はさみの世界・出張版

三国志中心(蜀漢多め)創作小説のHP「はさみのなかまのホームページ」の出張版です。
旧作多数掲載中!(^^)!

風の旗標 36

2018年06月11日 21時05分40秒 | 風の旗標
船団に迎え入れられた孔明は、船団長となっていたのが、ほかならぬ伊籍であることにおどろいた。
と、同時に、随行していたのが、かつて孔明の叔父の部下であった、黄漢升であったことにもおどろいた。

伊籍は、なんとしても劉予州をお助けするのだ、と息巻いており、孔明の話を聞くと、すぐさま全団に号令をかけ、劉備との合流地点へと船を動かした。
途中、船は、甘夫人と魯粛らの一行を見つけ、これともまた合流したのであるが、伊籍らの魯粛への警戒心は、孔明が想像していたより高かった。
魯粛たちは、なんやかやと理由をつけられて、別の船に、それぞれ分けて乗せられた。
魯粛に至っては、あつかいは丁寧ではあるものの、なかば軟禁されるようにして、船の内部の一室に案内され、外に出ることはゆるされなかった。

いささか態度が固すぎると思った孔明であるが、偉度の説明によれば、
「こちらの顔ぶれを御覧なさい。劉州牧と孫家が戦ったことを記憶している者が多いからでございますよ。
いくら曹操と対するという意味では共闘すべき相手とはいえ、昨日までは牽制すべき敵だったのですから、急に仲良くはできないのは、道理ではありませんか」
とのことであった。

伊籍は甘夫人の容態を気遣い、甘夫人に随行していた陳到に、さらに将をひとりつけると、小船でもって、江夏の劉琦のもとへ先に向かわせるように手配した。
伊籍ら、劉琦の側近たちは、孔明が、気が引けるように感じるほど、劉備をすぐに助けられなかったことを、すまなく思っていた。
みな、劉備に心服しているというだけではなく、劉琦そのひとが、劉備に対して申し訳ないと感じているからであるようだ。
曹操の南下が早まったのは、自分が長子であるのに後継者とされず、樊城が混乱した隙をつけいれられたのだということで、劉琦が責任を感じていると、伊籍は涙ながらに語った。

「劉公子は何度も床から抜け出しては、自分が船の指揮をとるのだとおっしゃっておりましたが、あのご容態ではとても無理なこと。
世間では、劉公子は曹操に怖じて、父の墓を見舞うこともなく、弟と義母らを見捨てて逃げたと囃しているようでございますが、われらはそれが口惜しうてなりませぬ。
劉公子は、われらの前では気を遣って黙っておられますが、内心では、世間の評判に心を痛めておられる様子。
われらとしては、むしろ長子たる公子を追放した、弟君と蔡将軍にこそ非があると訴えておりますのに、世間はすこしも耳を貸してはくれませぬ」
そう言って、劉琦の父親代わりを自認している、四角い顔の人のよい男は、悔しそうに声をふるわせつつ、袖で涙をぬぐった。
本来ならば、劉琦こそが荊州を継ぐはずだったのに、という思いは、かれらがいちばん強いのである。
「ご同情いたしますぞ。おそらくは、はやばやと城を明け渡したことを責められぬよう、蔡将軍が壷中の残党に命じて、こちらに批難が向かうようにしむけたものでしょう。
それに関しては、こちらも同じように、だれに非があるのか明らかにする話を流すことにいたしましょう。
しかし、それよりも、もっと効果があるのは、曹操に対し、劉公子や、貴殿らが結束し、毅然とした態度をつらぬくことでございます」
「江東でございますな。まこと、軍師はお一人で江東へ向かわれるのか」
「逆に一軍とともに向かえば、江東の者の反発を買いましょう。ここは、すべてを利用してやるつもりです。
おそらく先方は、こちらがひたすら下手に出て、同盟を頼んでくるだろうと想像しているはず。
こちらがみじめに見えればみえるほど、先方はこちらを侮って、かえって胸襟をあきらかにすることでしょう。
こちらにおります偉度の話や、魯子敬からの話からするに、江東もまた、意見が割れて、まとまりがなくなっているとか。
それが曹操の策による混乱ならば、逆に、われらはそれを利用するのです」
「と、申しますと?」

