黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

アメリカ法(LL.M)商法 ~法曹志望者に迫る新たな罠~

2013-03-17 20:33:52 | 法科大学院関係
 最近,法律関係のネット記事を読んでいると,伊藤塾の広告がよく目に入ります。
 伊藤塾は,設立当初『伊藤真の司法試験塾』が正式名称だったことから分かるとおり,もともとは司法試験の予備校だったのですが,最近は法曹志望者の激減が影響しているのか,新司法試験や法科大学院の入学対策をメインとした宣伝ではなく,行政書士などをメインとするようになった感があります。その中でも異彩を放つのが,アメリカ法(LL.M)に関する広告です。
http://www.itojuku.co.jp/shiken/llm/index.html

 ホームページの内容をよく読んでみると,講義が全93時間,ゼミが全36時間で全部受講すると44万円ほどかかるこれらの講座を受講しても,アメリカの弁護士(ロイヤー)資格を取れるわけでもなければ,アメリカの司法試験受験資格を得られるわけでもありません。いわば,アメリカのロースクール(LL.M課程)に留学する人向けの準備講座であり,アメリカのロイヤー資格を取得するためには,実際にアメリカのロースクールに1年間留学して,アメリカの司法試験に合格する必要があります。ちなみに,アメリカのロースクールに1年間留学するには,学費だけで300~450万円くらいかかるそうです。
 ホームページによると,アメリカ法(LL.M)講座は「以下のような方におすすめ」ということらしいです。

1 渉外事務所や、企業の法務部、官庁にお勤めの方など、LL.M.プログラムへ留学予定の方
2 法学部・法科大学院在学生の方など、語学力と法的知識を生かして活躍したいとお考えの方
3 企業の法務部の方など、業務に役立てるためにアメリカ法を学習したいとお考えの方
4 法科大学院修了生の方 英語力と法的知識を生かしてキャリアアップをお考えの方

 1と3はまだいいのですが,問題は2と4です。2013年法科大学院進学予定者に対する,期間限定特別割引キャンペーンを行っているところなどを見ると,むしろ2が主たるターゲットになっているのではないかと危惧されます。しかも,「LL.M取得後のメリット」というページでは,「いまは弁護士だけでなく,学部生・法科大学院修了生の方の中にも自費でLL.M.留学をされる方も増えており,LL.M.留学は注目の選択肢になっています。」という記述まであります。
 法曹志望者をターゲットにした新手の「資格商法」という匂いがぷんぷんするのですが,以下法学部生や法科大学院在学生・修了生が,このような講座を受講してアメリカ留学を目指すメリットの有無について,私見を述べておくことにします。

1 「ロイヤー」資格の概要
 アメリカの「ロイヤー」という資格は,日本では「弁護士」と訳されるのが一般的ですが,実態は全く異なります。
 「ロイヤー」になるためには,原則としてアメリカのロースクール(J.D課程)で3年間勉強した後,司法試験に合格する必要があります(アメリカでは,日本と異なり州ごとに司法試験が行われます)。ただし,外国の大学で法学部などを卒業した人に対しては,例外的に1年間の課程(LL.M課程)を修了することで司法試験の受験資格を認めている州もあります。
 日本人留学生の場合,最近はニューヨーク州の司法試験を利用する人が多いようですが,全体の合格率は約70%。ただし,外国人(特に日本人)受験者の合格率は,語学の壁があるので5割を切ることもあるようです。ロースクールでは,一部を除き司法試験の受験対策をやってくれるわけではないので,合格するには別途予備校に通うのが一般的です。
 また,司法試験に合格しても,当然にアメリカで法曹の仕事に就けるわけではありません。ロースクール修了者のうち,フルタイムの「法曹」と呼べる仕事に就ける人は4割にも満たず,また4割近くの修了者が法律関係の仕事にすら就けないという話も聞きます。アメリカ人の修了者でさえそんな感じですから,日本人の留学者が修了後アメリカの法律事務所に就職するというのは,ほとんど不可能に近いというほどの狭き門です。
(※ 一時期タレントとしてテレビ出演し有名になった湯浅卓氏のように,日本の大学(東京大学)を卒業してアメリカに留学し,アメリカの弁護士として成功したという人もいますが,今はアメリカの法律事務所も景気が悪いため,日本の渉外事務所からの「留学」さえなかなか受け入れてもらえないのが現実らしいので,このような進路はさらに狭くなっていることを指摘しておきます。)
 なお,ロースクールで実務に役立つ教育をしてくれないのは日本と大して変わらず,アメリカには司法修習制度もないので,アメリカの「ロイヤー」資格を得た段階では,法曹としての実務を行い得るような知識は身に付きません。アメリカで弁護士として独立開業するには,「ロイヤー」資格を得た後少なくとも数年間はアメリカの法律事務所で働きながら学ぶ必要があり,日本で最近行われているような「即独」などはまず考えられません。
 ちなみに,アメリカの「ロイヤー」資格を取得しても,日本で弁護士登録をすることはできません。ロイヤー資格を取得した後,アメリカの法律事務所で3年以上勤務している場合には,日本でも「外国法事務弁護士」として登録できる場合はありますが,当然ながらその職務内容はアメリカ法に関するものに限定されます。

