No Room For Squares !

レンズ越しに見えるもの または 見えざるもの

細倉鉱山・佐野住宅~ゴーストタウン

2012-08-20 | Ruin












宮城県栗原市。2008年の岩手内陸地震では震度6強、そして昨年の東日本大震災では震度7を記録した。
余り報道はされないが、比較的に短い時間にこれだけの揺れを記録した例は稀有ではないか。
幸い(奇跡的に)、どちらの地震でも栗原市内で死者は出ていないが、建造物等にはそれなりの被害が出ている。

さて、その栗原市には、かつて「細倉鉱山」という鉱山が存在した。
江戸時代には仙台藩一の鉛鉱山として栄えたが、明治以降は縮小、昭和62年に鉱山としては閉山した。
現在も、三菱系の企業が、自動車のバッテリー事業を跡地で継続している。
鉱山時代には数多くの社宅が存在したが、なかでも「佐野住宅」は平成になってからも保存状態が良いまま現存していた。
そこで、2007年公開の映画『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』のロケ地に選定されることになる。
僕は、その映画を見ていないが、数十軒ある住宅街をそのまま残し、一部を古い店舗に改築したりして、ひとつの町を再現したのだ。
幾ら状態が良いとはいえ、利用方法もないまま朽ちていく運命にあった住宅であることを考えると、成功例といえるだろう。

ところが運命は数奇なものだ。ロケ地をそのまま保存して、一般公開をしていた佐野住宅に悲劇が襲う。
2008年、2011年と度重なる巨大地震に襲われ、かろうじて倒壊は逃れたものの、激しい損傷を負ってしまったのだ。
見物客の安全を確保できいないとして、一般公開は中止となった。
かくして住宅の廃墟は、ロケ跡地の廃墟と様変わりして、同じ場所に残っている。
貴重なものではあるし、何とか残して欲しいとは思うが、正直、その道は険しいと思うざるを得ない。

鉱山住宅の廃墟から映画ロケ地の廃墟に変わった住宅群。どちらが彼らにとって幸せなのか・・・・。複雑である。

EOS5D Mark2 / EF24-105 F4L

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6 コメント

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Unknown (nikonfe)
2012-08-25 08:11:21
炭住の雰囲気残ってますね。
それにロケで手を加えたと思われる店も・・・
それでも郷愁を感じるのは年齢だけでなく感性でしょうけど・・・
地震大国の日本。
東日本大震災と同じ規模の大地震が東京や東海地方ですぐ起きる可能性があるというし・・・
nikonfeさん (6x6)
2012-08-26 11:02:43
恐らく店舗関係は全部再現モノだと思います。
でも確かにそれでも、かつての生活を頭のなかでイメージすることができました。
それにしても、震度7って、どんな揺れなんでしょうね。
Unknown (carmenc)
2017-10-29 16:59:54
この地域は店舗が一軒もなく閑静な住宅地でした。元々は職員住宅といって事務職系の社宅地域で、どの家にも庭があり塀に囲まれていて、隣りがくっついる所謂長屋の工員用社宅とは違ってました。
閉山後、たしか誰でもが住むようになったようです。
因にここは炭坑ではなく、金属系の鉱山でした。
映画に出て来る家は内部も含めて、当時とかなり雰囲気の違うものになってます。
Unknown (6x6)
2017-10-29 20:31:06
詳しくご存知ですね。とても参考になりました。道理で立派な理由が分かりました。残念ながら今は更地になってしまいました。

ここには数回行きました。すべて震災後なのですが、最初は公開はしてないけど、自由に見ることができました。
次にはロープが張られ、最後は役所の人が解体に向けて視察中でした。

解体後の更地も見に行きました。そこに建物がたくさんあったとは思えない更地になっていました。
Unknown (carmenc)
2017-10-29 22:18:32
びっくり!
そんなに何度も行ってらっしゃるんですか?
私は3月に行ってますよ
そうそう、佐野社宅に住んでいた人の大半は転勤族です。なのでここは標準語です。
carmencさん (6x6)
2017-10-30 06:21:34
僕は映画の方は実のところ観ていません。セットとして改造されているにせよ、じっと眺めて往時の姿を想像することが好きなんです。
老夫婦が多かったですが、孫とかを連れて見に来ている方が結構いました。今にして思えば、関係者の方かもしれません。

僕も結果的には足を運んで、記録してよかったと思います。

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