テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

日の名残り

2011-07-30 | ドラマ
(1993/ジェームズ・アイヴォリー監督/アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、クリストファー・リーヴ、ピーター・ヴォーン、ヒュー・グラント、ミシェル・ロンズデール、レナ・ヘディ、ベン・チャップリン/134分)


今朝は「日の名残り」をレンタルで観る。トリュフォーとは全く違うタイプのアイヴォリーの画作りの印象を再確認しようと借りたんだが、やはりコチラの方が安心して観れる。初見だけど、期待通り面白い。エマ・トンプソン絡みのエピソードに、も少し濃いさがあっても良いような気がするけど。
 [ 7月 24日(→twitter で)]

*

 持ち主の名前をとってダーリントンホールと呼ばれたイングランドのカントリーハウス。その大きな屋敷の執事ジェームズ・スティーヴンス(ホプキンス)がこの物語の主人公だ。映画には二つの時代が描かれ、現在は1950年代半ば、もう一つ(つまり過去)は遡ること約20数年前の第一次世界大戦が終わって数年後の頃である。

 かつての主ダーリントン卿(フォックス)の死後、屋敷を引き継ごうという親族もなく、スティーブンスも失職寸前だったが、政界を引退したアメリカの元下院議員ルイス(リーヴ)が屋敷を買い取ったために、彼も引き続き執事として残ることになった。ところが、その間に辞めていく者も少なくなく、やがてやって来るルイスの家族の世話をするには人手不足が懸念された。折しも、以前スティーヴンスの元で女中頭として働いていたミセス・ベン(トンプソン)から手紙が届き、働き口を探しているようだったので、スティーヴンスは彼女を再雇用しようと思っていた。彼女もダーリントンホールの行く末を案じていたので、買い取り手が決まったのを新聞で読んで知っていたのだ。
 そんなある日、ルイスは自分も数日留守にするので、スティーヴンスにも長年の垢を落とす意味でも旅行に出たらどうかと勧める。なんとなれば、私の車を使っても良いんだぞと。
 燃費の悪いダイムラーを借りて、一足先に屋敷を後にするスティーヴンス。景色が良いと評判のイングランド西部に行ってみるつもりだとルイスには言ったが、本当の目的はミセス・ベンに会うことだった。仕事の話もあるが、なにより彼女に20年ぶりに逢えることが楽しみだった。
 ミセス・ベン。というよりは、彼の記憶の中ではいつまでも“ミス・ケントン”と呼んでしまう女性だ。イギリス政財界のみならず、欧州各国の要人さえもやって来たダーリントンホールでの華やかな日々で、ミス・ケントンとの思い出は、別の意味でスティーヴンスの心を揺さぶる出来事であった・・・。

 映画の“現在”はスティーヴンスがミセス・ベンに会いに行くロード・ムーヴィー。しかし、主要なストーリーは過去のエピソードの中にあり、現在の旅の様子は折々に挿入される。過去のエピソードの積み重ねが現在の老執事の心情に深みを与え、終盤では人生の切なさが自然と浮かび上がる。そんな映画だ。

 ダーリントン卿は、友人であったドイツ人が第一次世界大戦の敗戦の後、過酷なベルサイユ条約の下で再起不能となり自殺したのを見るにつけ、ドイツの復興を願うようになり、その為の会議の場所としてダーリントンホールを提供していた。その重要な会合の直前にスティーヴンスの下で働いていた男女が駆け落ちをしてしまい、新しいスタッフを探していたところにミス・ケントンは応募してきたのだ。
 ダーリントン卿の対ドイツ融和政策に関するエピソードは、過去の重要なシークエンスで、その最初の会議にアメリカ代表としてやって来たのが、現在の持ち主のルイスだった。ルイスは会議の方向が親ナチ過ぎるとして一人反対の意を表明したが、はたして英国貴族の武士の情は結局はナチスドイツに利用されただけで、戦後はダーリントン卿は裏切り者として裁かれ、本人にもその不徳を自覚する事件があっただけに失意のうちに亡くなってしまう。

