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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

短編・クラッシャー・フェイ 前編

2020年04月30日 10時41分20秒 | 短編・クラッシャー・フェイ
「おまえらしくない家だな、オイ!」
と、早くも出来上がっている大虎・張飛は言う。
たしかにそういわれても仕方がない屋敷だ。十日にいっぺん、足をはこべばよいほうで、趙雲はすべての采配を、家令にまかせている。
だから身に過ぎた屋敷は、家令一家の趣味に合わせて整えられており、趙雲の意向はなにも反映されていないのだ。
居心地がよいことだけはたしかで、いきなり帰っても、家令一家は腰をひくくして、おかえりなさいまし、と迎えてくれる。温かい食事と清潔な寝床と、感じの良い家人。
宿賃のいらない宿屋のようなものである。
家令一家のほうも、天下に稀なほど手のかからない大人しいご主人に、おおいに満足しているようであった。
が、今日ばかりはちがうであろうな、と趙雲は、杯を口に運びながら、すまなく思う。
戸口をさきほどから、料理だの酒だのをせっせと運ぶために、独楽鼠のようにいそがしく立ち回っている夫婦が、泣きそうな顔をしているのを趙雲は知っている。
気まずい。まったくもって気まずい。

悪い噂ほど広まりがはやいもので、天下無双の乱暴者・張益徳の悪名は、はやくも荊州三郡に轟いていた。
張飛がとうとう酒代を踏み倒した酒家の話からはじまって、果敢にとりたてようとした酒家が、一喝されただけで、屋台が崩れてしまっただとか、火をつけられただとか、次の日から主が行方知れずになっただとか、そういう事件性の高い噂がおもしろおかしく講談調につたわっている。
たしかに張飛ほど、単純で豪快な男はいないから、話にしやすいのだろう。
実像はそう単純ではないのであるが、そのあたりを、趙雲は家令に話してやる時間がなかったのだ。

「でも料理は美味い。うちのカミサンのほうが上だけどよ」
「奇遇ですな、張将軍、うちの女房も上です!」
と、調子よく言葉を挟みつつ、だれより料理を頬張っているのが陳到。
そうしてせわしなく箸を動かしながら、となりの、ゆったりとした箸の動きを見せる男に、よせばいいのに話を向ける。
「軍師のお宅は?」
「あえて返答を拒みます」
孔明は、つんとすました顔で、陳到にすげなくする。
家庭に関しての質問を、孔明にはしてはならぬというのは、もはや常識になりつつあるのだが、陳到は非常識なので理解しない。





いま、趙雲の目の前には、張飛と、陳到と、そして孔明がいる。
いつもどおり、兵士の調練が終わって、さてひさしぶりに帰ろうか、というときに、張飛に声をかけられた。
「おい、関羽の兄貴のところの魚津の陶ってヤツのところに男の子が生まれたんだってよ。めでてぇじゃねぇか。祝い酒といこうぜ!」
「だれだ、それは」
趙雲は、関羽の部隊にいる魚津出身の陶、という兵士におぼえがなかった。
張飛があまりにうれしそうなので、知らないあいだに有名になったヤツなのか、と思っていると、張飛はガハハ、と呵呵大笑し、それから答えた。
「俺も知らん」
「知らぬヤツの家に子供が生まれたことを、なぜ俺たちが祝ってやる必要があるのだ」
「なんだかおまえ、あの軍師と仲良くなってから理屈っぽいぞ。いいじゃねぇか、きっかけなんて。要は気持ちだよ、気持ち!」
「意味がわからぬ。つまり、おまえは飲むための口実がほしいのだな?」
「ご名答! たまにはいいじゃねぇか。場所はおまえの家。行ったことないからな。よし、それじゃあ、ちょいと用意してくるから、待っていろ。逃げてもだめだからな!」
と、張飛は、趙雲の返答を待たず、勝手に決めて、うきうきした様子で去っていく。
たしかに逃げてもムダだろう。
どうしたものかとぼう然としていると、背後より声がかかった。

「あれはカラ元気」

めずらしく、終業の太鼓が鳴っても城に残っていた陳到であった。
囲炉裏端の妖怪、とあだ名される陳到は、家からもってきた餅をエサに、部将たちから、さまざまな噂話を仕入れては楽しんでいる。
いささか悪趣味な男である。
とはいえ、その噂を広めたり、悪用したりすることはなく、単に自分だけでコトコトと楽しんでいるようである。

