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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・しんぼくかい。 4

2020年05月08日 10時15分46秒 | おばか企画・しんぼくかい。
頬の生暖かい感触に、孔明は心地よい眠りからゆるゆると覚め、それから獣の息遣いを間近に仰天して、目をぱっと開いて、さらになめらかな毛並みの感触に、ああそうだ、虎になった趙雲を撫でているうちに、あんまり気持ちよくて眠ってしまったのだった、ということを思い出した。
趙雲は、孔明を起こすのに、牙でも爪でも傷つけてしまう恐れがあると思ったのか、顔を舐めて孔明を起こしたのであった。
なんだか奇妙な感じだな、と思いつつ、孔明は、『なにをやっとる』といわんばかりの顔をしている虎に向かって言った。
「なにをって? それはいろいろ考えていたのだよ。眠ることは悪くない。頭から雑念が払われて、心の公平さを保つことができるからな。単なる昼寝ではないぞ。そうだとも」
『ほんとうか』というように、虎は尾っぽを、抗議するようにぱたぱたと床に打ち付ける。
「本当だとも。ところで、馬超たちは戻ってきたか」
虎は、まだ、という意味で首を振る。
そうか、と寝起きでいささかぼんやりした頭を働かせつつ、周囲を見回すと、さきほど東屋にあつまっていた美女たちがいない。
どこへ行ったのかと趙雲に尋ねると、どうやら桃の林の向こうに消えたと、首と目で訴えてくる。

仙人が池の鯉に餌をやっている隙を見計らって、連れ立って桃の林を抜けていくと、白い花びらの舞い散る下で、美女たちが輪になって、うずくまり、ひそひそとしているのであった。
趙雲に、袖を歯で噛まれて、隠れるようにと指示をされ、桃の木の影に隠れて様子をうかがっていると、娘たちがこんな会話をしていた。
「せっかく陸に上がってきたというのに、こんな食事しかもらえないなんて、話がちがうわ」
「それに、あの男たちときたら! もうすこし、でっぷりした体型の男でないと、好みじゃないわね」
「そう、男は太っていなくちゃ。みんな筋だけだわ。とくにあの細いのなんて、骨だけよ」
悪かったな、と思いつつ、会話の合間合間に聞こえる、ぽりぽり、かりかりという音は、なんなのであろうと孔明は首をひねる。
「もっとたくさん、食べさせないといけないわね。あの怖い顔は虎になってしまったのだし、邪魔者はないはずよ。みんな、この食事が終わったら、あの男にたくさんのご馳走を食べさせるのよ。たくさん太らせれば、すこしはマシになるでしょう」
なにがマシになるのだろう?
孔明が首をひねりつづけていると、虎になっても実行の人、趙雲は、四肢を踏ん張らせると、美女たちの輪に向かって、がう、と大きな吼え声をあげた。
とたん、仰天した美女たちが飛び上がり、立ち上がってめいめい逃げ出していく。
孔明は美女の一人のあとを追いかけようとしたが、またも趙雲の牙によって袖を引かれて、止められた。
そうして美女たちがいたところを見ると、なんと、哀れなことに、体をばらばらに食い荒らされた若い男の体の一部が、そこに散乱していたのである。
こみあげる吐き気をこらえつつ、美女たちの食べ残しを検分する。
まさかとは思ったが、肉はすでに変色しており、どうやら馬岱ではないようだ。
それだけ確かめると、美女たちが戻ってこないことを確かめて、孔明は虎の趙雲をつき従えて、場を離れた。
「人肉を喰らう、あやかしの巣だ。あなたの勘は当たっていたようだ」
そうだろう、と誇らしげに、趙雲は髯をぴんとたてて、すました顔をする。
「大海には、世界のすべてを人のみできるほどの巨大なアヤカシがいるそうだ。嵐の日にそいつに飲み込まれた漁師がいて、そいつの胃袋は、われわれの世界とそっくりの世界が開けていた、という話を聞いたことがある。おそらく、それと同じものなのであろう。水に住まうアヤカシで、人肉を喰らうものの名が、壷中仙人の真の名にちがいない。あの池のほとりに並べられた者たちも、最初は歓待を受けていたが、ご馳走で食べごろになるまで太らされ、油断した隙を狙われて、しまいには食われてしまったのだ。このままでは、我らも同じ宿命をたどるぞ」