2 日本における「ロイヤー」資格の評価
 したがって,わざわざアメリカに留学して「ロイヤー」資格を取ってくるメリットの有無は,日本で「ロイヤー」資格がどの程度評価されているかにかかっているわけですが,現状ではあまり良いとはいえません。
 日本の企業には,研修の一環として従業員をアメリカのロースクールに留学させるところがあり,そのため法務部などには,日本の弁護士資格は持っていないけどアメリカのニューヨーク州「ロイヤー」資格なら持っているという人が結構いるそうですが,ロイヤー資格を取ったところで国際法務の即戦力になるわけではありません。企業の採用はロースクールの学歴などではなく,あくまで年齢と人物によって決められるところ,アメリカへ留学すると当然ながら余計に年齢を重ねてしまうので,企業への就職はかえって不利になると考えた方がよいでしょう。
 また,日本の法律事務所に就職するなら,当然ながら日本の司法試験に合格していることが前提であり,最近はそれも若いうちに上位合格しなければなりません。アメリカのロイヤー資格は持っているけど,日本の司法試験には落ちたなんて人は,どこの法律事務所も相手にしないでしょう。司法試験に合格した人がアメリカのロイヤー資格を持っているという場合でも,渉外業務を特に行っていない事務所では意味がありませんし,渉外業務を行っている事務所でも,採用にあたっては日本法の知識がしっかり身に付いているかどうかを重視するのが一般的であると思われます(国際的に見れば,日本法がよく分かっていない日本の弁護士ななど,単なる恥さらしでしかありません)。
 大手渉外事務所の弁護士が,アメリカに留学して向こうの「ロイヤー」資格を取ってくることは以前から行われていますが,最近はリストラ目的の留学もあると言われており,しかも渉外事件におけるアメリカのロイヤー資格はいわば「依頼者も普通に持っている資格」ですから,そんな資格を振りかざしたところで特に有利になるとも思えません。

3 法学部4年生の進路は?
 アメリカのロースクール進学を現実に考えるのは,おそらく司法試験合格を目指している大学法学部の4年生(もしくはもうすぐ4年生になる人)あたりでしょう。今どきの受験生であれば,まず予備試験合格を目指すところ,大学4年生までに予備試験に合格できなかった場合には「滑り止め」を考える必要がありますが,現状では主に3つの選択肢があります。

(1) 予備試験と並行して企業等への就職活動を行い,4年生までに就職できなかったら法曹への道はひとまず諦める
 現状では最も妥当な選択ですが,予備試験はかなりの難関試験であり,就職活動との両立は難しいという難点があります。また,現役の弁護士でも「自分の子どもには跡を継がせたくない」と語る法曹界の惨状を聞きながら,今どき敢えて弁護士を目指すという人は,よほど弁護士という仕事にこだわりを持っているものと思われますが,そういう人が法曹への道を断念するのはかなり苦汁の選択になるでしょう。
(2) 予備試験一本に絞る
 ひたすら予備試験の受験勉強に専念し,予備試験の4年生で予備試験に合格できなかったら浪人も辞さないという選択ですが,言うまでもなく非常にリスキーな選択です。既卒者だと企業への就職が難しくなるので,予備試験がダメだったら司法書士にでも転身するしかありません。旧司法試験時代には,数年かかっても司法試験に合格すればとりあえず道は開けるので,浪人してでも勉強を続けた人がたくさんいますが,今は30代の司法試験合格者なんて実質的に無職確定ですし。
(3) 予備試験と法科大学院の併願
 実際には,これを選択する人がまだ相当数いるのでしょう。大学4年生で予備試験に合格できればいいが,落ちた場合に備えて一応適性試験を受けておき,予備試験に落ちた場合は滑り止めで法科大学院に入学する,ただし入学しても予備試験の勉強を継続する,という人が増えていると聞きます。
 ただし,法科大学院では多額の学費がかかりますし,法科大学院の授業は司法試験や予備試験の勉強という観点ではかえって足を引っ張られ,実務的にも役に立たないという評価が一般的であるため,できれば法科大学院入学は避けたいところです。

