三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

伊藤雅之『現代社会とスピリチュアリティ』

2006年09月22日 | 問題のある考え

伊藤雅之『現代社会とスピリチュアリティ』は、ニューエイジ・スピリチュアリティに好意的であるところが気に入らないが、和尚(オショウ)ラジニーシ・ムーブメント(ORM)を取り上げた第4章~第6章はすこぶる面白い。

伊藤雅之氏自身、10代後半に自分を変えたいと強く思っていて、哲学、宗教、心理学、そして精神世界の本を読んでいたという。
そして、ラジニーシ(オショウ)の本を読んで瞑想をし、セラピーを受け、ラジニーシがいたアメリカのオレゴン州にあるコミューンを訪れている。

ORMだが、教団の展開、ラジニーシの発言、信者の気持ちなど、オウム真理教とそっくりなのである。

教団の運営や思想、瞑想法だけでなく、事件を起こし、その言い訳まで似ている。

ラジニーシ(1931年生)によれば、人間の究極的な目的は光明を得ることであり、それは自己が宇宙全体から分離していない意識状態である。

つまりは、意識変容することで宇宙意識と一体化し、究極のリアリティがどうのこうのという、よくある教義らしい。
ラジニーシは意識変容を促進する手段として、さまざまな瞑想テクニックを開発し、グループ・セラピーを提供した。

最初は自らの思想を講演し、瞑想のキャンプを開催するだけだったが、1970年ごろを境として、サニヤシン(弟子)にイニシエーションを授けるようになる。

サニヤシンはサンスクリットの名前を与えられ、オレンジ色のローブとラジニーシの写真入りロケットをつるした数珠を身につけた。

1974年、インドのプーナに広大なアシュラムが開かれて多くの欧米人が訪れるようになると、ラジニーシは少数の弟子以外とは個人的に接することが難しくなり、アシュラムの運営は側近が担当するようになった。


地域住民との摩擦が生じ、1981年にアメリカのオレゴン州に本拠地を移す。

ORMは全体主義的になり、コミューンに永住する者はすべての個人財産を処分して寄付することが要求された。

そこでも、近隣住民との摩擦が絶えず、1985年には主治医の殺人未遂、近隣レストランでのサルモネラ菌の混入と住民約750名の食中毒、公共施設の放火などによって幹部たちの逮捕された。

ラジニーシは国外逃亡を試みて逮捕されたが、司法取引の結果、釈放、アメリカを去ってインドに戻る。

ところが、これでORMがつぶれたかというと、ラジニーシは講演など続け、信者も増えている。

1990年にラジニーシは死亡したが、組織は今でも大きな影響力を持っており、日本にもOSHO・JAPANなどの組織が活動している。
欧米ではカルトとみなされている。
どうです、オウム真理教とそっくりでしょう。

アメリカでの事件に対する教祖や信者の反応がオウム真理教・麻原とまるっきり同じなんですな。

ラジニーシはこのような言い訳をしている。

ラジニーシは一貫してスタッフの犯罪行為に一切関与していないこと、そのことをまったく知らなかったこと、さらに「光明を得ている」というのは個人の意識レベルの現象であり、特定の人間の犯罪を予期することや未来を予言できることとはまったく関係のないことを強調した。

ラジニーシは悟っているんだから、側近が事件を起こすことぐらいわかっていてもよさそうなものだが。

そして、こんなしょうもない文句を言っている。

ラジニーシはアメリカ政府を繰り返し非難し、彼の逮捕はオレゴン共同体を解体させるという唯一の目的のために行われたものだと主張した。また、ラジニーシは逮捕後、オクラホマの刑務所で放射能を浴びせられ、また有毒なタリウムを飲まされた可能性があると訴えた。

この責任転嫁、被害者意識、つまらない言い訳も麻原彰晃とそっくり。
グルとか最終解脱者と自称しているのなら、もう少しましなことを言えないものか。

信者の多くは比較的裕福な家庭に育った、教育程度の高い30歳前後の若者である。

信者たちは事件についてどう感じたかというと、ラジニーシが逮捕されても、サニヤシンたちは彼に対して疑いを抱くということはなかった。

「和尚に対する信頼が深まることはあってもその逆はないのね。というか、自分にとっては和尚を疑うということがどういうことなのかよく分からない」
「悟った人のことは分からない」

などと、信者は言っている。
思考停止しているわけだ。

そして、こう弁護している。

「何をやろうと、何かのためになるんだろうと思っていたから。人類のためになる何かを」
「自分たちの責任だと思った。あれほど、和尚が言っていたにもかかわらず、自分たちの盲目性っていうかさ、そこに宗教つくっちゃったりとかさ、誰かに従うとかさ。」
「一連の事件をラジニーシが黙認したのは、サニヤシン全般の従順な態度を戒めるためであると捉えていた」

信者は事件を意義ある出来事として都合よく解釈している。
事件は事実であり、ラジニーシの欠点は認めても、教え自体は真実だと考える人もいる。

どうしてそこまでラジニーシを信じきれるのかというと、体験があるからである。

(事件の)影響を受けなかった人というのは、自分も含めて和尚のもとで体験してるものがあるからね。

体験(特に神秘体験)を価値あるものとして意味づけすることは危険である。
瞑想というと何かいいイメージを持ちがちだが、瞑想によって逆に自我を固めるだけではないかと思ってしまう。
オウム真理教は少しも特殊ではないことがよくわかる。

コメント (2)
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