ネガティヴD子のフィリピンモンキービジネスと親バカ妄想日誌 in DI-BAR!!!

ノリと勢いでマカティにバーをオープン♪お酒と恋愛依存症のメンヘラ熟女!50代でAVデビュー(単体)を夢見る2児の母親です

D子の恥ずかしい過去の話

2012年05月02日 23時00分14秒 | ちょい昔話

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昨日から生理になって


しかもちょっと風邪っぽくて



鼻水がじゅるじゅるしているD子




この鼻水。。。掃除機って吸い取れたらいいのに




って掃除機持ってないけど^^






今日はどうでもいいD子の過去の話を書きます






××年前





D子は高校生だった時





私は野球部のマネージャーをしていました。





理由は二つ





タッチの南ちゃんに憧れた




そして




野球部に入ったら男の子(部員に)モテると思った





オマケ。。。




坊主頭が大好きだった






実際にマネージャーをやってみて






D子が朝倉南になれる訳もなく。。。




※ちなみに当時のD子のあだ名は 都はるみ♪



そんなあだ名のD子が部員にモテる訳もなく。。。




しかも練習は毎日




一年間で休みなのはお正月だけ




なので部員以外で彼氏が見つかるわけもなく




皆がバイトだの、彼氏とデートだのしている間





毎日練習に参加してました。






不純な気持ちではじめたマネージャーでしたが





3年間最後まで続けて



マネージャー友達も出来て




試合や練習やで色んな場所にいけるのは




かなり楽しかったです。





しかも野球部員は部費を納めないといけないけど




マネージャーはタダだったから




それも助かりました。






もう一度高校生に戻ったら



絶対にマネージャーなんてやらずに



オークワでバイトすると思うけど




まあ、やった事に後悔はないです。





話はかなりそれましたが





この間ヒマだったので




Facebookで何気なく




当時キャプテンを検索してみたんです





そしたらヒットして




懐かしかったのでメッセージ送りました





彼は今




地元で高校の先生をやってるみたいで




すごく元気そうでした。







他にも何人か検索してみたけど
※ストーカー???



Facebookやってる人少ないのか



キャプテンしかヒットしませんでした。






もう、何年も前なのに




その野球部のマネージャーだった時の事




いろいろ思い出してしまって




本当に懐かしいかった。








あの時は本当に若かったな~







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バックファッカーが好きな女

2010年02月11日 02時43分27秒 | ちょい昔話
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カズが入院しているとき


夜すごくヒマにしていたので


いろんな事を思い出していました。




特に思い出したのが



20代の頃していたパックパッカー旅行




知らない国の知らない町に初めて行く感覚は




知らない男と初めてセックスする時に似ている





そのときの興奮が忘れられず



なかなかバックパッカーを卒業できなかった




本当に旅行の魅力にはまってしまうと




日本で2~3ヶ月働いて



その後旅行で10ヶ月生活を



永遠に続けてしまう




だけど


そんな生活は永遠に続けられる訳もなく




バックパッカーの多くは20代




D子も



20代の頃



次は●●に行ったらバックパッカーをやめよう



思いながらも



ずるずる旅行を続けていた





そんなD子が



バックパッカーをやめようと決心したのは



香港のゲストハウスで



ある女性に出会ってから



彼女は(当時)35歳くらい



毎年ラサに旅行しているらしく




そのことをきらきらと少女のように目を輝かせて



楽しそうに話す彼女はとても幸せそうだった




その姿が何年か後の自分を想像された




このままじゃヤバイ




結婚もせず


定職にもつかず



子供もいない彼女は





社会から逃げているとしか思えなかった




もしかしたら



彼女の実家が大金持ちで



自由なお金がたくさんあって



働く必要がないのかもしれない



それでも



D子は心から彼女のようになりたくないと思った




このまま旅行を続けて



貧乏パッカーと結婚


ハネムーンは二人が出会ったインド



なんて


本当にありそうだったから


考えただけでも恐ろしい



その後


ラオスの旅行を最後に


パックパッカーを無事卒業したD子



あのお姉さんのおかげ






次回は


バックパッカーでモテる男を紹介します


(勝手にシリーズ化!?)


