小さなナチュラルローズガーデン

木々の緑の中に、バラたちと草花をミックスさせた小さなイングリッシュガーデン風の庭。訪れた庭園や史跡巡りの記事もあります!

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NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の旅・前橋編 その一

2015年12月20日 | 旅行記

今回の群馬「花燃ゆ」の旅は、船津伝次平のふるさと富士見町から赤城山の裾野を下って、前橋の街にやってきました。
前橋の「花燃ゆ」ゆかりの地はすでに最初の「群馬編」で紹介してますが、今回はその時、見落としていたスポットを中心に訪ねて参りました。


前橋市役所前に建つ下村善太郎翁像
下村善太郎(しもむら ぜんたろう)は生糸貿易商を営む前橋の有力者で、初代前橋市長でもありました。
群馬県庁を高崎から前橋へ誘致する運動ではその中心となり、物心両面から県政を支える下村たちの熱意、至誠に楫取素彦は心動かされ県庁移転を決意したと言われます。
また楫取県令とともに日本鉄道の、前橋までの延伸も実現させました。
「花燃ゆ」で江守徹さん演じる地元の名士・阿久沢権蔵は、下村善太郎がモデルとも言われてます。


群馬県庁南の住宅街の中にある清水寺(せいこうじ)。
優香さん演じる楫取夫人・寿(ひさ)さんが、群馬の地が念仏不毛の地であることを憂い、人々の心の安堵のためにと開いた浄土真宗(本願寺)の説教所が前身となったお寺。
寿さんの遺書などを所蔵しているそうです。この日はお寺で法事があったのか境内は車でいっぱいでした。


臨江閣(りんこうかく)本館玄関

臨江閣は明治17年、楫取素彦の提言により下村善太郎はじめ地元有志たちの募金により誕生した迎賓館です。和風木造、数寄屋風建築の風情ある本館主屋部分は創建当時の面影をよく残しています。
同年に楫取が群馬県令を辞して群馬を去る際には、楫取と美和のために完成間近の臨江閣本館で盛大な送別会が開かれたそうです。
明治26年に明治天皇の行幸の際には、行在所として使用されています。


臨江閣本館 玄関題額「臨江閣」の揮毫(きごう)は楫取素彦によるものだそうです。

 




臨江閣本館より別館を望む。
別館は貴賓館として明治43年に完成し、大広間をもつ大公会堂として利用されてきました。
また本館前の立派な松のお庭も綺麗です。
私のかようキリスト教会の牧師先生のご両親は、昭和30年代に臨江閣で結婚式を挙げられたそうです。しかも、お父様は当時、群馬県庁の職員さんだったというから素晴らしいです!


夕陽に染まる臨江閣・茶室

臨江閣本館奥にあるこちらの茶室は、地元有志たちの「至誠」の心で募金が集まり臨江閣が建設されたことに感激した、楫取素彦はじめ県庁職員の募金により建設されました。


茶室内部

茶室の建築は京都の茶室大工・今井源兵衛の手による草案茶室で、こちらの京間四畳半の茶席はじめ、わびに徹した造りになっているそうです。
茶室は臨江閣が平成20年に全国都市緑化フェアの会場になった際、楫取素彦の号をとって「畊堂庵」(こうどうあん)と命名されました。


臨江閣別館前の庭に建つ「星野(長太郎)翁碑」

星野長太郎(ほしの ちょうたろう)は桐生編でも紹介しましたように、水沼製糸場を創業し弟、領一郎とともに生糸のアメリカ直輸出を行ない、群馬のシルクを世界に広めた人物です。
初代県会副議長も務め、「花燃ゆ」の中でも大東駿介さん演じる情熱的な星野長太郎が、楫取のよき協力者として活躍してました。


「星野翁碑」の題額(題字)を書かれたのは、長太郎の弟、新井領一郎の孫、ライシャワー・ハルさんのもう一人の祖父、松方正義によるものでした!


西南戦争の後、楫取は臨江閣南の前橋東照宮において、戦死した群馬出身の兵士のために盛大に招魂祭を行いました。またその功績をたたえ境内に招魂碑を建立してます。


前橋東照宮の境内に建つ前橋招魂碑
楫取素彦の撰文したこの招魂碑は番組終わりの「花燃ゆ紀行」でも紹介されました。

 

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