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日記・物語・エッセイ・感想その他

緑の円盤と少年たち その⑪

2007-02-28 09:49:40 | 物語
 ――さあ、みんな、ここにはスパイなんかいない。みんな仲間だ。
 ――ホンダくん、君からもう一度話してくれよ。今晩はそのために集まったのだからね。
 ホンダと呼ばれた五年生くらいの、真っ黒な目をビー玉のようにきらきら光らせた子が口を開きました。
 ――昨日、円盤を見たんだ。緑色に光ったレンズ形の円盤を見たんだ。それが化学工場の焼け跡の向こうにすうーっと墜ちて行ったんだ。
 ――ぼくも見た。ホンダくんの言うとおりだ。でも、それを見たときとてもうれしかった。緑の円盤がぼく達を呼んでいるように思えた。
 ――そう、ぼくも緑の光が墜ちていくのを見た。凄くうれしくて、おかしくて、そしてちょっと悲しかった。
 ――他に見た者は。
 ――そうか。三人が見ているのだね。化学工場の先だとすると川向こうと言うことになる。
 ――探検に行こう。
 ――あそこは危険だ。グンテツのやつらの縄張りだ。
 ――それに中川を渡らなければ行けない。
 ――ぼくは泳げない。
 ――ぼくは泳げるよ。五十メートルぐらいだろ。
 ――だめ、だめ。みんなが行かれなければ。
 ――川を渡るのは無理だ。

モンテシーノスの夢

2007-02-28 06:49:29 | 感想その他
繚乱の花々 芳醇の香り漂う
草原に目覚めた 我らが甲冑の騎士
ふと見上げれば
壮麗の水晶宮 妖しく聳え
厨子の扉 開くがごと 音もなく
老モンテシーノス 下り来たりぬ

招き入れられるまま
ドン・キホーテ 踏み入れば
鏡の広間 瑠璃絢爛の装飾限りなく
高き丸天井を覆い尽くす
小暗き真下 大理石の柩ありき
荘厳に横たわれるは 鎖帷子の英雄
騎士ドーランデルテの骸とぞ
老爺 涙ながらに語りぬ
その昔、ロンセスバーリェスの戦いに
倒れし騎士 いまわの際
親友モンテシーノスに語りて曰く
己が胸 かっ開き心の臓を抉り出し
思い姫ベレルマ殿へ届けよと
誓約堅く承り
滞りなく果たせども――。

その時
身の毛もよだつ 呻き声
骸のうちより 起こりぬ
続けて大音声
「モンテシーノス殿!
わが心の臓にとどめを刺し
かっ切り、ベレルマ殿へ捧げよ」
老爺の面 些か陰れども
豪胆無比のドン・キホーテ 
毅然として少しもたじろがず
折も折
玻璃回廊を黒衣の葬列
しずしずと通り行く
しんがりに行列の主と思わしき女 
両手に乾涸らびた心の臓を捧げ持ち
沈痛の面持ちにて
巡り去りぬ
その醜きこと 小鬼のごとし
老爺 続けて語りぬ
かの醜女こそ 英雄の思い姫
ベレルマ姫なりと
ことごとく 魔法使い
メルリンのなせる術
高名十方世界に轟く無双の騎士よ
この呪い解かれかし
至りて 遍歴の騎士ドン・キホーテ
百姓女に変身させられし
己が思い姫ドルシネアを偲びぬ

   *
はっとして目が覚めた。
遅刻だ
時計はすでに七時を過ぎている
瞬時にして
言い訳を考える
居直りを考える
電話休暇を考える
はっとして気がついた
定年退職して
すでに十年
情けなき 贋ドン・キホーテ
隣のベッドで高いびきは
幸か不幸か
変身させられたままの思い姫
繰り返されるいつもの夢