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欲しくても買えないもの

2010年02月02日 17時32分48秒 | ちょい昔話
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今日も見てくれてありがとう



もしも


神様が本当にいて




(お金以外のもので)


「何かひとつプレゼントしてあげる」




って言われたら





間違いなく





この





リンゴちゃんお風呂セット




をくださいってお願いする








大人になって買おうって思ったけど




大人になったら売ってませんでした。。。




これをもってた人って幸せ者だな~



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世界で一番楽しいお葬式

2007年12月21日 09時35分39秒 | ちょい昔話
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今朝


神戸にいるバカ姉から


朝早く電話があった。




D子が



「お正月は日本に帰るからね」




と話すと




姉は


「それじゃ。お父ちゃんとお母ちゃん喜ぶよ」




「え?お父ちゃん??」




「そっか、ごめん。もう死んでるんやった。へへへ」





母親が知らない間に再婚してたのかも





とちょっとびっくりしてした。











父親が死んでもうすぐ5年




その時の事を



久しぶりに思い出してしまった






アル中だった父の死は突然やってきた




死ぬ少し前




姉から「最近少し調子悪いらしい」




と連絡を受けていた




父親は調子が悪くてご飯が食べれなくても



いつもお酒だけは欠かさず飲んでいた



なので体はガリガリ。




体の調子が悪くなって




家族が「病院に行け」と口うるさく言っても




「寝てたらすぐによくなる」




といって忠告をきかない




見かねた姉が



無理やり病院に連れて行き



入院の為に検査をしている最中に



容態が急変



あっさり死んでしまった。




家族はもちろん



きっと



死んで一番びっくりしたのは



父親本人だったと思う





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当時




D子が働いていた会社に姉から連絡が入り




その日の夜には



フィリピンから日本に帰国していた





父親との涙の再会もそこそこ



D子家族には沢山のイベントが待っていた




D子の地域のお葬式は



近所の人の協力を借りて自宅で行う



年寄りが多い地域なので



ご近所さんはすっかり葬式になれていて



段取りよくお葬式が進んでいく




お葬式が終わり



親戚が帰って




少し落ち着くと



ご近所さんがメインの


最後の飲み会が始まる






「お父さんの分も沢山飲んであげてね」



と母親が言うので





「父親の供養の為にどんどん飲んでくださいね」





D子3姉妹は



自らはもちろん



ご近所さんにバンバンお酒を勧めた




お供えのお酒は



どんどん空っぽになっていき



お葬式じゃなく



完全に忘年会みたいなノリ





父が死んで悲しかったけど



久しぶりに家族が揃って



本当に嬉しかった









そして





飲み会の終盤に事件が起こった




お酒に酔った近所の男の人が




トイレと間違って



みんなの前で




立ちションをてしまった




部屋の畳はビショビショ




でも、



周囲は大爆笑




そして


母親も楽しそうに大声で笑っていた



結局

男の人は下半身裸のまま


迎えに来た奥さんの軽トラの


荷台に乗れられ帰って行った


※座席には汚れるから乗せてもらえなかった





父親の葬式の話になると



いつも思い出して爆笑してしまいます



D子家の黄金伝説


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劇団 ひとり美人局

2007年12月06日 06時31分15秒 | ちょい昔話
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いつも男性から



モテモテの(女の)先輩がいた。






ある日





D子は






「どうやったら好きな男性と付き合えるんですか?」








と秘訣を聞いてみた





すると。。。






先輩は






「好きな男の部屋にいったら

(Hを)ヤルまで絶対に帰らないこと





と教えてくれた





先輩曰く




いちどHをすると



(彼女がいない場合)




ほとんどの男性は




責任(?)をとって付き合ってくれるらしい。。。





なるほど





でも、



まるで美人局みたい。。。




なので





この必殺のアタック方法を




「ひとり美人局作戦」



と呼ぶことにした






◆ひとり美人局の方法◆


①ターゲット(好きな人)を飲みに誘う
※遅めのスタートがベスト




②そして相手にガンガンお酒を飲ます
※相手がお酒が飲めない人は自分が飲んだフリをする





③相手、もしくは自分の部屋につれて帰る





④チョメチョメを実行




⑤チョメチョメ終了後
「ねえ!私達付き合ってるんだよね?」
とスピード確認←重要!




