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南京大虐殺30万人の根拠  文科系

2015年10月11日 17時20分11秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
 中国提出の南京大虐殺資料がユネスコ世界記憶遺産に登録されて、日本政府が抗議しています。このことについて少々。

 早乙女勝元氏が1989年に出版した「南京からの手紙」(草の根出版会)というルポルタージュが手元にありました。現地見学や聞き取りを、当時の多くの写真なども入れてルポにしたものです。そこに30万人説の根拠が載っていますので、改めて紹介してみます。これが中国政府の公式見解に近いものだろうと見てのことです。こういう数字を色々戦い合わせることによってきちんとした資料ができあがっていくのだと思います。

 以下の推定死者数の語り手は、南京大学歴史系副教授(当時)の高興祖さん。
『当時1937年の南京市の人口は、国民政府調べで、約百万(正確には百一万九千人)。南京陥落後、政府とともに西へ避難した者約二十万人、いちはやく他の都市へ避難した者二十万人余。そして日本軍の虐殺後、南京に残留していた者二十万人余。これに市外から逃げてきた難民と南京を撤退しおくれた中国軍兵士あわせて十万人近くを加えると、合計七十万人。「それ故、前述百万人から、これらの人々を加減した残りの人々が、皆日本軍の虐殺されたことになり、三十万人が日本軍に虐殺されたのは疑うべくもないのである」』
 
 なお、この本には、重傷を負いながら生き残った女性2人、男性2人などの体験証言が載っていました。当時の南京市街や日本軍の一般的行動の有様がよく分かります。


 なお、日中学者が集まった検討会での日本側の結論はこうです。死者は、20万人から4万人まで。この数字自身が非常に無責任極まりないように僕には思えますが、皆さんいかがでしょうか。特に強調したいのはこれです。日本の方は政府、軍部両方の証言とか、資料等は残していないも同然と、このことは非常にはっきりしています。当時の中国は戸籍が非常にイー加減だったことを良いことにしてのように。上海・南京戦の前に日本軍が兵に対してわざわざこんな教育をしていたほどです。
『なお、33年に陸軍歩兵学校が頒布した「対支那軍戦闘法の研究」には、こういう一文があるという事実も付記しておきたい。わざわざ、兵にこう教えていたのである。
「支那人は戸籍法完全ならざるのみならず、特に兵員は浮浪者」が多いので、「仮にこれを殺害又は他の地方に放つも世間的に問題となること無し」と書かれていた(藤原彰『餓死した英霊たち)。(同上書)』(当ブログ15年9月30日拙稿より抜粋)


 またなお、この問題での当ブログ論争はずっと続いてきており、例えばこんなものも紹介したいです。『夏淑琴さん 東京高裁でも勝訴  へそ曲がり 2008年05月31日』。この夏淑琴さんは、上記早乙女さんルポにおける体験取材聞き取り人4人の内の一人にも入っています。
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記憶遺産?    らくせき  愛知・藤川正人を落とそう

2015年10月11日 10時20分16秒 | Weblog
国連教育科学文化機関(ユネスコ)は9日午後(日本時間10日未明)、重要な歴史文書などを認定する世界記憶遺産に、中国が申請した旧日本軍による「南京大虐殺」に関する資料を登録したと発表した。中国による従軍慰安婦に関する資料の登録申請は却下した。一方、日本が申請した第二次大戦後のシベリア抑留者の引き揚げ記録「舞鶴への生還」と京都市の東寺に伝わる国宝「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」は登録が決まった。

日本政府は抗議。中国が反論。・・・

まさに外交戦が始まった感がします。でも日本政府は形勢がよくないようです。
どうも中国の方が一枚上手ですね。



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