黒猫のつぶやき

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電子債権の発生登録事項

2006-03-03 18:18:12 | 司法一般
 今回は,「1-2 電子債権の発生」のうち,電子債権の発生登録事項についての論点を概観します。

(1)発生登録における必要的登録事項
 発生登録における必要的登録事項(電子債権を発生させるために必ず登録しなければならない事項であり,その登録を欠けば当該電子債権が無効となる事項)は,あまり広範な事項を必要的なものとすると,かえってこれを欠くことにより電子債権が無効とされる可能性が大きくなることから,必要最小限の事項にとどめるべきであるとされ,具体的には①金額,②支払日,③債務者を特定するための事項,④債権者を特定するための事項及び⑤発生登録日を必要的登録事項とし,各記載事項についての検討が行われています。

ア 金額
(ア) 金額の確定性の要否
 電子債権の内容は登録された内容によって定まるものであり,電子債権が流通を前提としたものであることから,電子債権の金額は発生段階で確定した額を登録しなければならないものとすることが検討されています。ただし,以下の2つの意見があるようです。

意見1:売主が商品を納品した後,買主の検収・請書の送付がない段階で一定の掛け値で売掛債権を譲渡してファイナンスを受けることに電子債権を利用できるようにするために,金額が確定しない段階で電子債権を発生させるニーズがあるのではないか。
 この意見については,為替手形的な電子債権を認めるのであればこのようなことも可能だが,為替手形的な構成を取ってまでこのような利用方法を認める必要があるのか,また,仮にこれを約束手形的なものとして考える場合には,電子債権の債権額の確定を,電子債権発生後に生じた原因関係の変動に委ねることになり,原因債権とは別個の金銭債権として電子債権が発生するという基本的な考え方と調和しないだけでなく,後日,額の変更が生じた場合にどのように対応するのか(債権額の変更には一定の利害関係人の合意が必要であると考えられるが,合意が得られなかったときどうするのか,登録外の事情として人的抗弁の問題と考えるだけでよいのか)という問題が生じるものと考えられています。

意見2:金額が確定できるような一定の基準の登録があれば足りるとすることも考えられるのではないか。
 この意見に対しては,一定の基準の内容によっては原因関係と有因であるのと同じになり,原因債権とは別個の債権として電子債権を認める意義が失われることになるとの指摘がなされています。

(イ) 外国通貨による登録
 指名債権や手形債権では,債権額を外国通貨によって定めることが認められており(民法403条,手形法41条),電子債権の場合も,これを否定する理由はないことから,債権額を外国通貨で定めることは可能とする方向で検討されています。
 ただし,電子債権管理機関は必ず外国通貨による金額の登録を認めなければならないとすることは,電子債権管理機関に負担を課し,その多様性を阻害するおそれがあることから,電子債権管理機関が許容する場合に限って,外国通貨による金額の登録を認めるべきであるとの意見も出されています。

イ 支払日
 支払日に関しては,分割払いの電子債権を認めるかどうかが議論されています。

[積極論の根拠]
・手形と違って分割払いを認めても証券という物の分割という問題は生じない証券の存在を前提とする手形においては,分割払の手形は無効とされている(手形法33条2項)(注)が,電子情報を基礎とする電子債権においては,証券という物の分割という問題は生じない。
・ローン債権を原因債権として電子債権を発生させる場合には,分割払の電子債権を認めることが便宜である。
・手形に関しては,日本の手形法のように支払呈示・受戻しを前提とすれば,期日は一つとして分割払を認めないことになるが,英米法では一つの手形に複数の期日を記載することを認めている。

[消極論の論拠]
・分割払の電子債権を認めるためには,
① 一部支払がされたことの電子債権原簿への反映のさせ方,
② 分割払の一つの支払期日における支払について不履行が生じた場合に,譲渡人に担保責任を追及することができるのか,
③ 追及することができるとする場合,譲渡人がその支払期日に係る額を支払ったときに,どのような処理がされるべきか
等の問題を検討する必要がある。
・分割払の電子債権の発生登録を行うためにはシステム負担が大きくなることから,分割払を認めるかどうか,認めるとして支払回数を何回まで認めるかは,各電子債権管理機関の任意に委ねるべきであるではないか。
・分割払と同様の機能を持たせるためには,分割払の各支払期日ごとに一つの電子債権を発生させる方が簡便で,かえってコストも安くなるのではないか。

 黒猫の意見としては,ローン債権を電子債権化する場合,期限の利益喪失条項などの関係から支払期日毎に一つの電子債権を発生させるというのは実務上かなり煩雑になると予想されることから,基本的に分割払いの電子債権を認める必要はあると思います。支払い回数の限度等については,電子債権管理機関の任意にして,自由競争に委ねればよいでしょう。

ウ 債務者・債権者を特定するための事項
 電子債権の管理や支払のために必要な債務者及び債権者の情報として,①氏名又は名称,②住所,③法人にあってはその代表者の氏名は異論のないところですが,支払先となる預貯金口座を必要的登録事項とするか,それとも任意的登録事項とするかどうかについては意見が分かれています。

[任意的登録事項とする意見]
 電子手形サービスにおいては,発生の段階で支払先を特定する必要はなく,また,登録した後も,支払日の5営業日前までは,これを変更することができることから,電子債権について仮に口座振込みの方法で支払う場合であっても,支払の段階で支払先口座が特定されていればよく,発生の段階で支払先口座を特定しておく必要はないのではないか。

[必要的登録事項とする意見]
 債務者側からすれば,支払期日の直前に支払先口座が指定されたり,これが変更されたりすると,支払期日までにそれに対応することができない場合が生じ,支払が遅れて遅延利息が発生することになるおそれがあり,望ましくない。