⑥そして見事に彼氏ゲット







◇重要注意事項◇



◎相手にお酒を飲ませすぎると
 酔って寝てしまうので注意




◎頭のいい男はチョメ終了後すぐに
 「やっただけで彼女ずらする女ってウザイよね」
 とこちらより先に言うことがあるので注意







このブログを読んでいる



もてない女性の皆さん



是非試してください





しかし!!




悲しい事に





この作戦





20代の頃はかなりの成功率だったんですが






最近はさっぱり


(鮮度が落ちたせいか)


エサに食いつてもくれません。。。





なので


別の作戦で地道に頑張ります


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東京上野公園

2007年11月16日 17時51分14秒 | ちょい昔話
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10時にチェックアウトした二人。




向かうは近くの公園






そして



お金をどうにか工面しよと




銀行の本社に問い合わせたり




家族や友達に電話したりした



なんとか頑張ってみた






けど




結局はどれも駄目






携帯電話なんてない時代




その電話代だけで




2000円も使ってしまった。






そして




どうやって残りのお金で




3日間乗り切るか話し合った。




このとき



なんとかケンカだけはしなかったけど



私達の二人の雰囲気は険悪で




はやくお金の問題を解決したかった。






「ここが大阪だったらどうにかなったのに」






「交番に行って財布落としたからお金かしてと頼もう」





「銀行強盗でもしようか??」





いろんなバカな意見が出た









もし




「援助交際」でもしてお金が手に入るなら




真剣にやってもいいと心の中で思っていた。



(当時は20歳だからなんとか可能でしょ?)






テレクラのバイトをしていた私は





フリーダイヤルに電話すれば




簡単にお客が見つかることも知っていた。





でも、、、




本当に援助交際となると





やっぱり怖く出来なかった。。。。









D子には




東京に1人だけ高校時代の友達がいた。





友達といっても



ただのクラスメイトで





時々話しをする程度の仲だった。






本当は




「お金を貸してください」と頼みたかったけど





彼女はまだ学生で



余分なお金をもっているわけなかった。



彼に



「お金の事は絶対に言っては駄目

D子だけなんとか泊めてもらえるようにお願いしろ」






といわれたので





陽子ちゃんに事情を話し




泊めてもらえるようにお願いした




事情を知った陽子ちゃんは






快く私を泊めてくれると言ってくれた




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どうにか宿泊費を削ることは出来たけど




D子の心の中は




食費を削ってもいいから




ヒデちゃんと一緒にいたい気持ちでいっぱいだった




陽子ちゃんの部屋に




泊めてもらうことが決まっても




「やっぱり一緒にいたいよ」と泣いて困らせた







それを見たヒデちゃんは







「D子!ほら見て!


おれ鉄棒結構上手いんだぞ♪」





公園の鉄棒で




体操選手みたいにぐるぐる回って見せてくれた






「あのお兄ちゃんスゲー!」




と近くで遊んでいたチビッ子が




数人か集まってきてくれた





鉄棒するヒデちゃんは本当にかっこよくて




鉄棒からおりると




チビッ子達と一緒にみんなで拍手をした。





これが東京での一番大切な思い出になった



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(つづく)





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東京タワー

2007年11月15日 17時53分11秒 | ちょい昔話
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夜行バスで東京に行った




帰りの便は




4日後の夜だった




東京に到着してすぐ





お金が二人合わせて3万円しかないことが判明





交通費を引くと




実質使えるのは2万5千円





たった2万5千円で丸4日間すごさなくては



いけなかった



1日の予算はたったの6250円



物価の高い東京では


とっても苦しい数字だった。。



もし、



彼が1人暮らしをしていたなら




全然楽勝





しかし、





彼は志木市の会社の寮に住んでいて





当たり前だけど




私はそこに泊まるわけにはいかなかった





バスの帰るの便も



予約がいっぱいで変更するのは不可能




楽しみにしていた東京タワーに



のぼる事も出来ずに





しかたなく




初日は動物園に向かった




もちろん




交通費をうかせるために





近場なら徒歩で移動した





その年の




ゴールデンウィークはすご暑くて




歩くとすぐに喉が乾いた




しかし、





喫茶店で休憩もできない





お昼はホカ弁




夜は安いファミレスで済まし






10時に安いラブホにチェックインして





のこりの残高を計算すると




あれだけ節約したのに



なんと



その日は1万円も使っていた



残りの金額




1万5千円





これで丸3日生活しないといけなかった




東京での初夜も





ふたりとも歩く疲れてくたくたで





ベットに入るとすぐ寝てしまい






何事もなく




次の日のチェックアウトを迎えた




(つづく)





