2日目の朝、部屋のカーテンを開けると快晴
近くには「鐘路タワー」」(チョンノタワー)が見え、この最上階に夜景のキレイなバーがあり、あす夜行く予定。
←部屋からの眺め。空中ガラス張りの建物が「鐘路タワー」。クレーンの右の建物が、きのう食事に行ったロッテホテル
きょうは、地下鉄に1駅乗り、市庁駅スグ横にある「徳寿宮」(トクスグン)へ。
徳寿宮」は、大韓帝国時代の宮殿で、邸宅として造られ、即位式なども行われたらしい。
ここは、他の宮殿と違い西洋建築や“韓洋折衷”の建物など、ユニークな建物が多い。
理由は、“大韓帝国近代化のため”と、海外侵略で大韓帝国の威厳を守るためだそう。
実際、見物していても格子に障子の古~い韓屋の造りに、大きな洋風のシャンデリアが下がっていたりと、素人が見ても興味深い。
←「中和殿」に至る道は、中央を王様が歩き、家来が両脇に立つ。その家来の立つ場所に並ぶ石碑。他にも「昌福宮」など、あちこちで同じような石碑の並びを見かける。
←「中和殿」の屋根にある十二支の飾り。
各建物の屋根瓦には十二支の飾りが乗っかり、それを撮っていたら、突然初老のオッサンが現れ、
“Are you japanese?”
“Seoul,How many times?"(ソウル何回目?)
と聞いてきた。
最初はオンドルの仕組みを問わず語りに説明してたオッサン、段々と話しが過去の日本侵略の話題になっていった。
互いに、カタコトの英語でやりとりしてるので、定かじゃないけど、どうやら“伊藤博文が侵略してきて、「徳寿宮」より北の広大なエリアを奪い取った”と言っている様だ。
最後に、“自分たちは古い日本人は大嫌いだが、若い日本人にはそんな感情は無い”と言い残して去っていった。
この日本批判の言葉は毎回韓国へ来るたび、必ず聞かされる話しで、どの人も当時を知らない年代のはずで、いかに韓国では、今も過去の日本の行為が教えられているか・・・と考えさせられる。
←これが、オンドルの煙突
←オンドルの炊き口。ここに薪を入れて暖める。
←突然しゃべりかけてきたオッサン。門を撮ったつもりだったのに、帰国後に見たら、何とオッサンも写っていた。(笑)
11時からは、正門前で兵士の伝統衣装をまとった「門守交代の儀」の再現が行われ、厳かな式典を見物して、レジデンスに戻った。
←ただ、警備係が交代するだけなのに、毎日こんな大げさな儀式してたのかなぁ
この後、近くの「仁寺洞」(インサドン)をブラつき、韓国伝統茶の「なつめ茶」「五味子茶」を飲み、妻は韓国刺繍のみやげ物を買いながら、いよいよ今回の旅の目的である伝統韓屋「楽古斎」へと向う。
「楽古斎」(ラッコジェ)の様子は、たくさん紹介したいので、長くなるので続きは次回・・・。
←「伝統茶院」で飲んだ「なつめ茶」と、スイカが入ったスッパ味ある「五味子茶」。テーブルには、色々な人の思いでコメントが差込まれている。