 黒猫の意見としては,支払先の変更が出来ないというのはかなり不便でしょうから,任意的登録事項とした上で,支払先口座の指定または変更について期間制限を設けるのが良いと思います。

 なお,債務者の支払口座は,電子債権管理機関と債務者との間の約定によって特定すれば足り,これを必要的登録事項とする必要はないと考えられています。

エ その他
 同一当事者間で,同一内容の電子債権の発生登録が,同一日に複数行われることもあり得ることから,電子債権を特定するため,各電子債権に記番号を付すことが検討されています。

(2)発生登録における任意的登録事項
 電子債権は,電子情報を基礎とすることから,様々な情報を電子データとして付加することができ,手形のような「支払約束の単純性」は要求されず,多様な情報を発生登録における任意的登録事項として登録することが可能です(ただし,登録する電子データが増えると,電子債権管理機関のシステム上の負担等が増すことから,いかなる情報を登録することができるかは,電子債権管理機関が限定することができるようにすべきであるという意見もあります)。
 そして,電子債権原簿に情報を登録することにより,電子債権の内容となることが認められると便宜な事項として,利息及び利率,期限の利益喪失約定,コベナンツ等が考えられており,これらの各点について問題点等が検討されています。

ア 利息及び利率
(ア) 弁済期が到来した利息債権の取り扱い
 電子債権について利息を付す場合,弁済期が到来した利息債権については,理論的に元本である電子債権とは独立した別個の債権であることから,電子債権の譲渡に伴って当然には移転しないものとすることが検討されているようです。

(イ) 変動利率
 変動利率を電子債権にも認めるかどうかについては,意見が分かれていますが,認めるべきとする意見が大勢のようです。

[認めるべきとする意見]
・利率の基準が変動するたびに債務者の同意を得て利率の変更登録を行うのは煩瑣であり,また,実際上困難である。
・支払うべき利息額の確定の問題は,弁済期が到来した利息債権に関するものであって電子債権の範囲外のものであるから,電子債権原簿で確定する必要はない。
・変動利率を内容とする電子債権として,そのような性質を有するものとして発生したのであるから,そのままの効力を有すると考える。
・手形のような単純性を要求しないのであれば,登録した事項の効力の発生が電子債権原簿外の事情によって生じると考えることは可能である。

[認めるべきでないとする意見]
・例えば利率を「TIBOR+α 」と定めてこれを登録しただけでは,電子債権原簿の登録のみによっては具体的に確定した利率を知ることができず,また,債務者や電子債権管理機関等も直ちにはこれを知り得ないという問題があるのではないか。
・電子債権は,電子債権原簿の登録によって電子債権の内容を確定することができなければならないということからすれば,利率についても,電子債権原簿の登録のみによって確定でき,かつ,利息額を計算することができるようにする必要があるのではないか。

イ 期限の利益喪失約定
 ローン債権等を原因債権として電子債権を発生させる場合には,期限の利益喪失約定を任意的登録事項とすることができることが便宜であるとの指摘があります。
 これについては,期限の利益喪失約定を登録したとしても,その喪失事由を主張するには当該事由が発生したことを登録する必要があるかという問題点がありますが,上記変動利率を認めるべきとの意見と同様の理由で,当該事由が発生したことを登録する必要はないとの意見が大勢となっています。

ウ 原因関係に関する事項(例えば,同時履行の抗弁権の存在等抗弁に関する事項)
 原因関係に関する事項を電子債権に関する付加的な情報として登録することができれば,商取引の裏付けがある電子債権であることが明確になり,譲渡に際しての電子債権に対する信頼性が増して便宜であるとの指摘がなされています。
 なお,原因関係を登録する場合,それが原因関係に基づく抗弁との関係でどのような意味を持つか等については,抗弁の切断のあり方とも関連して,別の機会に検討することとします。

エ コベナンツ
 ローン債権,特にシンジケート・ローンに基づく債権を原因債権として電子債権を発生させる場合には,コベナンツを登録して,電子債権の移転に付随して移転することができると便宜であるとの意見が出されています。
 なお,コベナンツとは,融資取り組みにあたり契約内容に記載する一定の特約条項のことであり,財務面で目標が決められ,それが達成できていなかったら金利優遇がなくなったり,一括返済しなければならないなどといったことが取り決められます。
 しかし,コベナンツの中には,債務者の遵守事項,債権者の遵守事項,債権者相互の関係を規律する規定等,金銭債権としての電子債権の内容を定める事項以外の多様な事項が含まれていることから,これらの事項のすべてが電子債権の譲渡に伴い当然に移転・承継されると考えることができるかどうかについては,理論上の観点から慎重に検討する必要があるものとされています。
 もっとも,コベナンツの中に電子債権の移転に伴い当然には承継されない(別途,これが承継される契約を締結する必要がある)ものがあるとしても,コベナンツの内容を付加的情報として電子債権原簿に登録すること自体は,それが有害的登録事項を内容とするものではない限り禁止されませんので,実務上はローン契約や債権譲渡契約の約定において,電子債権が譲渡された場合には,債務者は,譲受人
に対しても,コベナンツに記載された事項に拘束されると合意しておけば,問題は生じないものと考えられています。

(3)発生登録における有害的登録事項
 登録することにより電子債権を無効とする有害的登録事項は,必要的登録事項としてどのようものを考えるかということと表裏の関係になる部分があり,例えば,電子債権の金額の確定性を要求する場合には,金額の確定性を害するものは有害的登録事項となると考えられています。
 その他,理論的又は政策的な理由により有害的登録事項とすべきものは,特段見当たらないものとされています。