伊籍が怪訝そうにたずねてくるのを、孔明はうなずいて答えた。
「江東が開戦を決意しないかぎり、われらの命運は風前のともし火。
ならば、われらは江東のなかでも、開戦を主張する一派と組まねばなりませぬ。
そして、江東の混乱を収束させ、開戦派に恩を売るのです。
さらに、なんとしても江東には勝利をおさめていただく。
そうすれば、われらの発言力は、江東の中では高まり、侮る者もすくなくなる。
どころか、手薄になった荊州を、われらが奪還する機会も出てきましょう」
孔明のことばにうなずきつつも、伊籍は頬を掻きながら、言った。
「しかし簡単におっしゃるが、江東には兄君がおられるだけで、軍師はほかのご家来衆と、ほとんど面識がないと聞いております。
ひとくちに恩を売るといいましても、具体的な道筋はありますのか。
それに、開戦派に味方するのは結構ですが、となると、孤立無援の陣営のなかで、降伏派の恨みを買うのではありませぬか」

「じいが怪我をしておらなかったら、亮さまとともに江東に向かうのであるが」
と、黄漢升が、古びた甲冑をまとった姿で、腕を組み、悲しそうに言った。
甲冑はたしかに古いのであるが、ところどろにある凹みや傷が、黄漢升が幾多の戦場を駆け抜けたつわものであると、逆に誇らしく伝えていた。
「ありがとう、けれど、じいやには、まず怪我を治してほしい」
孔明が言うと、とたん、天邪鬼な老人は、顔をゆがませた。
「なんの、これしきの怪我など、江東に向かうあいだに治ってしまいますわい。うむ、やはりわしが亮さまに随行させていただこう」
「お待ちを。主騎の趙子龍はどうなさる」
伊籍のことばに、孔明はすこし間を置いて、それから答えた。
「おそらくは、長坂にて戦った疲労がたまっていることでしょう。
それにやはり怪我をしておりますので、連れて行くのはむずかしいかと」

長坂での戦闘が、そのあとどうなったか、孔明はまだ知らない。
だから、答えるのに躊躇したのである。
生きているはずだと思う一方で、もしそうではなかったらという不安が、じわりと胸をいじめる。

「ふむ、となると、当然のことながら、目立ちすぎる関将軍も張将軍もだめ、ということになりますな。
講談の題材になるほどの人気者は、こういうときにだめだ。
容姿をみなが知っておる」
冗談をまじえつつぼやく伊籍の横で、意気込みをずっと無視されている格好となった黄忠が、怒りを発した。
「先ほどから、なにゆえわしを無視するのだ。わしが行くと申しておろう!
老人とて侮るな! 曹操も孫権も怖くなんぞないわい!」
「だから、軍師のお話をちゃんと聞きなされ。矛を交えてチャンリンと戦うような、そういう戦いに向かうのとは、わけがちがう。
ご老体を莫迦にするつもりは毛頭ないが、軍師に随行するのは、判断力にすぐれ、寡黙で、いざというときにためらわず行動ができる者がふさわしい」
「それはまるで、わしのことだ」
「先ほどの条件に追加いたします。神経をつかいますので、若い者のほうがよい」
「なにを! 神経をつかうのなら、なおさら老人には向いておる。
なにせいろいろ経験しているから、神経のつかいどころを心得ているからな!」
「でもって、記憶力にすぐれている者がよろしい。
漢升どのは、昨夜の献立をすぐに思い出すことができますかな」
「米」
「それから?」
「………………」
「というわけで、われらのなかから随行を選んでくださってもかまわぬが」
と、伊籍は言うのであるが、劉琦側の家臣たちは、みな、それは困るという表情を顔に浮かべていた。
もちろん、偉度が先に言ったとおり、江東は敵だという意識がかれらに染み付いていることもあるのだろうが、かれらはそれぞれが、住み慣れた樊城から一族を率いて江夏に身を寄せた者たちばかりである。
家長たる自分がいなくなったあと、一族はどうなるのかという不安も、かれらのなかにはあるのだ。