 重要な過去エピソードのもう一つが、スティーヴンスとミス・ケントンの関係である。
 父親も執事をしていたスティーヴンスは、(ミス・ケントンを雇うと同時に)年老いた父親のウィリアム・スティーヴンス(ヴォーン)も雇う。もう70代半ばの年老いた父親が、何故息子の部下になってまで働かなくてはならなかったか。それについては、詳しくは語られてなかったが、この父親の処遇について、ミス・ケントンとは幾度か衝突する事になる。
 年老いた父親は既にボケが始まっていて、何かと失態が目に付いてしまうミス・ケントンは、それとはなしにスティーヴンスに示唆する。それは彼女の意地悪ではなく、老人への配慮を促しているのだが、序盤はそんな二人のやりとりと、老人の行く末がハラハラさせる。
 ミス・ケントンの危惧は当たり、重要な会議の開催中に父親は倒れ、一時は回復するが、席を外せないスティーヴンスに替わって最期に老父を看取ったのは彼女であった。

 スティーヴンスが滅私奉公を美徳と考えてきたのは父親の影響か。
 完璧に仕事をこなす彼をミス・ケントンは憎からず思っているが、肝心の彼はそんな彼女の想いを知ってか知らずか、頻繁に彼の部屋に野の花を摘んでやって来ても、気が散るのであまり持って来なくて良いとまで言ってしまうのだ。
 昼下がりに一人、スティーヴンスが部屋で本を読んでいるところにミス・ケントンがやって来て、『何を読んでいるの?』と聞くシーンがある。彼女が目をかけていた若い女中が同僚の男と結婚するので辞めたいと申し出た直後のシーンで、他のシーンとは違って、ミス・ケントンがスティーヴンスに対して妙に馴れ馴れしい感じがして印象深い。
 スティーヴンスは彼女の質問には答えず、それでも女は彼ににじり寄り、本を抱きしめている男の指を一本一本広げて本の中身を知ろうとする。『ワイセツな本でも読んでいるの?』などと言いながら。
 スティーヴンスの指を広げながら、彼の胸襟をもこじ開けようとしているのか。
 彼女が目にしたその本は感傷的な恋愛小説だった。スティーヴンス曰く『私は図書室の本を手当たり次第に読むのです。国語の勉強の為に』。
 DVDの解説付きの再生では、『指を広げられているスティーヴンスの、本を持ってない方の手は彼女の後頭部にまわっているのよね。すぐに彼女の髪の毛に触れらるのに、彼はしないの』とトンプソンがコメントしていた。演じていても息苦しいシーンだったそうだ。

 ミス・ケントンは最後にはあきらめて、かつて別の屋敷で同僚だった男性のプロポーズを受けて、ダーリントンホールを辞めていく。辞めていく直前にも何度か、スティーヴンスには彼女の翻意を促すこともできたのだが、彼女の泣き顔を見てもあと一歩が踏み出せないのだった。

 美徳と信じていた私心を捨てるという執事の心得が、男女間の感情さえも押し殺す。裏を返せば自分の意見を持たない人間になる可能性がある。
 現在の旅の途中で、ガス欠により予定外のパブ付きの宿で一泊することになった時、村の男たちと酒を酌み交わすシーンがある。チャーチルや外国の要人たちと会った事があるというスティーヴンスに、パブの主人までもが何かと質問をしてくるが、シッカリとした政治信条を語る男たちを目の前にして、少なからず居心地の悪さを覚えるスティーヴンスであった。
 ダーリントンホールで働いているというと、『あのナチスの親派だったダーリントンの・・・』と言われるので、つい『私のご主人はアメリカ人で、前の持ち主については存じません』と嘘をついてしまうのだった。

 (これ以上はネタバレ過ぎるので割愛です)

 カズオ・イシグロのブッカー賞受賞の原作小説は、もう少し政治色の強い趣だそうだが、映画は老執事の人生を軸に据え、忘れ去るには名残惜しい日々の思い出が描かれている。
 ラストで主人公は、今ならもっと優しい言葉をかけられる人と再会するが、またしても運命の女神は微笑んでくれなかった。改めて失った時間の貴さに涙するのである。

