松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

アカシアの天ぷらで、娘を釣る。

2019-05-29 19:28:25 | 日記・エッセイ・コラム

 去年、アカシアの天ぷらを食べそこなって、娘が不機嫌だった。

  アカシアは追分のどこにでもあるが、どれが蜜が入って美味しいか、未だに分からない。

  初心に戻って、駅近くの線路わきの木から失敬してきた。

  香りを嗅いだら、甘い香りがした。高さが2m以内なら、問題なく手が届く。

 ところで「アカシア」と言っているのは、「ニセアカシア」で、この名前は気に入らない。ハリエンジュの方が語感がいい。

  揚げている時、ほのかな蜜の香りが充満した。とてもさわやかな香りだ。若い木を選んで、正解だったかも知れない。

  味も、くどくない甘さだった。タレの塩分と良く合う甘さだ。

  ご飯のおかずとしては、やや物足りないので、つい辛いものに手が行く。

  きょうは食後のデザートは要らない。

  呼吸をしても歯を磨いても、甘い香りが戻って来る。

  家中が甘い。

  過疎化が進めば、アカシアの木に困ることはないし、

 我が家の伝統が絶えることもない。

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2 コメント

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旨そう (せんだいほんま)
2019-05-31 01:00:50
知らなかった、、、食べられるなんて。
秋田に住んでたとき、西側の庭には、塀に沿ってアカシア(ハリエンジュ)の木が植えてあって、登ったり、ミノムシを取ったり、葉っぱをしごいて芯だけにして遊んだり、僕ら社宅の子供たちの良い友達でした。幹の独特な肌の感触や細い枝のとげの感触、そして白い花の、あの香り、覚えています。
海からの風除けに植えてあったんでしょうけど、てんぷらを食べさせられた思い出はなく、惜しいことをしたもんです。誰も知らなかったのかな~、あんなに毎日身近にあったのにね。
おしんは、知っていたかもよ。 (松美)
2019-05-31 07:49:04
そっか、仙台の街にゃないか。
こっちでも、あまりいない。たまにいる。食べる人。
非常食に覚えておいて。
おしんなら、知っていたかも。

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