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50年前の憲法論争・・・・・中日社説に大賛成。

2007年06月08日 20時35分35秒 | Weblog
  
「戦後レジーム」は戦前の体験に学んで築かれました。教訓を忘れないよう、歩んできた道を振り返りながら未来を見つめ、憲法と向き合いたいものです。

 一九九〇年、天皇は即位を国内外に披露する「即位礼正殿の儀」のお言葉で、「日本国憲法を順守し、日本国及び日本国民統合の象徴としての務めを果たす」と誓われました。憲法第九九条で公務員に憲法の擁護尊重義務が課されていることに配慮されたのでしょう。

 「米軍基地の中の村」と言われた沖縄県読谷村の村長を二十三年も務めた山内徳信さんは、この条文を大きな掛け軸にして村長室に飾っていました。

 『自分の権力基盤を否定』
 今年の憲法記念日、安倍晋三首相の談話は「戦後レジーム(体制)を原点にさかのぼって大胆に見直し、憲法について議論を深めることは新時代を切り開く精神につながる」と改憲へ強い意欲を示しました。

 首相の権力は憲法によって与えられています。自分の権力基盤を否定するのは矛盾のようですが、よく似たことが五十年前にもありました。安倍首相が敬愛する祖父の故岸信介らが、新憲法制定を目指して内閣に憲法調査会を設置した時です。

 岸は当時の自民党幹事長、後の首相です。戦前は中国大陸で植民地経営に重要な役割を演じ、東条内閣の商工相として開戦の詔勅に署名し、起訴は免れましたがA級戦犯の容疑に問われました。

 現憲法施行から十年もたっていない五六年三月です。自民党は今と同じ押しつけ憲法論を軸に戦後体制脱却を主張しました。憲法調査会設置法を審議する衆院内閣委で、公述人の故戒能通孝・東京都立大教授(当時)がこれを批判しました。

 「内閣は憲法の忠実な実行者でなければならない」「憲法擁護の義務を負っている者が憲法を非難、批判することは論理的に矛盾する」

 『国民と政治家を冒涜』
 これに対抗し「戦前に戻そう」と言わんばかりの論陣を張ったのは、旧内務官僚、元海軍少将、元陸軍参謀といった顔ぶれの自民党議員たちでした。安倍首相とその取り巻きの人たちの「自前憲法制定論」「戦後レジームからの脱却論」や、日本人としての誇りを声高に主張する一部の雰囲気は、この時の議論にオーバーラップします。

 自前憲法制定の欲求が「現憲法はマッカーサーの言うなりに作ったものだから」というのなら、事実に反し、当時の国民と政治家に対する冒涜(ぼうとく)です。あの時代の日本人の気持ちを反映していることは多くの研究で明らかになっています。

 原案を審議した衆院小委員会の芦田均委員長(後の首相)は、四六年八月二十四日の衆院本会議で次のような趣旨の報告をしました。

 「過去の過ちを切実に反省し、新しい日本を建設する基盤として新憲法を制定する」

 「大胆率直な戦争放棄の宣言は、数千万の犠牲を出した大戦争の体験から人々の望むところであり、世界平和への大道である。理想の旗を掲げて世界に呼びかけよう」

 「憲法がいかに完全な内容でも、国民がその目指す方向を理解し、その精神を体得しなければ、日本の再生はできない」-六十年後のいまも輝きを失わない格調の高さです。

 戦後レジームは戦前、戦中の体験を教訓として生まれたのです。その教訓を投げ捨て、旧体制に戻すわけにはいきません。

 日の丸、君が代の強制、愛国心教育や教育の国家統制強化など、戦前回帰のような最近の政治の流れをみると、これを杞憂とは思えません。

 国民投票法が成立し、安倍首相は改憲を今度の参院選の争点にすると言います。必要期間だけみれば、新議員の任期中に改憲発議が可能になりますから選挙結果は重大です。

 投票という主権行使を前に、私たちは「無知は罪」と自覚しなければなりません。後になって「知らなかったから」ではすまないのです。

 「日本人の出演俳優は一度も硫黄島のことを聞かされたことがなかった」-大ヒットした映画、硫黄島二部作の監督、クリント・イーストウッドのこの発言が本当なら、私たちは戦後の反省をきちんと継承できていなかったことになります。

 改憲の核心である第九条を考えるには、日本とアジアの民衆があの戦争で味わった苦しみ、近隣国の日本を見る目を学ばねばなりません。

 いまの憲法がなければ日本がどうなっていたか、世界各地における米国の軍事力行使がどんな結果になっているかも大事な視点です。

 『正面から向き合って』
 施行から六十年もたった憲法ですから手当てしたい部分はあるでしょう。しかし、一時の気分や目先の利害得失だけで論じられてはなりません。政権の都合で規定や解釈を変えるのは立憲主義に反します。

 どのような国、社会を築き、国際社会とどう付き合うか、歴史を振り返りながらそれを考え、憲法と正面から向き合いたいと思います。

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自衛隊 市民の自由を尊重せよ 中日新聞6月8日社説

2007年06月08日 18時55分17秒 | Weblog

 自由な意見を表明する市民らの行動が、これほど詳細に自衛隊に監視されていたのかと驚かされる。

 高校生らが「イラク派兵おかしいよ」と題して二〇〇三年十一月、東京都新宿区で開催した集会も、同じころ愛知県の航空自衛隊小牧基地に派遣中止の申し入れ書を届けた九人の訪問も、大規模デモと並べて記録されていた。

 共産党が入手した「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」という文書には、街頭行動などの主催団体、実施日、場所、参加者数、発言内容といった情報が細かく整理されている。抗議行動の参加者に丸印をつけた記録写真や、運動の形態や規模などで分類した集計も添付されている。編集に関与した組織として情報保全隊などの名があり、自衛隊の内部文書だとされる。

 集会に参加した市民らが閲覧すれば無言の圧力を感じるだろう。「自衛隊が情報を収集して分析することは悪いことではない」という久間章生防衛相の説明は、表現の自由や人権に対する配慮が欠如している。

 文書によると、自衛隊は市民団体のほか報道機関や労働組合、政治家などを幅広く監視していた。自衛隊のイラク派遣に反対すればただちに“反自衛隊”と警戒して情報収集していたのなら、あまりに短絡的だ。その多くは、平和憲法下の自衛隊の役割を理解したうえで派遣に反対した行動、意見表明だったからだ。

 実力組織の自衛隊は政治的中立を厳守すべきであり、特定の人物や団体を色眼鏡で監視すれば立場や権限の逸脱につながる。思想の自由が保障されなかった時代に軍部が市民活動を抑圧した記憶も刺激される。

 かつて自衛隊への接近を企てたオウム真理教のような危険団体を警戒するというのなら、市民と社会の安全を守る任務として理解も得られよう。しかし、小さな集会まで監視する活動は、自衛隊が何から何を守ろうとしているのか、市民らに疑いを抱かせかねない。イージス艦の能力に関する秘密が流出していた事件などをみると、市民より隊内を先に監視すべきだとさえ思える。

 防衛省と自衛隊は、まず今回の文書の目的、根拠、運用の状況を明らかにして、人権の尊重を確認してもらいたい。過剰な監視活動については組織内の責任を検証し、再発防止策を講じねばならない。

コメント (3)
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