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日記・物語・エッセイ・感想その他

緑の円盤と少年たち その⑥

2007-02-23 06:10:37 | 物語

 ぼくとサルは、暗がりの中、昼間はエビガニ取りをする小さなどぶ川に行き着いていました。エビガニ取りは好きではありません。なぜなら、鎧のような尻尾をひっくり返すと白い腹に青い一本の筋が透き通って見えて、気味が悪かったし、ここにいるエビガニは何処のよりも唐辛子のような真っ赤な邪悪なハサミを持っているのです。水が緑色の絵の具を溶かしたように濁っていても、真っ赤なハサミが見えるほどなのです。それにエビガニは共食いをする残酷な生き物なのです。エビガニの尾っぽの白身を糸にくくりつけてエビガニの鼻先にちらつかせると、あの邪悪なハサミでしがみついてくるのです。
 どぶ川の片側はコンクリートの壁になっていて壁の向こう側は、戦前、大きな化学工場だった焼け跡でした。川ふちの草むらに分け入ると思いがけなく、筏が一つ浮いていました。厚い木の板を針金で縛り合わせた畳一畳くらいの大きさでした。真ん中にミカン箱が置いてあって、腰掛けのようになっていました。それに櫂に使えるように竹竿が川に突き立てられていました。
 「筏遊びをしよう」ぼくが言いました。
 サルは大喜びでぼくよりも先に筏に飛び乗りました。


緑の円盤と少年たち その⑤

2007-02-22 05:42:14 | 物語

 だんだん、その声が近づいてきました。灰色の空には星がぽつんぽつんとぼんやり光っていました。ぼくはその子の顔を一生忘れないでしょう。六年生くらいのおかっぱの可愛い女の子でした。今から思うと、女の子は本当に寂しそうな目をしていたのです。一生懸命に「ステマル、ステマルちゃん」と呼んでいました。きっと猫でも捜しているのでしょう。ぼく達がいるのに全然気がつかない様子でした。女の子は足を怪我しているらしく、片足を引きずるようにしていました。ちょうど舟を漕ぐようにぴょこんぴょこんと歩くのでした。ぼくは寂しくて堪らなかったせいでしょう。意地悪になっていました。くすくす笑いました。サルもつられて小声で笑いました。
 ぼくは女の子のそっくり真似をしてぴょこんぴょこんと足を引きずりついて行きました。サルも後からついてきました。
 ――ステマル、ステマルちゃん。
 女の子の真似をして、ふざけて、けらけら笑いながら「ステマル、ステマルちゃん」と叫んでみました。サルもそっくり真似をして声をあげました。それがどうしたわけでしょう。女の子の魔法にでもかけられたかのように、「ステマル、ステマルちゃん」と叫びながら、本気になってステマルを捜していたのでした。
 女の子とぼくとサルはそれからどれくらい一緒になって捜していたでしょう。辺りはすっかり暗くなっていたのでした。
 ふと気がついてみると、女の子とはぐれてしまって、ぼくとサルは二人でステマルの名を呼び続けていたのです。

緑の円盤と少年たち その④

2007-02-21 06:26:26 | 物語

 それは本当に小さな悪魔のように恐ろしい顔でしたので、ぼくのわくわくするような気持ちはたちまち吹き飛んでしまいました。
 サルはぼくが捨てた枝を拾うと、最初はこわごわでしたが、とうとう、蝙蝠を仰向けにして、羽を広げて、両端を小石で押さえつけました。さっき、ぼくが竹の棒ではたいたとき破れたのでしょう、片方の羽根の薄い膜が切れていました。
 厭なことを思い出しました。ぼくの家の隣に鋳物工場があります。そこの小僧さんの折田が、捕まえた蝙蝠に石油をかけて焼いたことがありました。そのとき、蝙蝠が羽根を広げたままの姿の小さな白骨を見たのです。あのときも、羽根の両端を 小石で押さえたのでしょう、二つの白い小石が置いてありました。
 ぼくは屈んでいるサルの注意を引こうと、大きな声で云いました。
 「やあめた。おれ、ガラガラで遊ぶんだ」
 赤煉瓦の戦車の下にある地下室に隠しておいたガラガラを取りに行きました。みんなが狐穴と呼んでいる真っ暗な地下室です。ほんの入口のところは使えますが、奥は濁った水がいっぱい溜まっている気味の悪いところです。
 ガラガラというのは、自転車の輪で、タイヤが嵌め込まれていた溝のところに竹の棒のへらをあてて走ると、輪転がしが出来るのです。サルもぼくについてきました。
 ぼくは手を延ばして、狐穴から二つのガラガラを取り出しました。一つはぼくのものですが、一つは妹の未知のものです。
 「ここのこと、誰にも言っちゃあだめだぞ」少し、脅すように言いました。
サルはうなずくと「おれにも貸してくれるの」と言いました。黙って未知のものをサルに渡しました。
 それから、しばらく、ぼくとサルは暗い焼け跡で埃だらけになりながら、遊びました。
 本当は、ぼくは寂しくて家に帰りたかったのです。サルはもう愉しくて堪らないと言うように元気にいつまでもガラガラを転がしていました。しまいには、飽きて放り出したぼくのガラガラも使って、一人で二つの輪を上手に転がしました。ぼくはぼんやりサルが一人で面白がっているのを見ていました。
 その時です。あの、透き通るような声を聞いたのは。
 ――ステマル、ステマル、ステマルちゃん。