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東京三菱のATM

2007年11月14日 23時27分54秒 | ちょい昔話


将来



もし






「過去への送金サービス」







が可能になったら






どんなに





手数料が高くてもいいから





20歳、ゴールンデンウィークの時の自分に





5万円送金してあげたい。。。






女の本音・女心








彼の方が年上だったけど




私の方が1年早く働いていたので





彼よりは金銭的に余裕があった






青山英史(ヒデちゃん)は





4月から東京で働きだしたばかりで





D子と遠距離恋愛中








「ゴールデンウィークに会いたい




と私が言うと




「まだ、働きだしたばかりで


お金もないし別にこなくてもいいよ






とあっさり断られた







「お金は私が出すから大丈夫





電話じゃなくて





ヒデちゃんの顔がどうしても見たかった




(当時も貧乏だったけど)





お金よりも





ヒデちゃんとすごす時間のほうが




何十倍も大切だった





ヒデちゃんに会いに行く前の日





銀行のATMでいくらお金を引き出そうか





すごく迷った。。。






おバカな私は





「あんまり沢山おろすと落としたら大変だし


東京にもATMあるしね







と結局2万5千円だけおろした




これが悲しい思い出の始まりだった。。。




そう





私はゴールデンウィーク中





銀行のATMが使えなくなるって事を





全くしらなかったのだ





(今はコンビニがあるから大丈夫なのかな?)




くそ!!!


東京三菱のいじわる~




女の本音・女心



(つづく)



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2度目のホームレス中学生

2007年11月14日 19時39分32秒 | ちょい昔話
この間ブログで紹介した




「ホームレス中学生」





最初は3時間くらいで




いっきに読んでしまったんだけど





ちょっと飛ばして読んだ部分もあったので





この間




ゆっくりともう1度よみかえしてみた。






読み終えると。。。






お金にまつわる





つらい経験を昔したことを思い出した




(つづく)


※話は少し長くなります
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幻のマジックマッシュルーム

2007年11月09日 18時43分13秒 | ちょい昔話
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先日


フィリピンにある





「漫画喫茶10」の店長さん?が


お店に来てくれました




その漫画喫茶は



ウエイトレスの女の子が




メイドの格好をしていて



コスプレ好きの私としては




早速




「お客さんの少ない平日の昼間に

メイドの格好をさせてください




と無理やりお願いして



なんとか了承を得ました




でも、、、



1人じゃ恥ずかしいので



ラブリーをどうにか上手く丸め込んで



二人で


1日体験メイドウエイトレスを


させてもらう(勝手に)予定です





その前に



メイドの服が入るかちょっと心配。。。




その店長さんは




「少女マンガも少しはありますよ





と言ってました









ちなみに




私が今一番読みたい漫画は







「キノコ・キノコ」
(上記画像)





その名の通り




キノコの「マッシュ」と「ルーム」が



主人公のほのぼの恋愛少女漫画





しらない人は




「キノコの漫画なんて何が面白いの?」





って思うかもしれませんが





これが意外に面白いんですよ




しかも



この漫画は既に廃本になっていて



入手不可能!!


