はさみの世界・出張版

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風の旗標 最終回

2018年06月12日 20時30分40秒 | 風の旗標


民の数が減ったということもあり、劉琦の船と合流するための道中に、苦労はほとんどなかった。
途中、関羽が使者をよこし、首尾よく劉琦と合流できたことを伝えてきた。
それに遅れるようにして、孔明からの、劉琦の代理として伊籍が船をつれている、という報せが入ったとき、一行の士気は、ぐんと高まった。
とくに趙雲は、孔明が江東に逃げる気配もなく、きちんとみなを待っていることが誇らしかった。

そうして、一行が川辺から、水面にうかぶ白い大きな帆を見たとき、その場にいたすべてのものが、やっと苦境を乗り越えられたのだと悟り、大きく歓呼して、船を迎えた。
その声におどろいた水鳥が、いっせいに水際から飛び立ったのであるが、その光景は、まるで自然さえも、かれらの無事を喜んでいるかのようであった。





孔明は、まっさきに劉備の無事をよろこび、ついで、民の移動はうまくいったのかと気にした。
劉備と張飛が酒臭いことに首をかしげつつ、さしたる混乱もなく、民を移動させることができたときくと、まるで荊南にむかった民のなかに親族がいたかのように、うれしそうに破顔した。
それから、孫乾や簡雍といった、古参の家臣らにあいさつをしたあと、孔明はこちらに顔を向けたのだが、それはうれしいというより、すこし照れくさそうであった。

「まずは、お帰りと言うべきかな。やはりあなたは約束を守る人だ」
「返事に困るな」
趙雲が素直に言うと、孔明は声をたてて笑った。
「じつは、わたしもなにを言っていいのか、困っている。生きてあえてうれしい、だろうか。
でも、うれしいのは本当だよ。それをうまく言えない。怪我の具合はどうだ」
「悪くない」

むしろ悪化したのであるが、趙雲は黙っていた。
もし怪我が悪くなったと言ったなら、孔明は江東にいっしょに向かうことを許さないだろう。

「とりあえず、生き延びた。だが、それだけだ。いまは生き延びた。
そのあとの、俺たちの進むべき道はまだ見えていない。おまえが先導するのだ」
「うん」
孔明は力強くうなずいた。
その目に、悲愴な曇りがないことが、趙雲を安堵させる。
「おまえには謝らねばならぬ」
「おや、なんであろう」
孔明が怪訝そうに小首をかしげる。
「民よりも兵といった、俺はまちがっていた。主公がおっしゃるとおり、民があってのわれらであったのに、俺は恐ろしく思い上がっていて、それとも気づかず、おまえを傷つけたように思う。
おまえが正しかったのだ。あの土壇場で、おまえが考えた策があったからこそ、これだけの人数が生き残れた。民にかわって感謝する」
孔明は、趙雲のことばに、しばし息を呑んでいた。
そしてゆっくりと氷が解けるようにして、孔明の内側にあるなにかが、崩れていくのが感じられた。
と、同時に、孔明の瞳から、涙がひとすじ、こぼれた。
「ありがとう」
「江東へ向かおう。そこで曹操を迎え撃つのだ」
「江東は動くだろうか」
「いや、動くのを待つのではない。動かすのだ。おまえが動かせ。ここまで俺たちは生き延びたのだから、きっとできる。
俺はとことん、おまえに付き合ってやるぞ」
趙雲の言葉に、孔明はうなずきながらも、地平線からのぞいた太陽が、まさにそんなふうであったように、晴れ晴れとうつくしく笑った。
「そうだな。なぜだろう、あなたがそういうと、なんだってできる気がする」
「できる気がするというのなら、できるのさ」
趙雲としては、そうだろうと思ったことを言ったのであるが、孔明は不意に顔から笑みを引っ込ませると、趙雲の手を、その両手でぐっとつかんだ。
「わたしこそ、感謝せねばならぬ。
ありがとう。百万の敵をまえにしても逃げ出さない勇気が残っているのは、あなたのお陰だ。
わたしはきっと、あなたが望むどおりの者になる。見ていてくれ」
「いきなりなにを言いだすか」

さすがに趙雲は照れて周囲を気にするのであるが、周りは、それこそ船に乗り込む準備やらあいさつやらで、孔明と趙雲のやりとりは耳に入っていないようだった。

趙雲が照れているのを見て、孔明は満足そうに笑うと、その手を引いて、歩き出した。
「さあ、それではさっそくわれらの船出と行こうではないか。
そのまえに、あなたに会わせたい者がいるよ。向こうもあなたに会いたがっている。
嘘ではない、ほんとうだよ。ほら、あそこで手を振っているではないか。
おや、なんと爽やかな風であろうか。
まわりを見たまえよ、子龍。わたしたちは居城を捨てて逃げてきたのに、だれも悲しんで泣いている者はいない。
あなたの言うとおり、生き延びたのだから、きっとなんだってできるな。
さあ、行こう、東へ」

おわり

このお話は、「飛鏡、天に輝く」につづきます。
御読了ありがとうございました!
ちなみに2007年に書き上げたものでした。
ジャンル:
小説
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