緑の円盤と少年たち その③

2007-02-20 06:09:15 | 物語
 その子は三年生くらいの男の子でした。痩せて目ばかりが大きくて垢で汚れた顔は間違いなく〈拾い屋〉のサルでした。
 と言っても、猿にあまり似ていませんが、いつも顔が黒く汚れていて、手足がひょろひょろしていたから、そんな風に言われたのでしょう。サルが優しそうなおじいさんの〈拾い屋〉と一緒に鉄屑を拾っているのを何度か見たことがありました。
 悪いことなのですが、ぼく達はサルが一人でいると「サル、ここに釘が落ちているよ」と言ってからかったり、小石やコークスをぶつけたり、遠巻きにして「サル、サル、木に登れ、木がなければ電信柱に登っちゃえ」と言ってはやし立てるのでした。
 そのサルが一人で石蹴りをして遊んでいました。竹村くんの妹の美子ちゃんたちがさっきまで遊んでいた石蹴りの輪をぴょんぴょん跳んで、置きっぱなしにして行った平たい石を力一杯蹴っていました。ぼくは意地悪な気持ちになり「ここで遊んじゃだめだぞ、美子ちゃんが描いた輪なんだからな」と口まで出かかりました。
 でも、気づかずに夢中になって遊んでいるサルが急にかわいそうになって止めました。ぼくは何気なく足元の小石を拾うと、薄暗い夜空に放り投げました。すると、何か獲物と間違えたのでしょう、一匹の蝙蝠が投げ上げた石の方へすいっと寄ってきました。見上げると、焼け跡の半分に折れた煙突の辺りで、何匹もの蝙蝠が飛び回っていました。
 面白いことを思いつきました。雑草の陰に転がっていた細長い竹の棒を拾い上げ、それを空に向けてびゅんびゅん振ってみました。思った通り、蝙蝠は一匹二匹寄ってきました。いつの間にかサルは石蹴りを止めて、ぼくが竹の棒を振っているのをじっと見ていました。
 ぼくは本当は寂しくて堪らなかったし、家にも帰れなかったのです。
 手応えがありました。黒い塊が石ころのように落ちて行きました。すぐ見つかりました。どぶの脇の猫じゃらしの中で、ちちちちと微かな声が聞こえてきたからです。棒切れでつついて、よく見えるように草むらから放り出しました。屈んで、襤褸切れのような塊を小枝で広げると、羽根の間から小さな顔が出てきました。真っ黒な二つの目を怒らせて、白い鋭い歯を剥き出して、ちちちちと鳴いていました。うっかり指で触れたら食いつかれてしまうでしょう。
 「恐い顔してらあ」後ろでサルが恐ろしげに言いました。

緑の円盤と少年たち その②

2007-02-19 16:49:42 | 物語
 ぼくは、崩れた赤煉瓦で出来た戦車の中に入ってみました。どうして、これが戦車かと言うと、ちょうど天辺に登り詰めたところまで行くと、大きな釜のようなところがあって、柴田と二人でここに隠れて、小さな窓から鉄パイプを出すと、外から見れば戦車に見えたはずだからです。それに篠竹のアンテナには、襤褸切れがひらひらしていて、とっても格好がよかったのです。
 でも、たった一人で、こんなところにいるととても気味が悪い。この焼け跡でも沢山の人たちが、折り重なって焼け死んだと聞いたことがありました。木型屋のおじさんが、お風呂屋の焼け跡のコンクリートの流し場に、黒くなっているところは人間の油が染みこんだものだと教えてくれました。人間が焦げるときは油が沢山出るのでしょう。そんな気で見ると、この戦車の中にも死人の油が染みついているように思えてならないのです。ぼくは恐くなって赤煉瓦の戦車から急いで降りました。
 昼間、あんなに賑やかだった焼け跡は、泣きたくなるほど寂しいのです。

