とし坊のお祭り三昧

祭りの宝庫、のとの祭り紹介

古刹に響く妙音・虚無僧が集う国泰寺の開山忌

2018年06月02日 | 日記
6月2日、高岡の写友に誘われて国泰寺の開山忌に行きました。

国泰寺は高岡市にある禅寺で臨済宗国泰寺派の本山。山号は摩頂山。本尊は釈迦如来。
戦国時代末期の1585年(天正13年)閏8月に前田利家の命で方丈が没収され守山城の書院に転用され、江戸時代に入ると5代将軍徳川綱吉はこの寺を法燈派の本山に指定したと言われている。また、虚無僧の寺としても知られ6月2日~3日の開山忌には尺八法会が開かれる。

時流れ、明治初年には普化宗の解体などにより衰退して臨済宗相国寺派に統合されたが、1905年(明治38年)に臨済宗国泰寺派として独立する。

近年は、哲学者の鈴木大拙や西田幾太郎らが禅の修行をされたお寺でもあります。






山門をくぐり進むと、京都・竜安寺の石庭を凌ぐ巨石が配置された「月泉庭」




虚無僧のシンボル  






法要には読経と法竹(尺八)の合奏という独特な法要が繰り広げられる。


20人ほどの虚無僧さんは全国から参集し、話す機会があったお一人は、日本一の鯉のぼりで知られる「埼玉加須市」から来られたそうです。






大方丈での「大般若 会中祈祷」、「御説教」、「塔婆供養」、「開山国師宿忌」と進み、塔参へと。虚無僧さんが開山堂まで貫首参他僧侶を先導し進む。






新緑の中、開山堂に進み「鎮守諷経」。虚無僧妙音会の皆さんの尺八と読経の合奏で今日の法要は終わりました。

久しぶりに見せていただいた国泰寺の開山忌。御開山の「己事究明専一なり」の言葉が今も引き継がれており、清々しい気持ちで家路につきました。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

相撲王国「石川」が誇る遠藤関の活躍の跡を見てきました

2018年06月01日 | 日記
5月31日、穴水町さわやか交流館で「小結・遠藤関展示室」が開かれておりましたので見てきました。




車から降りてさわやか交流館に向かうと、交流館の入り口には、2007年3月25日、震度7の能登半島地震。その「復興町づくり支援施設」の石碑。遠藤関の幟旗が迎えてくれました。


展示室に入ると、遠藤関が出迎えて・・・・・?くれました。














会場には髷が結えない時代の取り組の写真、手形のサイン、小学生の頃の優勝カップやトロフィー、敢闘賞、技能賞、金星の数などの栄光の足跡の展示や、今場所の新聞速報などが展示されており遠藤関のプロフィールがびっしりと展示されておりました。

なかでも、勝ち名乗りを受け賞金をもらう。その賞金の袋、大入袋など興味深いものが展示されております。







時間があったので、「能登大仏」も見てきました

能登大仏は、穴水町乙ケ崎地区の海岸の高台の「真和園」に2003年6月に安置された。一帯は小公園になっており、三重塔のほか、親鸞聖人、観音様、弘法大師等の11の仏像が安置されている。なんと大仏の高さは、8.4メートルあり、日本三大大仏(奈良、鎌倉、高岡・・・・・?)の高岡大仏の7.43mよりも高い。
地元の方々の間では「子宝大仏」と呼ばれていて、小宝にご利益があるといわれている。

造られての歴史は浅いが、能登の観光スポットとしてこれから知れ渡るでしょう

今場所は、前半好調な出足だったが、右腕のけがから休場、途中から復帰するも負け越しましたが、一日も早く回復し大関めざし頑張ってほしいものです。

石川の星  遠藤がんばれー!!!    遠藤頑張れ!




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アポロ宇宙船がコスモアイル羽咋に着陸・・・・・?

2018年05月27日 | 日記
27日、私用でコスモアイル羽咋に行きました。びっくり!・・・・?   砂像の巨大アポロ宇宙船が着陸しているではありませんか。

千里浜砂像協会の皆さんが、羽咋市観光の目玉、千里浜渚ドライブウェイの砂で巨大な「アポロ宇宙船」を造ったのです。
まだ未完成の砂像でしたが、コスモアイル羽咋の正面に造られた砂像は大人にも、子どもにも宇宙への夢を見せてくれているようです。






コスモアイル羽咋の正面に造られている「アポロ宇宙船」




1969年7月20日、宇宙飛行士ニール・アームストロングおよびバズ・オルドリンがアポロ11号で月面に着陸したことをイメージした砂像にはコスモアイル羽咋のキャラクター「サンダー君」も彫られており楽しい砂像。




