フィヨルドの変人 ~Odd person in fjord~

ぇいらっしゃ~い!!!

ムダに生きるか 何かのために死ぬか お前が決めろ。

2010年08月26日 21時46分38秒 | 日記
と言うわけで、「レコーダーの撮り溜め映画を少しでも片付けておこうぜの日」として、本日は「ランボー 最後の戦場(リンク先音出ます)」を見る。

最近のスタローンの映画ってどれもそうだけども、もうね、本が軽い軽い。
「世界平和のためなら仲間の命なんか要らないNGO職員」が出てきたり、「住民を如何にむごたらしく虐殺するかしか考えていないミャンマーの国軍」が出てきたり、ちょっとでも「リアリティ」なんて言葉知ってたらこれは書けないわ、というストーリー満載。普通考えれば国際社会から避難されまくってるミャンマーの軍事政権とて、その国の事情というものがある事くらいは映画制作者は考えるもんだが、そんな事情は一切考慮しない。
テレビ版では相当カットされたらしいが、それでも画面に映す必要があるのか?という疑念を抱かざるを得ないような残酷描写もあちこちでカットしきれずにまだ散見される。ランボーに機関銃で撃たれた敵兵士は容赦なく赤い液体と赤い物体を撒き散らす。通りすがりのア○ネス・○ャンとかが見たら即抗議に出かねない出来だわ。

だが、それがいい。

いやね、やっぱりハリウッド作品はこの位頭が悪い方が良いのかもしんない。分かりやすい悪役共がランボーに撃たれてカトンボの如く死んでゆくカタルシスは、やっぱりこの作品ならではでしょう。住民が虐殺されそうな刹那、弓矢片手に敵の兵士を蹴散らすランボーの勇姿なんか「うおお、これだよこれ。かっけー!!」と思わざるを得ませんな。
そう考えると、上記の頭悪いNGO職員も、あり得ない悪逆非道さを発揮するミャンマー国軍も、自分勝手な傭兵も、すべてがランボーを引き立てるために設置されていることが分かる。戦争映画とすれば考えもんではあるが、これは「ランボー」というヒーロー映画だろうから、こんな設定で良いんである。これが毎回だと流石に飽きるが、これは20年ぶりの続編ですからね。前作とかで腰だめで機関銃ぶっ放すランボーの勇姿を見た人間なら、「待ってたぜランボー!!」と賞賛したくもなろうというもの。
実は第1作は案外社会派(実はほとんど人を殺していない)な内容だったんだけどなランボー。

にしても、「世界平和と人道支援を叫んでいれば、戦場へ行っても鉄砲の弾は避けてくれる」と考える方々は、平和ボケした日本にしかいないと思っていたけれども、アメリカにもいるんですかね。いや、この映画での人道支援NGOの方々の自分勝手さ、情けなさはちょっと特筆ものなんですが。
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