風に吹かれて行こう

お米の便りを、写真でもっとわかりやすく!

291便 後半

2022-08-12 | お米の便り

 8月と言えば、お盆です。当園のネット上日記とでも言うべきブログ、「風に吹かれて行こう」には、昨年のお盆にこんなことを書いています。

 お盆には、いろいろ思うことがあります。若い頃は何となく行っていたお墓参りにも、どこか意味を感じるようになり、年齢を重ねるにつれて、それは強くというか、幾重にも重なるような思いとなってきました。この先、生きていれば、今思ってもいなかったことが、こころに浮かんでくるのかもしれません。それがどんなことかはわからないのですけど。

  昨日の午後、お墓の掃除をしました。ずいぶん長かったねと言われて、確かにそうだなと思いました。丁寧だったわけではありません。何かにつけ、てきぱきやれない性分なのです。んだナー、話ッコしながら、やってらった(やっていた)と応えたら、 誰かいたのと聞かれました。

「ご先祖サマ。いっぱいいるがら、時間かがったー(笑)。くどぎ(グチ)、しゃべってらった」

「そっかー。アナタの愚痴を聞いてくれる人はいないもんね。ご先祖様も、長いナーって思いながら、交代で聞いてくれてたかもよ(笑)」 記憶の断片にさえ残らないようなこんな会話でも、誰かがいるからできること。「日常」は、たわいもない、それでいてちょっとの発見を話せる場です。

 

お墓参りはすっかり日が落ちてから行きたいのですが、周囲で迎え火が焚かれるようになると、さすがにご先祖サマたちが、ボヤいたり案じたりするかなーと思い(笑)、夕方に行ってきました。

  お墓のすぐ近くには、近所の農家のビニールハウス。火の粉で穴をあけてしまってはいけないので、薪は最小限です。焚火と、ロウソクの火も見守りながら、しばしの間、思いにふけります。

 

 ご先祖様に申し訳ないなという、ある思いがあります。それがどうにもできないことなので、できる限り元気で、田んぼをやっていかねばなりません。明日のことはわからない年齢となりました。お盆はとりあえず、次のお盆までの約束を、ご先祖サマにこころの中で告げる時期でもあります。だから、あまり明るいうちでなく(苦笑)、すっかり暗くなってから話したい気がするのです。こそっと。

 それにしても、お盆と稲の穂が傾き始める時期。この取り合わせは、遥か遥か昔からそうだったのでしょうか。そう考えると、当たり前だと思っていた風景もどこか少し違って見えてきます。国内の麦を多く栽培している地域。大規模な小麦栽培を続けてきた諸外国。そうしたところでの、穂が出る時期は、どんなものなんでしょう。こころは瞬時に、まだ見ぬ地をぼんやりと思い浮かべます。

 

 9月下旬の稲刈り。その時期を迎えるまでには、いくつかの関門が待ち構えています。それがひとつも無ければ、これに勝る幸いはありません。その時まで、約一か月半となりました。

 


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