緑の円盤と少年たち その①

2007-02-18 12:14:35 | 物語
 がらんとした焼け跡に、ぼくはぽつんと立っていたのです。錆びたトタン板の丸まった切れ端が、からからと音を立てて風に吹かれていました。そんなに暗くはないのですが、この頃になると。一人帰り二人帰り、みんないなくなってしまうのです。
 ここにいるのが、ぼくは、本当は恐かったのです。
 焼け跡は夜になると、まったく違った連中に占領されてしまうのです。朝早く、木型屋のおじさんと散歩に出かけたとき、やつらがたむろして吸った煙草の吸い殻や散らかしたチューインガムの紙を見たことがあります。ここよりもずっと奥のモスリン工場の焼け跡の中でした。
 ぼくは本当に悲しくて堪らなかったし、家に帰ることも出来なかったのです。妹を虐めてとても叱られたのです。赤い紐を首に巻いた真っ黒な痩せ犬が、臆病そうな目つきで、ぼくを見上げると、屑鉄の陰に消えていきました。黒い犬というのは、目まで真っ黒なのですね。
 さっきまで柴田と一緒に遊んでいた戦車のところへ行ってみました。本物の戦車ではありません。いくら焼け跡だってそんなのはないのです。でも、兵器工場の焼け跡なら戦車だってあるかも知れないし、大砲だって機関銃だって見つかるかも知れない。
 戦前、ぼくの家だった東両国の焼け跡で、焼けただれ錆び付いた銃剣を見つけたことがありました。お父さんがそれを手にとって焼け残りの土台に何度も何度も打ち当てて、とうとう砕いてしまったのを覚えています。そうそう、柴田は本物のピストルの弾を持っているのです。焼け跡によく落ちている細く尖った薬莢の付いているのではなく、先っちょが丸まっていて、ずんぐりしたでぶっちょです。柴田のお父さんはお巡りさんだから、あれは本物に違いありません。

石垣島異聞 その③ 最終回

2007-02-17 05:23:15 | 物語

 今度は枕元のスタンドのシェードにさっきのと寸分違わないやつがこっちの様子を窺っているのだ。しかし、無性に眠い。やつの腹は私が眠りに落ちるやいなやすでに身狭となった巻貝の殻を見捨てて、私の耳の穴へもぐり込もうというのが目に見えている。しかし、眠い――。
 はっと気がつくと、迂闊にも眠っていた。へんな予感がして海辺の方を見ると大きなヤドカリが私の骸のようなグニャグニャしたものをずるずる引きずりながら、海へ帰って行こうとしていた。その早いこと、早いこと。自分の体を取り戻そうと焦るのだがベッドがむやみにきしるばかりで手も足も出ない――後味の悪いいやな夢であった。
 手元の腕時計を取ると、もう七時を過ぎている。
 カーテンを分け、アルミサッシのドアを開ける。カンバスの絵のような押し黙った海。ベランダにぽつねんと置かれた筒形のスタンドには海へ帰ったものか、ヤドカリの姿は杳として見当たらない。
 朝食の後、南国人らしく日焼けしたボーイに尋ねる。ヤドカリが部屋に入り込むことはままあるが、手のひらほどもあるのはいない。椰子蟹もいるが、椰子蟹には殻がついていないと言う。
 那覇に戻ってから石垣出身だというタクシーの運転手に聞くと、椰子蟹にも殻のあるやつもいると断言し「お客さん、手を出さなくて良かった」、椰子蟹のハサミは指でも切り落とすと脅かされた。

 ときに、私たちの旅行中に沖縄本島の北部で新種の鳥ヤンバルクイナが発見され、一瞬にせよ、日本中からの視線が南島に注がれていたのである。新聞解説にはハブの棲息地帯であったためにクイナにとって幸いであったとある。ハブとは案外南島の地霊なのかも知れない。
 ところで石垣のホテルの一室で眠り込んでいる内にヤドカリの怪物によって海へと持って行かれたグニャグニャしたものは、本当のところ私のなんであったのであろうか。

読書ノート その⑤

2007-02-16 05:47:28 | エッセイ

 後に、リコーテについては詳しくふれるとして、レコンキスタ以降のモーロ人への偏見と嫌悪は、スペイン全土を覆っていたはずで、セルバンテスが原作者にモーロ人を設定した意図がどうしても解けない。モーロ人がアラビア語でドン・キホーテの物語を書くという必然性が見えてこないのである。現実的にも、生粋のカトリック教徒で土地の郷士――小貴族――であるドン・キホーテと原作者の接点が見出せない。もちろん、すでに引用した訳者の文章のように、ありがちな記述上の技巧と割り切ってしまえば良いのだが、どうにも納得できないでいる。

(なお、この読書ノートは、ドン・キホーテ論のための草稿であり、今後も、アトランダムに気ままに進めていきたい。)