 1993年のアカデミー賞で、作品賞、主演男優賞(ホプキンス)、主演女優賞(トンプソン)、監督賞、脚色賞(ルース・プラワー・ジャブヴァーラ)、作曲賞(リチャード・ロビンズ)、美術(装置)賞(Luciana Arrighi)、衣装デザイン賞(Jenny Beaven)などにノミネートされたが無冠。
 英国アカデミー賞でもほぼ同じ部門にノミネート。トニー・ピアース=ロバーツのキャメラも(撮影賞に)ノミネートされた。




※ 追加記事は、関連ツイートのあれこれ

・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠

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6 コメント

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おはようございます。 (vivajiji)
2011-07-31 06:52:17
昨日、拙記事送らせていただきました。
こういう作品も「午前10時の映画祭」に
かけて欲しいと強く強く思いますね~

ところで
いつも素敵な音楽動画ありがとうございます。
今回はまた特に素敵で楽しいこと!^^
いろいろあって別れたけれど
一芸に秀でた方々はこうした素晴らしい
時間を我々に残してくれる・・・
芸はいろんな意味で
身をたすけるって、ほんとですね~


それにしても
長髪J・テイラーを知っている身とすれば
潔いくらい思いっきりの“肉アタマ”。
げに、隔世の感あり~(^ ^)
ジェームズ・テイラー (十瑠)
2011-07-31 08:33:27
ジェームズ・スティーヴンスとか、ジェームズ・アイヴォリーとか、あちらにはジェームズさんて太郎さんみたいな名前なんですかね^^
“肉アタマ”さんは、以前「きみの友だち」の時にビックリしたので、今回は免疫有り。若い若い長髪の時より唄は上手くなっておりましたね。
せっかくコメントいただきましたので、もう少し音楽動画の切り替えは延ばしましょ。

>「午前10時の映画祭」にかけて欲しい

美しいキャメラや含みのある演技やら、もっと書くことがあったのに、ストーリーを追うだけでいっぱいいっぱいでした。
こうやって一度観た作品なら、映画館の一回切りの大スクリーン鑑賞もいいですねぇ。
こんにちは! (宵乃)
2012-12-13 09:54:27
十瑠さんの記事を読んだら、すっきり頭の中が整理できました。スティーブンスが現在も過去もあまり変わらないから、たまについていけないところがあったんですよ。
小説のくだりでケントンが積極的だったのは、若い男女の情熱に影響されたからか、と今さらながら納得です。

>もう70代半ばの年老いた父親が、何故息子の部下になってまで働かなくてはならなかったか。

このくだりを読んだら、主人公の老後を想像してしまいました。子供もいないし、頼れる人はルイスだけ…。ケントンとの再会で、もうすこし自分を持つようになってルイスともよい関係を築いていってほしいですよね。
いらっしゃいませ♪ (十瑠)
2012-12-13 10:15:51
ルイスは良い人間のようですし、スティーブンスも知恵は豊富なようですから、上手くいくんでしょうネ。

思い出しても切ないイイ映画でした。
又、観たくなったなぁ。
二年半遅れのコメント (オカピー)
2014-01-31 20:16:59
多分読んでいるとは思いますが、それが母親が亡くなった少し後ということもあり、今頃になってしまいました。すみません。

再鑑賞するごとに良くなっていきます。
ジェームズ・アイヴォリーのタッチにはやはり英国的な貴族的格調の高さがあり、それも見どころですね。

この二人は大人ですから、当てはまらないでしょうが、特に初恋など成就しない方が良い。
相手の嫌なところを見ずにすみますからね。
村下孝蔵の「初恋」を聴くとと、正に自分のことだと思って今でも泣けてきますが、結ばれなくて本当に幸せだと思います^^
お忙しいのにすいません (十瑠)
2014-02-01 08:53:14
毎日新しい映画を観て、記事をアップされて、という状況で、突然TBやらコメントやら、続けざまに致しまして、こちらこそ申し訳ない。
これからは、も少しのんびりとお邪魔しますのでご容赦を

>村下孝蔵の「初恋」

友人がよくカラオケで唄ってました。僕も大好きですが、唄うのは一人でギターを弾きながらが多かったかなぁ。
青春ソングとして、人前で唄うのはちと恥ずかしい気にもなるのです。

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