今日も、歩いて行こうか…

近郊の山歩きや、昔の街道・古道を歩いてみたり…、鈍行列車で知らない町を訪ねると、探していたモノが…きっと見つかる。

伊勢:勢田川沿いに残る河崎・商家の町並み…

2007-09-09 11:43:45 | 知らない町を歩きたい…
夏・青春18きっぷ:鈍行の旅へ…Part-5

最後まで猛暑が続いた鈍行の旅の締めくくりは、
三重県伊勢市河崎の古い商家群へ。
伊勢神宮の門前町へ勢田川を利用して物資を運
ぶための集積所として賑わったのがここ河崎。
伝統的建造物には指定されていないが、古い商
家が5~600mの道沿い・川沿いに点在している。

JR伊勢市駅の出口の反対側に位置し、駅からは線路を一回り
しなければならない。駅には観光案内所や観光マップもないの
で不便だ。駅の正面方向に外宮があり約10分。その前には
観光案内所があるとの駅員の話だったが諦めた。

駅の反対側・近鉄のガードを超えた所まで来たが、河崎への
案内表示も無く、目の前にあった伊勢パールピアホテルへ…。
厚かましくもフロントの方に観光マップを求めると、親切に
マップを下さり、河崎の詳細マップも頂いた。機会があれば
このホテルに宿泊したい程の感謝であった。

マップを見ながら進み、ようやく河崎の町並みへ。
点在する古い商家を見ながら、蔵を改造した川の駅まで歩く。
内部は休憩所になっていて、すぐ目の前は勢田川。川面を吹き
抜ける風が汗ばんだ身体を心地良くしてくれた。
この周囲には河崎商人館、商人蔵がありそれぞれショップに
なっている。
古い商家には年中、注連縄が飾られている。この地方独特のよ
うだ。道沿いから少し入ると河辺七種神社があり、静かな境内
には樹齢600年の大きな楠の大木があり、町を見守っていた。

NPO法人がこの河崎の町づくりをしているようで、今後も整備
されていくことだろう。願わくば、駅からの道標があれば、観
光客にとっては便利だと思う。

伊勢市駅まで戻り、外宮へ…。駅からの道沿いにはいろいろな
店が並んでいるが、土曜日にも関わらずどこも全く活気が無い。
今時の観光客の大半は観光バスで、この通りには来ない??
古い木造三階建ての旅館もあり、昔は賑わったのであろう。

外宮は、静かで厳か…玉砂利を歩く足音だけが響く。
ここにはそれなりの観光客の姿も…、ほとんどが駐車場を利用だ。

最近話題の観光スポットから外れた地域を垣間見たような旅だった。

山城と伝統的建造物のある城下町:岩村へ…

2007-09-05 14:17:21 | 知らない町を歩きたい…
夏・青春18きっぷ:鈍行の旅…Part-4

米原から東海道本線で行く予定でいたのに新快速が遅延。
そのため急遽、新幹線で名古屋へ行き、予定の中央線に乗
ることが出来たという往路は余分な出費から始まった。
しかし、あとは予定通りの順調な旅に…。

恵那駅では乗り換え時間が約1時間半ほどあり、観光案内所で
資料を頂き、昼食の後、駅からすぐ近くの中山道:大井宿を少
しだけ味わった。本陣跡には当時を思い起こさせる門、その近
くには「ひし屋資料館」があり公開されていたので訪れた。立
派な町屋建築で恵那市の文化財でもある。

駅に戻り、明知鉄道で山あいの単線・ワンマン列車で約30分…
岩村に到着。
先ずは駅前から岩村城跡を目指した。日本三大山城(備中松山城、
大和高取城、美濃岩村城)と称される岩村城は標高721mにある。
麓の藩主邸跡に城址公園があり復元された太鼓櫓、歴史資料館等も。
頂上には石畳の急坂の道を約15分、汗だくになりながら到着。
今では苔むした石垣だけ(写真)が残っているが、規模の大きさは
容易に想像出来る。
残念ながら城跡からの眺めは樹木に遮られて城下は…。

山を下り、伝統的建造物保存地区へ…。山に向かってのなだらかな
坂道にある町並みには当時を思い起こさせる建物も多くあり、資料
館などとして内部公開もされている。
岩村には名物のカステラの有名店がある。全国的に知られている
長崎発祥の現代式のカステラと違い、昔ポルトガルから伝わった
それに近い原型のカステラと言われている。当時のままの製造法を
頑固に守ってきたようで、何はともあれ、購入…。
帰ってから味わったが、確かにこだわりの味。伝統的建造物同様に
いつまでも残しておきたいと思う一品であった。

鞆の小さな港町の狭い路地を散策…

2007-09-03 11:38:34 | 知らない町を歩きたい…
夏・青春18きっぷ鈍行の旅…Part-3

広島県福山市鞆の浦へ…
JR福山駅からバスで約30分、瀬戸内海国立公園:鞆の浦に到着。
終点は鞆の浦港だが、一つ手前の鞆の浦で下車、バス停前の
観光案内所に立ち寄り、情報収集をすると良いだろう。
なお、観光マップは福山駅南口:ともてつバス案内所
(11番乗り場前)でも手に入る。
観光マップには、目的に応じた観光モデルコースも記載されているので
それを参考にすると良いかもしれない…が、自由に観光ポイントを
組み入れながら歩き回る方が、探し物を見つけることが出来そうだ。

観光案内所を出て、先ずは「林家住宅」へ、明治時代の豪商の建物が
残存(内部公開はしていない)。次に町の中心部の小高い丘(古城跡)にある
「鞆の浦歴史民族資料館」へ、祭具などの資料は一見の価値あり。
その後、狭い路地を通り抜けながら「太田家住宅(重要文化財)」へ。
ここでは係りの方が建物内を案内・丁寧に説明も。
当地で生まれた保命酒の造り酒屋でもあったそうで、当時を偲ばせる
施設も復元され展示されていた。ちなみに、保命酒は、みりんに何種類もの
薬草を漬け込んだもので、養命酒の原点…。その昔、当地の保命酒の造り
職人を引き抜いて出来たのが養命酒とかの話であった。
今では養命酒の方が有名になったのが残念かも…。

港の先端にある「常夜灯」の側に「いろは丸展示館」…ここは坂本竜馬と
土佐海援隊が乗船していたいろは丸が鞆の沖で紀州藩の船と衝突沈没、
海底から引き上げられた遺品や海底での状態を展示している。
二階には坂本竜馬の隠し部屋も…。

次に向かったのが、朝鮮通信使が毎回滞在したことで有名な福禅寺の
対潮楼へ。彼らが日本で一番の景勝と書き残したことでも知られる場所で
その部屋からの眺めは確かに素晴らしかった(写真)。
ただ、お寺のご本尊よりもそちらが有名なようで、ちょっと気がかり…。

対潮楼で一休みの後、町の西にある山の中腹にある「医王寺」へ…、
弘法大師が開いたと伝えられ、鞆で二番目に古いお寺らしい。
ツクツクボウシが鳴く坂道を登ると、港を一望できる鐘楼へ、
汗ばんだ体もこの眺望にホッと一息。
坂を下り、風情のある「田渕屋」のカキ氷で汗を鎮める。
カキ氷の注文だったのに、お洒落な器でジャスミンティーまで頂けて旅人は感謝!

鞆の浦港のバス停まで行くと丁度、バスがいて、それで帰途…。
なお、今回は広島西部の旅人と知り合え、一緒に散策、
これも一期一会の楽しさでもあった。