「奥方と、大喧嘩をなさったようですよ。原因は、小遣いの値上げ。位があがって禄もあがったたのに、ほとんどを飲んでしまう張将軍にとうとう堪忍袋の緒を切らした奥方が、しばらく門をくぐるなといって、身の回りの品ごと張将軍を外にほっぽりだしたのだとか」
「迷惑な」
「その情報をいちはやく仕入れた町の酒家という酒家は、すべて臨時休業。だから張将軍は、行くところがないのですよ」
自分の部将たちのところへ行けばよいのに、と趙雲は思ったが、張飛の部将たちは、上司の考え方は読めていて、いちはやくなんらかの対策を立てたのだろう。
そういえば、今日は妙に城が閑散としているような。

「しかし叔至よ、おまえが残っている、というのも珍しいな」
と、何気なく言った趙雲であるが、陳到の顔色が一気に蒼ざめて、ぎょっとする。
「おまえもか」
「はい。禄もあがらぬくせに、せっかく取っておいた餅を、くだらぬ噂を仕入れるために、兵舎に持っていって、聞けば、あなたの餅を目当てに夕餉のしたくをしている部将もいるとか、そのあおりをくらって、わたくしたちはひもじい思いをしなくてはならぬ、これはどういうことでございます、と叱られまして、買い言葉に売り言葉。こんな家、でてってやる、とつい言ってしまったのでございます」
「おまえが、自分から出て行くと行ったのか」
家は主人の持ち物であるから、出て行くならば、ふつうは妻のほうである。
しかし、陳到は、きょとんとして趙雲に答える。
「あたりまえではございませぬか。妻や娘たちを野宿させるわけにはまいりませぬ」
家族には無類の優しさを見せる男である。
「それでおまえは宿無しになったと」
「左様でございます」
と、陳到はあわれっぽく顔をゆがめてみせる。
張飛といい、陳到といい、すっかり女房に手綱を握られているが、どちらも天下無双の武芸達者なのだ。
いまの様子では、とても想像できないが、ひとたび敵を前にすると人が変わる。
それがこのテイタラク。
まあ、平和な証拠かな、と思い、捨て置くのも気の毒であったので、趙雲は、張飛と陳到を回収して自分の屋敷へ連れて行くことにした。
一晩くらいならばかまうまい。





その帰途、もともと調子者のきらいのある陳到と、カラ元気全開で饒舌な張飛は、とりとめのない話をぺらぺらとしていたが、ふと、張飛がこんなことを言い出した。
「しかし子龍、おまえって無口だな。というよりは、キョウチョウセイがねぇぞ。なんだか俺たちばっかり喋っていて、おまえがつまらなさそうじゃねぇか。会話に入ってこいよ」
協調性、という言葉は、最近、孔明経由で劉備から仕入れた張飛おきにいりのむずかしい言葉である。
趙雲としては、無理して入らなければならないような会話にも聞こえなかったので、黙っていたのであるが、それが張飛には気にかかったらしい。
劉備の配下になって間もないころ、例によって例のごとく新人いびりの達人たちがこぞって、あいつは無口だ、無愛想だ、無反応だ、とさんざん言ってきたことが妙に思い出され、趙雲は意地になってしまった。
「話さなければならない話だったのか?」
「お。なんだかぴりっ、とくる言い回しだな、オイ。それじゃあ、内容のありそうな話をしてみろよ」
「まあまあ、張将軍、子龍殿はお疲れなのですよ。しかしたしかに三という数字は、どこかハンパでいけない。三すくみ、という言葉もございますが、きれいに治まる関係もあれば、硬直して冷え切ってしまうものもある。ここはひとつ、四にしてしまえばよろしい。どなたか、いちばん最初に出会った方をもう一人、仲間として加えましょう」

最初、陳到め、気が利いたことをいうな、とほっとしたのであるが、すぐに趙雲は感想を、陳到め、余計なことを、に変える。
自ら手綱をとった馬車に乗った、だれもがよく知る男が、ちょうど目の前を横切った。
なんとも間のわるいことに、孔明であった。


後編につづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/02/12)


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