幻のキノコ漫画




まさしく


漫画界のマジックマッシュルーム





それにしても





キノコが主人公の漫画があるなんて




さすがアニメ大国ニッポン



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ホームレス研修生

2007年11月02日 19時12分18秒 | ちょい昔話

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小学生の頃



ホームレスに憧れていたD子






とりあえず




週末を利用して




自主研修を開始することに決めた







ある土曜日の午後




パンとお茶とお菓子を漫画の本を持って





裏山にある土管に





わくわくしながら向かった。






まず




土管の中でお菓子を食べ





山の中を散策





そして




昼寝をして




漫画の本をよんだ。。





夏だったので






7時頃に辺りは暗くなった





すると




やぶ蚊にもバンバン刺されるし




やっぱりだんだ怖くなってきた





勿論





ローソクも懐中電灯も持ってきてない






田舎の山の中は明りひとつない





草むらは風でガサガサゆれてる






「きっと母親が心配してるにちがいない






結局7時半に自宅に戻った。。。





母親になんて言い訳をしようと





思いながら家の中に入ると






「7時までには帰ってきなさい!」






と注意されただけで





全然心配されていなかった






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大人なって





なんとかホームレスにならなかったけど





D子の叔父さんは





西成で数年間





車上生活をしていた





バンを改造して




車の中には




テレビとビデオが完備されていたらしい






残念ながら。。。





D子は叔父さんの車を




実際に見ることはできなかったけど





でも、




やっぱり羨ましいと思ってしまった







ちなみに




D子が



フィリピンで一番憧れてる職業は





ガードウーマン





コンドミのガードじゃなくて





ショッピングモールの入り口で






鞄のチェックする係の人なりたい








給料をもらって





他人の鞄の中を覗けるなんて





そこぬけにシビれるとおもいませんか



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ホームレス小学生

2007年10月31日 21時59分23秒 | ちょい昔話
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小学校4年の文集で



「将来の夢」


という作文を書かされた。






D子は面倒なので





小学校2年のときの夢だった





「アイドル歌手」と




とりあえず書いておいた。








でも。。。









本当はその時







ホームレスに憧れていた






理由は単純♪




学校も仕事にも行かなくていいし



毎日遊んで暮らせるから



(本当はそんなに甘いものじゃないんだけど)











ホームレスの人を最初に見たのは






小学校3年の時





母親と行った




JR天王寺の駅だった






「なんでこのオジサン駅でねてんの?」






と母親にきくと






「シッ!」と怖い顔でにらまれた





初めて見たホームレスのオジサンは






ほとんどの人が




ゴロゴロしてたけど






中には




雑誌を拾ってきて売ってる人もいたし





ガラクタなどを売ってる人もいた





オジサン達が






何を売ってるか興味津々







時々立ち止まったりしていたけど









そのつど母親に







「早くいくよ




と怒られゆっくり見れなかった




その後




和歌山のD子の田舎でも





小学校の帰り道





大きなリュックと布団とヤカンを背負っって





徒歩でホームレスをしている




60歳くらいのおじいちゃんに出会った。






顔と着ている服は真っ黒で




白髪あたまのそのおじいちゃんは




私の姿をみると




わははと笑顔で握手をしてくれて




両手をバイバイしながら去っていった






その姿はなんとなく神様みたいで



ますますホームレスのファンになった。






そのことを母親に話すと






やっぱり怒られた





けど







父親はその人たちを







「『ヒッピー』と呼ぶんだよ」と教えてくれた




そして



ヒッピーの中にもお金持ちの人もいて




趣味でやってる人もいることも教えてくれた





D子の家の裏山には



ドラえもんの空き地にあるような




大きなコンクリート製の土管があった




女の本音・女心




(つづく)
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ゴミとラブラブ生活?

2007年10月19日 11時36分14秒 | ちょい昔話
お店でお客さんと



「引越し」の話になった





たまに引越しをするのが




趣味な人がいるけど





ほとんどの人は




面倒なので嫌いだとおもう。




もちろん





私も大嫌い






でも、




フィリピンに来て6年




なぜか



5回も引越しをしている





その引越し経験の中で





記憶に残っているのが






中国フィリピン間の引越し




洋服を買うのが大好きな私は




何十着も服をもっていた




そのほか




小物類も沢山もっていて




当たり前だけど





荷物を全部もっていくなんて




不可能






極力荷物を減らさなくてはいけない








なので




①いるもの




②いるけどすぐに必要ないもの




③いらないもの





の3種類に分別




いらないものは



従業員の女の子に全部あげた





いるものは





箱に入れて




郵便局からフィリピンに送った






問題は





「いるけどすぐに必要ないもの」






迷った結果





「一年後に取りに来るから預かっておいて





と友達にお願いして






フィリピンに旅立った





そして



一年後




その預けた荷物を引き取りに行くために





中国に戻った






そして






その預けた箱を開けると








中身はだたのゴミだった




「なんでこんなもの残しておいたんだろう」




不思議で仕方なかった






きっと




今私の周りにあるものは






ほとんどゴミ同然で




そんなに必要ないもの





ゴミと一緒に生活してるとおもうと





ちょっとだけ気分がブルーになります




海外生活ブログけいすあふぇ?



