ひっそり主婦のこっそり学び

今日は気分が良い。
だが、これからは老化も忍びよってくる。
戦わずして勝つには・・・

近江の旅 前編

2018年11月14日 | 旅行
さて晴れ女の私!

また晴れた(^_-)-☆

とはいえ、
毎日遊んで歩いてれば、雨にあうのだから、それだけ、私はお出かけが少ないという事だろう。
簡単に旅の話を2~3回に分けて・・・
(青文字は全てネットからの借用です)



旅の始まりは石山寺参道前のランチ。
シジミ釜飯カレー。
美味しかったけれど量が沢山で夕方まで体中がカレー味のようだった(笑)

石山寺の門前に立った時、
なぜか懐かしい気分になった。
50年前から行きたいと思っていただけではないような不思議な感覚だった。
まさか亡き父が寄り添っていてくれたわけでもないでしょうが。



石山寺
大津市石山町にある真言宗御室派の別格本山。山号は石光山。
開創は天平勝宝元年(749)と伝え、開基は聖武天皇、開山は良弁(ろうべん)。
西国三十三所の第13番札所。永長元年(1096)再建の本堂、建久5年(1194)
建立の多宝塔は国宝。石山寺縁起など多数の文化財を所蔵。
本堂に紫式部が源氏物語を書いたという「源氏の間」がある。

紫式部の愛した風景は当時と今とは違うものではあったろうけれど、
広い園内を歩き回ってきた。



源氏物語が書かれた年代は平安時代中期と言われるが、
紫式部展を見てこなかったのは少し悔やまれる。
でも、
ここへはまた一人で行ってみようとの思いもあるので、
これからまた石山詣になるかもしれないな。

そして近江神宮へ。



七五三のお子さんたちの可愛らしい事。

第38代天智天皇をまつる近江神宮は、
天智天皇の古都、近江大津宮(大津京)跡に鎮座する神社である。

ご鎮座は昭和15年11月7日であり、神社としての歴史は新しいが、
滋賀県・近江国の発展は大津宮に都をおかれたことに始まるとして、
明治30年ころから滋賀県民の間に天智天皇を祀る神宮の創建運動が高まり、
昭和に入って昭和天皇の御勅許を賜わり、滋賀県民を始め全国崇敬者の真心の奉賛により創建された。

 境内地は約6万坪。社殿は近江造りあるいは昭和造りと呼ばれ、
山麓の斜面に本殿・内外拝殿を回廊が取り囲み、近代神社建築の代表的なものとして、
平成10年より国の登録文化財として登録されている。



まだ80年ほどだから新しく明るい感じなのだが、
これからまた100年200年と維持していくには大変なことであろう。
でも、歴史を刻んでいく神社であり続けてほしい。

次に近くの皇子山古墳へ行った。
古墳は4世紀に建造されたものなので、
小山という感じだけであったが古いもの好きなので、
階段を上っていくだけでわくわくした。

4世紀後半に築かれた市内最古の古墳で、
 全長60m、堀の一部が残り葺石(ふきいし)が敷かれている。
形としては、奈良盆地に成立した大和朝廷の大王の墓によく見られるような前方後円墳ではなく、
前方後方墳の形をしていて、当時の地方首長の墓ではないかと考えられている。


湖の見える一等地に古墳。
誰なのか発掘調査をすればわかるのかもしれないが、
静かにしておいてあげたい気もする。

そして次は三井寺へ。

三井寺は古代最大の内乱・壬申の乱で敗れ自害した、
大友皇子(弘文天皇)の子・大友与太王(おおとものよたのおおきみ)によって創建された。

滋賀県大津市、琵琶湖南西の長等山中腹に広大な敷地を有する三井寺は、
正式名称を「長等山園城寺(おんじょうじ)」といい、天台寺門宗の総本山である。
平安時代、第五代天台座主・智証大師円珍和尚の卓越した個性により、天台別院として中興された。
以来今日まで続く千二百年以上の歴史の中で、
源平の争乱、南北朝の争乱等による焼き討ちなど幾多の法難に遭遇したが、
智証大師への信仰に支えられた人々によって支えられつつ、
苦難を乗り越えてきた様から、「不死鳥の寺」としても知られている。



大晦日、大勢の善男善女で賑わった除夜の鐘。
一般には近江八景の「三井の晩鐘」として知られるこの梵鐘は、
「天下の三銘鐘」の一つにも数えられている。
姿の立派な宇治平等院の鐘、由緒の正しい高雄神護寺と、音色の美しさで選ばれた三井寺。
つまり、三井の晩鐘は、日本一の響きであると認められている。

落ち着いたいいお寺だった。
紅葉も綺麗で寺社の配置が美しいなと思った。
そのせいなのか時代劇の撮影にも使われてるそうだ。
最近では「るろうに剣心」とか。

こんな古都、大津京を満喫して夕食の予定が、
お昼が多すぎて、おなかが空かず、
お寿司屋さんのお寿司定食でサラリとすませた。

そしてホテルまでの湖畔を歩いた。



宿泊は客室が全て湖に面しているという大津琵琶湖プリンスホテル。
見る方角によっては薄っぺらに見えて怖い感じさえする。




歩道も美しく整備されていて琵琶湖の暮れなずむ夕景が美しかった。



部屋からの夜景も見事で、
突然花火も祝福してくれ言うことなし。
 ZZZ

後編に続く






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20 コメント

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不思議な感覚 (越後美人)
2018-11-14 09:46:04
なんだか分かる気がします。
私は若い頃から寺社が好きでよく出かけていたのですが、
たまに「なんだか懐かしい」とか「ビビッと」感じたりしました。
自分の魂に訴えるものがあるのでしょうね。
しっとりと晩秋の近江路の旅ですね。
歴史的なことも感じながら、想うこともいろいろと湧いてきますね。
後編を楽しみにしています~(^_-)-☆
お天気〜☀️ (light77g )
2018-11-14 13:54:48
こんにちは。

