ひっそり主婦のこっそり学び

今日は気分が良い。
だが、これからは老化も忍びよってくる。
戦わずして勝つには・・・

西郷どん後半へ

2018年07月01日 | 趣味色々
NHK大河ドラマ「西郷どん」の放送が後半に入った。


鈴木亮平さんは、本物の西郷さんではないかと思うほどはまり役だ。

毎週楽しみに見ている。
だが、私は歴史好きだが深く学んだわけではない。
むしろ無知だと思っている。
だから、
大河ドラマで、
西郷さんが月照さんと共に入水自殺をした時の放映では、
西郷さんの命を救った人は、
当然薩摩藩の人々だと思っていた。

だが西郷さんを助けたのは、
西郷さんに付き添っていた福岡藩士の平野國臣(ひらのくにおみ)等であったと、
ブロ友さんの記事で知ることになった。

あれこれ読むうちに、
福岡藩(支藩も)というのは、
維新の上でも大変重要な役目を果たした藩だと認識をあらたにした。

ドラマ後半では坂本龍馬も登場するが、
「薩長同盟」の口火を切ったのは福岡藩士だったことにも驚いた。

薩摩藩と長州藩の対立が深まる中で、
福岡藩士の月形洗蔵は、龍馬より先に薩長和解策を同士と話し合い、
西郷さんと1864年11月小倉にて和解策を講じているのだ。

長州の高杉晋作を保護したのも月形洗蔵であり、
前述のように西郷さんの命を助けたのも福岡藩士だったわけである。

歴史の表舞台に上がらなかった福岡藩士の活躍だが、
明治維新後の政府の要職にも福岡藩士は少数で、
薩長土肥の出身者がその多くを占めている。

なぜなのだろう。

福岡藩では月形洗蔵などの尊攘派を乙丑の獄(いっちゅうのごく)で、
ことごとく処刑したため、
維新戦士が少なくなってしまったせいなのか・・・
これは、あくまでも私の想像だ。

だが尊攘派を処罰した福岡藩のお殿様(島津家の出身で斉彬の大叔父にあたる)を責めてもいけない。
後に、このお殿様は月形洗蔵らを処刑したことを後悔することになったであろうが・・・

四民平等となった「御一新」は称えられるけれど、
血を血で洗うような騒動が沢山あった。
この時期は、
短期間で近代国家に変わっていく時期であったので、
藩士の持論も時勢もくるくる変わり、
混乱の極みに達していたからだ。

今後、このドラマを楽しんでみていくが、
今現在語られている歴史だけではない歴史的事実があったのだと、
頭の片隅に置いていこうと思う。

今日のドラマで心に残った言葉。

住む家の立派さや身分で人の値打ちが決まるのではない。
心の在り方によって決まるのだ。










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