韓国には犬鍋(ポシンタン)という料理があります。
名前の通り、犬肉をつかった鍋物です。
サムゲタンと並ぶ、滋養強壮に優れた食べ物で、日本で言う土用の丑のときなんかに食べる人もいるそうです。
で、今この犬鍋セットが韓国の通販で売り出されたそう。
賛否両論、いろいろあるみたいで、国内外の動物保護団体からも苦情がたくさんきているらしいです。
犬鍋、日本でも食べられます。
日本最大のコリアンタウン、新大久保で。
食べた友人(日本人)は、おいしかったよ、と言っておりました。
韓国内では犬鍋はソウルオリンピックの時期を境に、堂々と看板を掲げるお店が少なくなったんだとか。でも、あることはあるみたいで、好きな人は好きみたい。
ちなみにエインは食べたことがないそう。韓国人でも、食べない人もけっこういるみたいです。
で、このニュースを見てて思ったのが。
食文化は他国の人が否定していいものではないんじゃないかなってこと。
長い間培われて、その土地にあった食べ物、その年代にあった食べ物が生まれたわけで、食って言うのは生き物に切っても切り離せないものです。
日本人がお刺身を食べることだって、ヘルシーブームが訪れなかったら欧米諸国は野蛮だと非難していたままなんだろうし。欧米諸国がしてることが一番で、それを基準に話をするのは間違いだと思うんです。特に特に食に限っては。
数がすくなくて、保護されるべきものが食用禁止って言うのならわかるけど、なんでもかんでも判で押したように禁止っていうのは解せない。
広い世界、見渡せば虫を食べる国もゴキブリ食べる国も、ウサギを食べる国もあるわけです。
うさぎは良くて、犬は駄目なの?
とかじゃなくて、ウサギを食べる国ならウサギを食べる国の、ゴキブリを食べる国ならゴキブリを食べる国の、歴史なり文化なりが形成される理由があったはず。
捏造文化とか、そんな文化は否定されて当たり前だと思うけれど、食に限って言えば、単純に否定できるものではないはずなんだよ。と、わたしは思うわけで。
犬肉を食べるのを賛成しているわけではなくて(わたしは絶対に食べたりしない。ウサギのお肉も。蛙のお肉も。ゴキブリも!!)、そういう情報をインターネットで流して、
「犬を食べる国は野蛮だ!!」
みたいなコメントが多く寄せられているのを見て、悲しくなったのでありました。
小さい子なら、絶対親に聞くよ。
「鳥さんはなんで食べていいの?牛さんもなんで食べていいの?お馬さんもなんで食べていいの?わんこはだめなのは何で?ね~なんでなの?」
ってね。
韓国人ならなんて答えて、日本人ならなんていって、アメリカ人ならなんて答えて、フランス人ならなんていうんだろうな。
はっきり言って、自分にはそれをうまく説明できる言葉が見つからない。
日本人は犬を食べる文化が(今は)ないし、韓国人として生まれたなら、そういう文化があるとうことを頭に入れて話せるし、それだけの違いなんじゃないのかな。
どうなんだろうか。
守るべきことは守らなきゃならないけど、ね
いづれにせよ、この先の未来、世界各地で食べられるものって、ほとんど同じものになってしまうのではなかろうか。温暖化が加速して、四季の変化もなくなって、採れる果物は一年を通してすべて同じもの。どこの国へ行っても同じものを食べられる。あー素敵!っていう世界
ありえなくもないのだろうな
名前の通り、犬肉をつかった鍋物です。
サムゲタンと並ぶ、滋養強壮に優れた食べ物で、日本で言う土用の丑のときなんかに食べる人もいるそうです。
で、今この犬鍋セットが韓国の通販で売り出されたそう。
賛否両論、いろいろあるみたいで、国内外の動物保護団体からも苦情がたくさんきているらしいです。
犬鍋、日本でも食べられます。
日本最大のコリアンタウン、新大久保で。
食べた友人(日本人)は、おいしかったよ、と言っておりました。
韓国内では犬鍋はソウルオリンピックの時期を境に、堂々と看板を掲げるお店が少なくなったんだとか。でも、あることはあるみたいで、好きな人は好きみたい。
ちなみにエインは食べたことがないそう。韓国人でも、食べない人もけっこういるみたいです。
で、このニュースを見てて思ったのが。
食文化は他国の人が否定していいものではないんじゃないかなってこと。
長い間培われて、その土地にあった食べ物、その年代にあった食べ物が生まれたわけで、食って言うのは生き物に切っても切り離せないものです。
日本人がお刺身を食べることだって、ヘルシーブームが訪れなかったら欧米諸国は野蛮だと非難していたままなんだろうし。欧米諸国がしてることが一番で、それを基準に話をするのは間違いだと思うんです。特に特に食に限っては。
数がすくなくて、保護されるべきものが食用禁止って言うのならわかるけど、なんでもかんでも判で押したように禁止っていうのは解せない。
広い世界、見渡せば虫を食べる国もゴキブリ食べる国も、ウサギを食べる国もあるわけです。
うさぎは良くて、犬は駄目なの?
とかじゃなくて、ウサギを食べる国ならウサギを食べる国の、ゴキブリを食べる国ならゴキブリを食べる国の、歴史なり文化なりが形成される理由があったはず。
捏造文化とか、そんな文化は否定されて当たり前だと思うけれど、食に限って言えば、単純に否定できるものではないはずなんだよ。と、わたしは思うわけで。
犬肉を食べるのを賛成しているわけではなくて(わたしは絶対に食べたりしない。ウサギのお肉も。蛙のお肉も。ゴキブリも!!)、そういう情報をインターネットで流して、
「犬を食べる国は野蛮だ!!」
みたいなコメントが多く寄せられているのを見て、悲しくなったのでありました。
小さい子なら、絶対親に聞くよ。
「鳥さんはなんで食べていいの?牛さんもなんで食べていいの?お馬さんもなんで食べていいの?わんこはだめなのは何で?ね~なんでなの?」
ってね。
韓国人ならなんて答えて、日本人ならなんていって、アメリカ人ならなんて答えて、フランス人ならなんていうんだろうな。
はっきり言って、自分にはそれをうまく説明できる言葉が見つからない。
日本人は犬を食べる文化が(今は)ないし、韓国人として生まれたなら、そういう文化があるとうことを頭に入れて話せるし、それだけの違いなんじゃないのかな。
どうなんだろうか。
守るべきことは守らなきゃならないけど、ね
いづれにせよ、この先の未来、世界各地で食べられるものって、ほとんど同じものになってしまうのではなかろうか。温暖化が加速して、四季の変化もなくなって、採れる果物は一年を通してすべて同じもの。どこの国へ行っても同じものを食べられる。あー素敵!っていう世界
ありえなくもないのだろうな