三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

オウム真理教事件死刑囚の死刑執行(2)

2018年12月22日 | 死刑

村上春樹氏はオウム真理教死刑囚の大量処刑について、「胸の中の鈍いおもり 事件終わっていない オウム13人死刑執行」を書いており、その中でこんな文章があります。

一般的なことをいえば、僕は死刑制度そのものに反対する立場をとっている。人を殺すのは重い罪だし、当然その罪は償われなくてはならない。しかし人が人を殺すのと、体制=制度が人を殺すのとでは、その意味あいは根本的に異なってくるはずだ。そして死が究極の償いの形であるという考え方は、世界的な視野から見て、もはやコンセンサスでなくなりつつある。また冤罪事件の数の驚くべき多さは、現今の司法システムが過ちを犯す可能性を--技術的にせよ原理的にせよ--排除しきれないことを示している。そういう意味では死刑は、文字通り致死的な危険性を含んだ制度であると言ってもいいだろう。
ただ、遺族感情というのはなかなかむずかしい問題だ。たとえば妻と子供を殺された夫が証言台に立って、「この犯人が憎くてたまらない。一度の死刑じゃ足りない。何度でも死刑にしてほしい」と涙ながらに訴えたとする。裁判員の判断はおそらく死刑判決の方向にいくらか傾くだろう。それに反して、同じ夫が「この犯人は自分の手で絞め殺してやりたいくらい憎い。憎くてたまらない。しかし私はもうこれ以上人が死ぬのを目にしたくはない。だから死刑判決は避けてほしい」と訴えたとすれば、裁判員はおそらく死刑判決ではない方向にいくらか傾くだろう。そのように「遺族感情」で一人の人間の命が左右されるというのは、果たして公正なことだろうか? 僕としてはその部分がどうしても割り切れないでいる。みなさんはどのようにお考えになるだろう?

https://mainichi.jp/articles/20180729/ddm/003/040/004000c

たしかにオウム真理教事件の判決は公正とはいえません。
アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』も不公平さを指摘しています。

山形明 VX事件の実行犯。被害者が死亡したが、自首して懲役20年。
林郁夫 地下鉄サリン事件実行犯で2人が死んでいる。教団で果たした役割も大きかった。逮捕されると、すぐに全部しゃべり、警察の罪状糾明に役に立ったので無期懲役。
中川智正氏の弁護士「林はたくさん警察に真実を述べたと言っているが、でたらめなこともしゃべっている」

ところが、自首した人、人を殺していない人が死刑になっています。
岡崎一明 田口事件と坂本弁護士一家殺人事件の実行犯の1人。自首したが、自首が遅すぎるという理由で死刑。
横山真人 地下鉄サリン事件実行犯だが、死者はいないのに死刑。
中川「林郁夫さんが極めて話すのが上手なのに対して、横山君はひどく口下手でした。横山君が林郁夫さんのようなコミュニケーション能力があれば、死刑にはならなかったかも知れません」
土谷正実 サリンを製造したが、何に使われるのか知らなかった。
中川「土谷君は、一連の事件の首謀者ではなく、しかも化学兵器の使用にも直接関わっていないのですが、死刑判決でした」
松本サリン事件では「何に使われるか知らなかった」ので殺人幇助罪とされたが、地下鉄サリン事件でも知らなかったのに、殺意があったとして殺人罪に問われて死刑になった。
井上嘉浩 謀議に加わったが殺人はしていない。
これら死刑になった人たちは、山形明・林郁夫の2人と比べて罪が重いのでしょうか。

中川氏は、死刑か無期懲役かのボーダーラインにいる人の場合、判決の基準があいまいだと何回も言った。中川氏の考えでは、生きるか死ぬかの裁判の違いは、被告人の話し方の上手下手、裁判官のそのときの気持ちによる。裁判官によって違った判決をする。社会の怒りの度合い、そしてランダムな「運」に左右されると話していた。裁判は所詮人が人を裁くものである。裁判官は誠意と確信をもって決断するが、ものさしできちんと測れるようなものではないのである。私も彼の言い分に同感する。


村上春樹氏はこんなことも言っています。

正直に申し上げて、地裁にあっても高裁にあっても、唖然とさせられたり、鼻白んだりする光景がときとして見受けられた。弁護士にしても検事にしても裁判官にしても、「この人は世間的常識がいささか欠落しているのではないか」と驚かされるような人物を見かけることもあった。「こんな裁判にかけられて裁かれるのなら、罪なんて絶対におかせない」と妙に実感したりもした。

裁判官や弁護士に当たり外れがあるわけですが、死刑かどうかが決まるわけですから、運不運ではすみません。

では、麻原彰晃だったら死刑にしてもいいのでしょうか。
地下鉄サリン事件当時、東京地検刑事部副部長だった神垣清水氏はこう語っています。

麻原が生きている限り、オウム事件は国民の心のひだに引っ掛かってくる。死刑を執行しないことが風化を防ぐのではないか。(高知新聞2018年3月21日)


アンソニー・トゥー氏と高橋シズヱさんのやりとり。

トゥー「地下鉄事件でご主人がなくなったのは、林郁夫がサリンの袋を破いたからですから、高橋さんは林郁夫を最も恨みますか」
高橋シズヱさん「いいえ、一番恨んでいるのは警察です」
トゥー「それはなぜですか」
高橋「坂本事件のときも、上九一色村の施設建設のときも、警察への訴えはみな無視された。もしあのとき警察が行動を起こしていたら、地下鉄事件も起こらず、主人がなくなることもなかったのです」

そうか、と思いました。

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