旅行は天気に恵まれるのと ないのでは
雲泥の差ですものねぇ 良かったですね(*^^*)
私もたいがい晴れます…やはり出かける回数少ないです。

旅行記、いつかの日のために参考になります。
暮れなずむ夕景や花火など、色々と素晴らしかったですね ♬
体中がカレー味 (都月満夫)
2018-11-14 15:36:19
それは困りますが、旅は晴れに越したことはありません。
良い旅の幕開けですね^^
したっけ。
羨ましい晴れ女さん (ひろ)
2018-11-14 17:24:22
さすが晴れ女さん、良い旅の始まりですね。
歴史がお好きなゆりさんにとっては興味がつきない
コースです。
続編 楽しみです!

石山寺辺り私もスケッチブック持って行きたくなりました。
 (しまそだち)
2018-11-14 17:53:47
すてきな旅ですね
紅葉も進んでいたのでしょうね

石山寺への計画 あったんですけど あらッ
何故実現しなかったんだろう ? なんて思い出してます

琵琶湖周辺は行くことはあっても、 石山寺も 三井寺も
行ったことないんです
一度は、行かねばなりませぬ
秋が よろしいわね

ごゆっくり(^^♪ (taku)
2018-11-14 18:52:07
石山寺のお庭綺麗ですね~
今宵はホテルでごゆっくりですね~
もしや琵琶湖〇〇〇〇ホテル?
居間19時ですが盛り上がりの真っ最中かな?

ゆりさんへ (ミッキー)
2018-11-14 19:45:18
石山寺 三井寺 比叡山 琵琶湖を前に
ステキなところを選ばれましたね。
そういえば紀州の三井寺は行っていましたがこちらの三井寺は行っていなかったような。
昨日私は琵琶湖の東側
つまりゆりさんが行かれた向かいの方に出かけていました。
お天気も良く暖かな1日でした。
Unknown (yottin)
2018-11-14 22:05:38
ゆりさん旅行は時々なさっているのでしょうか?
イメージ的にひっそり主婦みたいなので?
でも、こういう旅はゆりさんにぴったりなんでしょうね、すごくお似合いだと思います
きっと楽しくって仕方ないのでしょうね、静けさを楽しんできてください

京都は毎年行っていますが観光チックで、これからは三井寺とか奈良斑鳩とかに行ってみたい気がしています
大津プリンスは3回ほど行きましたけど、女房殿と行ったときフロントで突然
「お客様まことに申し訳ございません、ご予約いただいたお部屋が満室になっておりまして
セミスィートのお部屋を代わりにご用意させていただきました、こちらでお許しいただけますでしょうか」
予約したのはスタンダード、勿論OKに決まってます、屋上に近い角部屋、一体これだけのソファー二人でどうやって使うの?
独立した広いバスルーム、ときどき神様は私にささやかな幸運を与えてくださいます。
ゆりさんへ (のびた)
2018-11-15 01:32:28
旅は始まる前からわくわくと過ごし 既にプロローグとなっていますね
歩かれた地は 私も一人旅や添乗員として何度か訪れており 懐かしく情景を重ねて読みました
プリンスホテルも添乗で宿泊しており 想い出が更に蘇ります
石山寺は好きで ここが一番多く行きました
紫式部の像がある本堂で感慨にふけったこともあります
たまたま 今日 うたごえが有って 偶然 その中で紫式部の話も皆さんにしたところです
1000年も前に 日本の女性が一大長編小説を書いて それが現在にも残ること 世界に誇れるものですと話したのです
源氏物語の宇治十帖を平等院前の川に舟を浮かべて
夜 琵琶の語りも聴いたことがあります
広い斜面の境内 遠くに見る風景 瀬田川に添って歩く参道 どれも風景と歴史が重なって素敵な地ですね
大津京があったこと 歴史が好きでなければ 古都は京都や奈良だけかと思われます
短い間の遷都でした
ここで天智天皇の弟と息子の凄絶な皇位争いがあったなんて想わないでしょう
三井の晩鐘 かつてはNHKの除夜の鐘で中継もされていました
古墳については 常々思いますが 全て宮内庁の管理下に置かれ発掘が許されません
史実を明確にすれば 天皇の歴史も変わってしまうのを怖れているのかと 余計な推理も働いてしまいます
琵琶湖周航歌の滋賀の都よいざさらば~のメロディも聴こえたことでしょう
コメントが長くなってすみません 一緒に楽しみました
越後美人さま (ゆり)
2018-11-15 07:53:13
おはようございます

ありがとうございます。
なんか本当に不思議な感覚でしたよ。
初めて訪れるのではないような…園内でもそう思いました
石山寺では平安時代の紫式部を想い、
もっとさかのぼって、
天智・天武天皇・額田王・天武天皇の皇子たちの万葉の歌が思い出され、
自分で計画するというのも良いものだと思いましたよ。
ツアーと半々にしていこうかなんて想いました。
数少ない旅ですけど

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