたびに教えられるのだが、「犯罪者が幸福な生活を送れるようになる」ということに、「被害者のことを考えていない」とか「何を甘いことを言っているんだ」といった非難をする人がいそうである。

「筆者は、過失犯を除いて犯行前に幸せに暮らしていた受刑者を見たことがない。犯罪者の更生に一番必要なもの、それは、市民が、犯罪者と言われる人たちが同じ人間であることを理解することも重要である」

そして浜井浩一氏は日本国憲法第31条を次のように改正することを提案している。
「何人も、法律の定める手続によらなければ、その自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。刑罰は、人道的なものでなくてはならず、また更生を目的としたものでなければならない。死刑は、絶対にこれを禁止する」
96条よりもこちらを改正してほしいものです。

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2 コメント

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死刑制度はやはり撤廃すべき? (k_em2005)
2013-07-28 21:48:39
>「反省は1人でもできるが、更生は1人ではできない。」心を入れ替えただけで人は更生できない。人が更生するためには周囲からの手助けが必要である」

なるほどと思います。確かにその通りですね。

いい本を紹介して頂きありがとうございました。私もさっそく読んでみようと思います。
専門的な本ですよ (円)
2013-07-29 17:30:07
アムネスティの人たちが刑務所に見学に行ったとき、質疑応答の時間に「刑務官の方たちは死刑についてどう思いますか」と質問したら、「刑務官はみんな死刑に反対です」という答えだったと、知人から聞きました。

刑務官になったら死刑執行に立ち会うかもしれないと知っていながら、刑務官になるのはどういう気持ちからなんでしょうね。

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