そうして、ふたたび池に戻ってくると、ちょうど、ドロン、と白煙が立ち上り、馬超がふたたび戻ってきたところであった。
さすが錦馬超、試練を乗り越えたのか、と思ったが、その姿を見て、仙人のほうは悲痛な叫びをあげる。
「おお、ばちょう! しんでしまうとはなにごとじゃ!」
「やかましい! なんだ、あれは! あれが試練だと?」
馬超は、孔明が見たことのない奇妙な装束をまとっていた。
赤い貫頭衣の上に、胸の辺りだけを鎧のように守り、肩紐で背中を通って、腰のあたりで筒衣とつながっている紺色の衣をはいている。
大きな雲のようなつま先の丸い靴に、さらに帽子がふんわりと大きなもので、目立つものである。
「なんだ、平西将軍、その愉快な格好は」
孔明が驚いて言うと、馬超は鬼のような形相をして言った。
「それは俺が聞きたいわ! 別世界に飛ばされたかと思ったら、いきなり等身大のキノコが襲ってくるわ、翼の生えた亀だの、炎を吐く大亀やら、土管より生えてくる人食い植物なんぞが大挙して襲ってきたのだぞ。しかも前にしか進めないのだ! さらには恐ろしいことに、俺にも煉瓦を素手で叩き壊す力が備わって、どういう仕組みか煉瓦には、金貨や体が大きくなるキノコが隠されていて、それをあつめてひたすら戦うしかない! しかもやれやれ、やっと終わったかと思えば、なぜだか最後に旗にとびつかねばならぬのだ! で、気づくと薄暗い城のなかで同じように戦わねばならぬうえ、あるときなどは、水中を行きながら魚との闘いだ! しかも大亀にさらわれたという桃姫とかいう女、何度助けても、ちょっと目を離した隙に、また攫われておる! あの城の警備体制はどうなっているのだ! おお、軍師! ちょっと行って、奴らに真の防御というものを教えて遣ってくれ!」
「ヤダ」
「くそう! 俺がキノコや魚や亀になにをした? 食したのがいけない、というのであれば、二度と口にはせぬ! やつらにそう言ってくれ!」
そうして、ひとしきり怒鳴りあげたあと、はっと我に返り、周囲を見回す。
「そうだ、ルイージ! ルイージはどうした!」
「なりきっとるのう…おまえが死んでしまったので、代わりに戦っておるのじゃ」
「すまぬ、ルイージ、いや、岱! 俺が不甲斐ないばっかりに! 俺をまた元に戻してくれ! やり直す!」
「懲りぬ男じゃのう…」
言いつつ、まはりくまはりた、と仙人が呪文を唱えると、馬超の姿は白煙とともに掻き消えた。
「馬岱はなかなか骨のある男のようだな。どうも馬超の印象が強烈すぎて、顔もうろおぼえなのであるが、あなたは覚えているか?」
問いかけた虎の趙雲の顔には、『ちょっとイマイチ』と言うふうに、自信なさそうな表情が浮かんでいる。
「これは内密にしてほしいのだが、わたしは彼の字(あざな)を知らぬ」
虎がうんうん、と肯いたので、孔明は、趙雲も、馬岱の字を知らないことに気づいた。
「さすがに名前をいまさら聞くのもあれだしな。うまく聞き出そうと思う。協力してくれ」
わかった、と虎は肯いた。
「馬岱の字はともかく、仙人の名だな。壷中というのは号であろう。なんとかヤツの名を知る手掛かりがあればよいのだが」

まだまだつづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/06/07)


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