 アメリカのロースクール進学というのは,上記のいずれでもない(4)の選択肢か,法科大学院生となった上で交換留学生としてアメリカに留学するというのであれば(3)の亜流,ということになりますが,仮に(4)であればほとんど自殺行為に等しい選択であり,(3)の亜流としても,あまりお勧めできない選択です。
 法科大学院から交換留学生としてアメリカに行くのであれば,自費で行くよりは留学費用を節約できますが,このような選択に意味があるのは,アメリカに留学してストレートで「ロイヤー」資格を取得し,帰国後ストレートで日本の司法試験にも上位合格できるという天才的な頭脳を持った人だけであり,そんな人であれば予備試験の合格にもさほど苦労しないでしょう。
 大学在学中に予備試験に合格し,そのまま司法試験にも合格して司法修習に入る人と,法科大学院に入学してアメリカに留学しロイヤー資格を取得し,そのまま帰国して司法試験に合格し司法修習に入る人とを比べた場合,おそらく前者の方が法曹界への就職には有利であり,お金もさほどかかりません。後者は無駄にリスクが高くお金もかかり,何のためにそんな選択をするのか理解し難いものがあります。東大へ行かずにハーバード大学へ行くという人は,就職できなくてもベンチャー企業を起こすなりして自分なりの生活設計を立てられるでしょうが,法務畑ではそうも行きません。
 なお,伊藤塾の「米国ロースクール合格体験記」なるものを読むと,受講者の中には法科大学院の修了生が結構いるようですが,ひょっとしたらアメリカ留学は三振博士たちの新たな逃げ場として注目されているのでしょうか。仮にそうだとしても,三振博士がアメリカに留学して「ロイヤー」の資格を取ったところで,日本に活路があるとは思えませんし,アメリカでも活躍できる可能性は限りなく低いと思うのですが・・・。
 法科大学院制度のおかげで法曹志望者が激減し,予備試験も思ったほど受験者が増えず,司法試験予備校も経営のために新たなビジネスを開発する必要があるのは分かりますが,金銭感覚の麻痺した法科大学院生をターゲットに「米国ロースクール留学」という新たな資格商法を展開するというのは,あまり褒められたビジネスではないような気がします。

12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2013-03-17 21:11:15
これは、学歴ロンダの究極型かも。
就職から逃げてロンダしたいひとには、法曹業界は夢があるのかもしれない。親が金持ちなら、親も子も現実逃避ができる。
こういった需要を法科大学院や予備校が奪い合っているんだね。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-17 22:53:55
法科大学院に行って、将来は国際弁護士になって、アメリカでも活躍したい、と言い張る大学生が結構な確率で居ます。夢を見ることで現実を直視するのを避けているのですね、分かります。そもそもその時点で法曹になろうというのが間違っていると思いますが、まあ何を言っても無駄でしょう。もうね、法科大学院に行きたいなんて言っている人間に何を言っても無駄ですよ。
卒業して、法曹の資格を得て、現実を思い知ってください。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-17 23:57:44
I塾は「司法書士の弁護士化」にいち早く目を付けて受験生の司法書士シフトの流れを作った実績があります。
アメリカン弁護士の件はいうまでもなくTPPを睨んだものでしょう。資格の相互承認など「外弁の弁護士化」を予測していそうなあたり、嗅覚はさすがという気がしますが。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 01:35:28
資格の相互承認は今のところTPPの議論の俎上にはのぼってないと思いますが、黒猫先生及び皆さんどうお考えでしょうか。実現するのでしょうか?
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 02:14:19
LL.M.卒業のみの外国人のニューヨーク州司法試験の合格率は30パーセント代です。これは英語をあまり不得意としないヨーロッパ人やインド人が含まれていますから、日本人だけにしたら、10パーセント代くらいだと予想されます。

日本の大学を卒業して即LL.M.に入り、LL.M.卒業後に新卒として大手企業に就職するなら大学院卒と同じ年齢で就職できるし、弁護士登録費用が格段に安いので、日本の弁護士資格を取るよりは就職しやすいと思います。大企業としての会社の金で留学させる必要もないし、留学させたのに逃げられてしまうという危険もないですし。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 05:53:27
さすがに資格の相互承認は障壁が高いですからそう簡単には実現しないのではないでしょか。

むしろ、日本の人・法人を被告とするアメリカの裁判の判決が日本で直接執行できるようになる可能性の方が高いように思います。アメリカの弁護士にとっては、アウェーの日本の裁判所に訴えるよりも、アメリカの裁判所に訴えて勝訴判決を取ったら日本で執行できるという形のほうがずっと都合がいいですから。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 07:02:09
L.L.M持ってるだけだと意味はほとんどないでしょうね。
アメリカの学位をウリにして就職する場合、「誰の金で
留学した」が大きなポイントになるので。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 12:01:13
仮に新卒で米国留学をする層を、伊藤塾がメインターゲットとしているのなら(そうだと思いますが)、そういう方は高学歴、成績優秀、英語ペラペラで、総じて頭の回転が早い方と思われますので、予備校なんか利用しないでしょう。

なんでそんな事に気がつかないのでしょうね。

TPPでは、弁護士に関して話題に上っておりませんが、アメリカの要求で、日本と似たような司法制度改革を行った韓国はBAFにより、米国弁護士の参入が続いています。日本も同様な事が起こると推認はできるのではないでしょうか?
返信する
上のコメント (Unknown)
2013-03-18 12:05:47
BAFではなくてFTA(米韓自由貿易協定)の間違いですm(--)m
返信する
Unknown (Unknown)
2013-03-18 13:06:01
韓国ではアメリカ弁護士が韓国の弁護士と同様に活動しているのですか?
返信する