帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

帯とけの「古今和歌集」 巻第四 秋歌上 (215) 奥山に紅葉ふみわけ鳴鹿の

2017-05-01 19:05:22 | 古典

            

 

                        帯とけの古今和歌集

                       ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

国文学が全く無視した「平安時代の紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観」に従って、古典和歌を紐解き直せば、仮名序の冒頭に「やまと歌は、人の心を種として、よろずの言の葉とぞ成れりける」とあるように、四季の風物の描写を「清げな姿」にして、人の心根を言葉として表出したものであった。その「深き旨」は、俊成が「歌言葉の浮言綺語に似た戯れのうちに顕れる」と言う通りである。

 

古今和歌集  巻第四 秋歌上 215

 

(是貞親王家歌合の歌)      よみ人しらず

奥山に紅葉ふみわけ鳴鹿の こゑきく時ぞ秋はかなしき
                                
(詠み人知らず、女の詠んだ歌として聞く)

(奥山で、紅葉踏み分け、鳴く鹿の、声聞く時ぞ、秋は哀しいことよ……奥深い山ばで、飽き色の端、ふ身わけ、泣く肢下の小枝、きき知る時ぞ、厭きは哀しく・愛しいものよ)。

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「奥山…深山…感極まる山ば」「もみぢ…紅葉…秋色…飽き色…紅色…も見じ」「見…覯…媾…まぐあい」「じ…打消しの意志を表す」「ふみわけ…踏み分け…(飽き色に)分け入る」「鳴く…泣く…なみだを流す」「しか…鹿…肢下…おんな・おとこ」「こゑ…声…小枝…おとこ」「きく…聞く…(きき酒など)食感で知る…触感で知る」「ぞ…強く指示する」「秋…飽き…厭き」「かなしき…悲しきことよ…哀しきことよ…愛しきことよ…体言の省略された体言止め、余情がある」。

 

奥山で、もみじ葉踏み分け歩む鹿の、鳴く声が聞こえる、晩秋のもの哀しい風情。――歌の清げな姿。

感極まる山ばで、飽き色、ふ身わけ、汝身唾を流すおとこ、小枝の感触しる時ぞ、ものの厭きは哀しく愛しいことよ。――心におかしきところ。

 

奥深い山ばで、おとこの、浅はかで薄情な性(さが)に遭遇したおんなの思いを言い出した歌のようである。

 

菅根、躬恒、忠岑の男の歌が三首並んだので、よみ人しらずの女歌が三首並べ置かれてある、その第一首目である。

匿名で、歌合に提出された女官や女房たちの歌の一首と思われる。歌は、仮名序冒頭に言うように、人の業(ごう)による心の思いを、言葉として言い出すものであるから、詠み出された内容は女の本音である。個人の秘密を守るため、女の歌は、よみ人を明らかにしないことを前提にして詠まれてあるのだろう。

 

この歌、「百人一首」では、作者「猿丸大夫」となっているが、個人名ではなく、猿女大夫で、神事に奉仕する五位の女官のこと。「丸…麿…男」と思いがちであるが「丸」は、ただの愛称で、犬や猿の名にも付ける。「大夫」は五位の総称。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)

ジャンル:
文化
この記事についてブログを書く
« 帯とけの「古今和歌集」 巻第... | トップ | 帯とけの「古今和歌集」 巻第... »

古典」カテゴリの最新記事