砂像協会の皆さんが細かな線まで彫ります。慎重に彫っておりました。


完成までには2週間ほど要するが、雨や風が強いと完成までに影響がでるようで、時折見に来る観光客の質問にも応えながらも手を休めることなく制作に励んでおりました。

協会の皆さんは、千里浜レストハウスや国立青少年交流の家などでも大きな作品を制作し展示しております。
また、砂像体験教室の開催など幅広く活動し、羽咋の砂像文化を広めている姿に  拍手、拍手です。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

五月晴れのもと、白山市・白山比咩神社で「御田植祭」

2018年05月20日 | 日記
20日、白山市・白山比咩神社の御田植祭が行われると写友から誘いを受け出かけました。外気は風が冷たいものの、空は青く斎主さんに「素晴らしいお天気ですねぇ~」とご挨拶したところ「昨日と変わり、素晴らしい御田植え日和りです」とかえってきました。


斉田から見た鶴来町の眺望






車から御田植祭祭場の案内に沿ってゆくと、準備された斉田。テント前には本日の主役「イセヒカリ」の苗も準備されておりました。




11時開式に合わせ、雅楽の皆さんの先導で斎主さんはじめ、田長、耕作長、田男に可愛い早乙女さんが斉田に向かわれる。




修祓の儀、降神の儀、祝詞奏上、神楽「鈴扇の舞い」奉奏、玉串拝礼と進み、「斉田修祓の儀」では四種の祓物、神水にて田を祓い清める。


斉田耕作の儀、斉田忌縄の儀へと進み、いよいよ早乙女さんの登場です。




太鼓の合図で早苗を高くかざし、忌縄の印にあわせて植える。後ろ向きに進むので早乙女の皆さん、ゆっくりと下がり2列目を植える。
早乙女さんが植えるのは3列までで、後は田長さんが植えられるそうです。


早乙女さんが田から上がると、「水口忌串の儀」よりよき水を賜りますようにと、水口の神を祀る儀があり
昇神の儀、宮司さん挨拶と滞りなく進み「御田植祭」は終わります。

この後、「直会」で参加者全員におにぎりが振る舞われお開きとなりました。とし坊も塩味の効いたおにぎりをいただきました。


全員、記念写真に収まり今年の「御田植祭」無事終了。

ここで又いやな言葉を頂きました。  とし坊カメラを構えているところへ前に立ちはだかり撮り始めました。すぐ終わるだろうと構えていましたが、なかなか下がらないのでとし坊ここで一言。「後ろに一人撮る者が居るんですが・・・・」と言ったら、なんと返事が「お前も前に出て撮れば良い」の返事。マナーの悪いカメラマンに出会いました。
隣で早乙女さんの親たちも撮っていましたが笑っておりました。 
 ちょっと残念な一コマでした。「高級カメラが泣いていますよ!」

この後には、7月に「除蝗祭」(虫送り祭)。10月 「抜穂祭」(収穫祭)。11月「新嘗祭」(収穫感謝祭)と一連の神事が執り行われます。





写友と昼食をと走ると、ホワイトロードの途中にある「一里野スキー場」でイベントがあるとの情報で一里野スキー場へ行く。
残念「太鼓演奏」などは終わっておりましたが、丁度餅つきが行われ、ここでもつきたてのヨモギの入った「草餅」が振る舞われました。口に入れるとヨモギの香り
が・・・・・・・・・。

新緑の白山麓を気分良くドライブしました。








コメント
この記事をはてなブックマークに追加

人柄のにじみ出た作品に感動。映心会書作展23

2018年05月19日 | 日記
19日(土)、前日の天候と打って変わり小雨と気温の低下で肌寒い日となりましたが、友人が書道展に作品を出していると連絡を頂き見てきました。

併せて、先日の新聞記事で「文豪室生犀星の詩4編の毛筆原稿が東京都内の古書店で見つかり、七尾市内で開幕する書作展で公開される」との報道で、本物を是非見たいものとこんな機会はあまりないと思い行ってきました。




会場の七尾市・七尾産業福祉センターに入ると、2階へ行く階段の壁面は「青柏祭」のモザイクで飾られております。




会場は、自由作品の部、臨書作品、机上作品、特別展示と分かれておりおましたが、室生犀星直筆のコーナーは撮影の許可はなく写真はありません。


とし坊は書については無知なのですが、中国や日本では古くから優れた書の作品が伝えられている「古典」を手本としている作品には。皆さんの練習の跡を見て「自分には無理だぁ~」と・・・・・。








会場の雰囲気と友人、知人の作品をご覧ください。

特別展示は写真が撮れなくてありませんが、新聞記事によると

この映心会の主宰者、七尾市の書家で、県書美術連盟常任理事の三藤さんが東京都内の古書店で犀星の詩4編の毛筆原稿を見つけ入手された貴重なもの。
犀星の原稿はペン書きが多く、毛筆は珍しいという。「百聞は一見にしかず」、郷土の生んだ文豪の若い頃に書いた原稿、珍しいもの見せていただきました。

案内してくれた友人の作品「来萬福」、「鄧石如」など人柄のにじみ出た筆跡に感動し、家路につきました。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加