「わたくしがお供をさせていただきましょう。軍師、わたくしをお選びください」
見れば、それまで沈黙を守っていた偉度であった。
大人たちの輪からはずれて、じっと様子を眺めていたのである。
「けれど、おまえも怪我をしているではないか」
孔明がいうと、偉度は、鼻を鳴らしていった。
「だからなんだというのです。この状況下、かえって怪我をしていない者のほうが信用できませぬぞ。
わたしは直接、江東に言ったことはないが、内情については、兄弟たちから聞いておりますので、おそらくここにいるだれよりも詳しく知っております。
それに、先方は、わたしが何者であるかを知らない。
趙将軍や漢升どのが随行したら、これは武官が随行していると見られて警戒されるでしょうが、わたしが随行しても、おそらく警戒されることはないでしょう。
それに、わたしはお二人よりも口うるさくありませんので、あなたが思うように、自由に動けますよ」
「口うるさいとは、なんたる侮辱ぞ!」
と、腹を立てて怒鳴る黄忠に、偉度は冴えたまなざしを向けた。
「それよりも、武官を必要とすることがほかにあるのでは」
「む。江東とともに曹操と戦うことか」
「いや、そうではない。偉度、おまえはじつによいところを指摘してくれた」

孔明は、あらためて偉度の時流を見る眼のするどさと、的確な判断力に感心した。
「どういうことですかな」
ふしぎそうに目線をあつめてくる者たちに、孔明は言った。
「その場しのぎではいけない、ということです。江東が曹操に勝利したあとのことを考えねばなりませぬ。
われらの目的は、荊州を奪還することだ。
しかし、曹操に勝利したあと、勢いに乗った江東が、われらを併呑し、荊州を狙う可能性は十分にある。
それにあわてて対処するようでは、いけないのです。
荊州の南部に、いま、糜子仲らが難民とともに向かっております。
これを布石に、江東が曹操にかかりきりになっているあいだ、荊南の豪族や太守らに、こちらの勢力に入るように働きかけておくのです」
孔明のことばに、伊籍をはじめとする家臣らの、感嘆の声があがった。
「なるほど、さすれば、平和裏のうちに荊州の一部を取り戻せる」
「おなじ荊州の者からすれば、確執の多い江東に与するより、われらに与するほうがいいと思うはず。
とはいえ、戦によってそれが途切れるようではいけません。
いまからでも、すぐに工作をはじめておかねば」
「樊城を中心とする北部よりも手薄ではあろうが、曹操の支配下にある荊州を行き来するわけだから、なるほど、武官のほうが必要となるわけですか」
やぎ髭をしごきながらいう黄忠に、孔明はうなずいた。
「隠密行動ができる、知性ある武官が必要だ。となると、やはり、じいやの出番だな」
孔明がいうと、黄忠は、カカカ、と愉快そうに声を立てて笑った。
「いやはや、そういわれてしまいますと、なるほど、荊南に行かねばなりますまい。
さあて、では、そこの小童、おまえに亮さまはお預けするゆえ、なんとしてもお守り申し上げよ」
黄忠のことばに、偉度は肩をすくめて見せるだけであった。


そのとき、大きく銅鑼を鳴らす音が船の内部に響き渡った。
一行が顔を見合わせ、ついで表に出て外を見れば、岸辺に、大きく『劉』とかかげられた旗をもつ一団が、ずらりと並んで待っていた。
その先頭に、まぎれもない、劉玄徳その人の姿をみつけ、孔明はもちろんのこと、伊籍をはじめ劉琦の家臣たちも、大きな歓声をあげて喜び合った。

つづく……
ジャンル:
小説
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 風の旗標 35 | トップ | 風の旗標 37 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

風の旗標」カテゴリの最新記事