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D子はB子!?

2007年10月15日 11時58分02秒 | ちょい昔話
朝のNHK連続ドラマ



ちりとてちん



主人公の和田喜代美(きよみ)ちゃん



小学校の時に転校したクラスに



同姓同名の和田清海(きよみ)ちゃんがいた




清海ちゃん美人で頭がよくて

はクラスの人気者


一方


主人公の

喜代美はさえない普通の女の子


同じクラスで


同姓同名で紛らわしいので


主人公自ら


和田B子と名乗った





そして


人気者の方は


A子になった


何をやってもA子にはかなわないB子



いつもA子の引き立て役






女の本音・女心





D子が小学校2年生の時



隣町の小学校に引越しをした



田舎の町なので



転校生は珍しい




転校した先の小学校に




同じ学年に転校生がもう一人いた



今でも名前は覚えている



彼女の名前は



鈴木綾子ちゃん



同姓同名ではないけど


同じ時期に


同じ学年の転校生っていうとこで



何かと比較された



鈴木綾子ちゃんは

黒髪のストレートヘア
美人で色白で大人っぽく
上品で運動も勉強も抜群
クラスの男子の憧れの存在


一方


D子は、、、

色黒でチビ
勉強も運動も全く駄目

鼻水を服の袖で拭くのが癖で
袖はいつもカピカピに光っていた

小汚い小学生だった



しかも


家の引越しで転校したD子と違って



綾子ちゃん(A子)の転校理由は


お父さんの仕事の都合だった






そして



3年後


綾子ちゃんは


また新しい学校に転校して行った




小学校のときに


あれだけ美人だった綾子ちゃなんが


今どんな女性になっているか


とても知りたかった





25歳時



小学校の同窓会があった




そのとき、


やっぱり


連絡先がわからなかったみたいで


綾子ちゃんの姿はなかった




綾子ちゃんの大ファンの一人の


同級生の男子のが必死になって


探したけどみつからなかったらしい




同窓会でも


未だに話題の上ってくる



鈴木綾子ちゃんの人気は



本当にすごい





喜代美ちゃんも頑張ってね


D子も頑張ります!!

海外生活ブログよろしく
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夏の蛍ツアー

2007年07月23日 08時52分48秒 | ちょい昔話
ある日

竜君から相談を受けた


「コネで役場に就職出来るかもしれない






でも、


保健所(野犬処分)と衛生局(ゴミ回収)の



部署に配属されたら


どうしよう。。。


と悩んでいた




「D子ならどっちがマシ?」

と聞かれた。


「う~ん。私ならゴミ処理の仕事の方がマシかな?」



「だよね。でも、夏は(臭いが)大変だろうなあ。。。」





そして


またある日


竜君に

「蛍を見に行こう


を誘われてしまった


私は


「え?蛍?(わざわざもっと田舎に)行きたくないな~」


猛反対




しかし、


「先週、見にいったら沢山いたよ


と言うので


しぶしぶ蛍見学ツアーに


出発した



純粋な竜君は


女の子は(みんな)

「蛍を見に行くと感動して喜ぶ」

と思っていたらしい


(同じ理由で観覧車の夜景も




山道を車で走る事


約1時間。



蛍どころか


蝶々一匹もいない。。。




「やっぱり帰ろう」と


言いたいのを我慢して


ひたすら車の助手席に無言で座る私。



そして


車の外に出て


歩いて蛍を探す事になった。


10分後、、、



この企画を知らなかった私は


ミニスカートをはいていて


やぶ蚊に足をブスブス刺されてしまった。




痒いし



蛍はいないし




竜君と山の中で大喧嘩してしまった。



そんな


竜君と


中国に行って


最初の1年は


手紙をやり取りして

(当時携帯メールがあま普及してなく)


なんとか付き合いは続いたが



結局




香港での

デートを最後に

竜君に振られてしまった




そして


風邪に噂で。。。


(つづく)




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