石垣島異聞 その②

2007-02-16 05:12:19 | 物語

 到着したコテージ風平屋建てホテルは新婚向きに、全館バス・トイレ付きになっていて、ホール・ロビー・食堂から売店に至るまで赤いキャンドルが灯るばかりの薄暗さであった。これをあるいはロマンチックなムードと言うのかも知れない。浜辺へもプールへも、どの部屋からも直行できるように設計されていて夏はどんなに賑わいだことであろう。
 食事を済ませて自室に戻り、さて読書でもしようかと見回すと、スタンドが部屋のベランダに面した角に一つと、化粧机に一つ、ベッド脇に一つあるだけでどれも字か読めるほどの明るさはない。おまけに那覇のホテルに他の荷物と一緒に眼鏡を預けてきたものだから、度付きサングラスしかないのである。もっとも新婚で読書にうつつを抜かす者はいまいから、取り立てて苦情はないのかも知れない。
 この旅行の企画者であり主催者である妻はクロークで新婚と間違えられたとうれしげに言う。彼女が沖縄の離島行きを選んだのは、竹富島での星砂捜しが目的であってみると、十八年間共働きを続けた妻の少女っぽいロマンチズムがけなげに思える。
 そうそうにベッドに横になって少々のワインにうとうとしていると、部屋のドア口の方でかさこそ物音がする。はじめは隣室の新婚さんがバス室でヒゲでも剃る音かと思えたが、すでにナイトデスクの時計は十二時を廻っている。ゴキブリにしては音が大きいし、ネズミなら普段食物のない部屋にいるのがふに落ちない。次第に気味悪い考えに傾き、夜行性というハブではないかとか、ヨナクニサンのような大きな昆虫の一種かとも思えた。かなり足が速いらしく物音は海辺へ面する窓側へ移っていた。
 枕元のスタンドを点けて音のする方を見る、と、カーテン脇の筒形のスタンドのシェードになにやら手のひらほどの黒いものが貼りついている。巨大な蜘蛛あるいはサソリのようにも見える。おそる、おそるベッドを離れ、筒形スタンドにスイッチを入れる、土産物店で売っているような大きな巻貝から剛毛の生えた小指ほどの黒い爪がいくつかはみ出ている。ヤドカリの大きなやつだと自分に言い聞かせる。
 及び腰で手を延ばしてスタンドの筒の上を持って、そのままドアを開けて、外のベランダへつまみ出した。しっかりサッシの鍵をかけて、ようやく、ほっとしてベッドに戻りうつらうつらする。

石垣島異聞 その①

2007-02-15 06:06:49 | 物語

 エメラルドグリーンの海が広がる白茶けた珊瑚白砂の浜辺に建てられた近代的なリゾートホテルは夕日に映え、それなりに美しかった。
 パッケージ化された観光旅行に組み込まれての島内一周観光バスとは言え、南島の自然と生活について旅行会社のチラシほどの知識もなく、徳利椰子の並木がそよぐ空港に飛来した者にとってやはり有難い。
 戦前にはついに撲滅することのなかったマラリアと今でも一匹五千円で市役所が買い取ってくれるというハブの咬害、加えて毎年猛威をふるう暴風雨によって入植と廃村の繰り返しの苦闘を強いられ、今日サトウキビとパイナップル栽培に活路を切り開こうとする島民の日常は当然厳しいものだろう。
 バスガイド孃が安里屋ユンタを歌った後、話してくれた明和の大津波――島民のほぼ半数に当たる六千人もの人々が海にさらわれたという。
 さらに人頭税による島津の過酷な収奪――一説によれば幕末史における薩摩の勇躍は南島支配による経済的な基盤にあったとか。
 ブーゲンビリアとハイビスカスの花が乱れ咲き、アゲハに似た彩色の蝶が飛び交う南国の日差しは珊瑚白砂の大地を陽気に照りつけ、水牛はのんびりと泥浴びしていた。
 本土復帰後、高度成長政策という明和の大津波に匹敵する大きなうねりが日本最南端の市――石垣島は全島一つの市である――にも押し寄せて、汚れを知らない海とゆかしい守礼の風俗と引き換えに道路整備と観光開発によって様相は一変しようとしている。
 黒真珠養殖の川平湾の心臓にはコカコーラの空き瓶の破片が突き刺さり、竹富島の星砂の浜にはヤクルトのプラスチック容器が浜風にからからと音を立てていた。
 だが、現金収入が確実な観光客目当ての自動販売機一台の設置より、三メートルにも達する一本から茶さじ数杯の砂糖しか採れないサトウキビ栽培の選択を浮かれた観光客の誰が薦められよう。