風に吹かれて行こう

お米の便りを、写真でもっとわかりやすく!

2022.8月 291便

2022-08-11 | お米の便り

 8月5日。先月末に出始めた稲の穂は、一部を除いてほぼ出揃いました。「分けつ」(一本の苗の茎数が増えていくこと)が最高になって、向こうまで条間が見通せなくなっていた田んぼ。スーッと出た無数の穂が上方に林立していることで、目線が自然と引寄せられ、再び見通せるような錯覚に陥っている今日この頃です。

 

 稲は、出穂と同時にその花を咲かせ、いのちのみなもととなる種へ、ゆっくりと変化していきます。穂を形どるたくさんの籾の中には、イネの花。それが落ちて空洞となったところに、いつの間にか乳白色の汁ができ、それがお米になります。今日現在、まだ花は落ちていませんが、その汁を求めてか、スズメたちが田んぼにやってきました。人より先に、間もなく「新米」の季節です。はるか遠い昔、稲作の始まりとともに、スズメたちの間に、それを食する行動が生まれたのでしょうか。その真偽はともかくとして、稲とスズメという種のつきあいは、決して短いものではなさそうです。植物の中には、動物や鳥を介して種の繁殖や保存を図るというものもありますが、稲にそのような意図があるのかどうかは知りません。いや、そこに無理にも関連付けて考えるまでもなく、稲は自身を連綿と続けてきたのでした。

 

 一粒の種が地に落ちることで、つぎのいのちにつながる。それは、少しも目立たず、ごく普通の当たり前のこと。そこには何の作為も大仰さも無いかのようです。地に堕ちてなお、しらばくれたり弁解したり、見苦しい真似をするセンセイたちとはえらい違いですね。あらあら、清き話の最中に、センセイ口撃をしてしまいました。それが癪に障るから、敵キチ反撃論なんて言い出すのかな? でも最初から地に堕ちていますよね。それでも、「良い」とか「勝手にやってくれ」って意思表示する人の方がたくさんでしたから、自分の方がどうかしているのかもしれません。

 ちなみに、秋田弁で、見苦しいことを「めぐせ(ぇ)」と言うんです。身なりのことを言う場合もありますが、ふるまいについてもです。テレビでいっぱい出てますね。言ってたことに責任を取らず、頬かむりする人たち。そんなのを真に受けて聞いていたら、死んでしまいます。そういうアンタはどうなんや。なんや、いきなり歩き出して。「五十歩百歩」とでも自省してるんか?

 さて、ご挨拶がずいぶん遅れてしまいました。今年もきびしい暑さの夏となりました。みなサマー、おかわりございませんかー?つまらないダジャレに気付いていただけましたかー? 脳トレのために、ぜひこれ以上のダジャレを考えてみてくださいねー。

 

 

 便りの後半は、昨年8月にブログに書いた、お盆のことを書きました。昨年のことや、はるか遠い昔話が、ブログや便り、日常会話の中を行ったり来たりして、頭の中では時系列がぐちゃぐちゃです。

 秋田県北部や青森の一部地域では、猛烈な雨が続いて、大きな被害が出ているところがあります。当地でも、一昨日あたりから、激しい雨の時間が時折あります。今のところ、それが長続きしないことが幸いして、難を逃れているような気がしています。

 


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