<西部邁師の論(36)。民主主義という「多数性。」を絶対の価値基準とする時代>
17世紀末から18世紀初めにかけて、活躍した、ジョヴァンニ・ヴィーコが、カルテジアンを「全てを単純化する、恐ろしい人たち。」と批評したことが、思い起こされます。
( カルテジアンとは、「科学によって、歴史までをも、説明しようとした。」、ルネ・デカルトの徒のことを指します )
それから300年余、このウルトラ・モダンの時代では、単純模型の大量流行を恐ろしいと思うものたちは、「近代に反逆する、変な人たち。」として、一蹴される始末になっております。
もちろん、近代化を、模型化、流行化とみなして、それに逆らうべく、「近代の超克。」を訴えた人々の群れというものは、ありはします。
しかし、それの企ての多くは、前世紀末のポストモダン(後近代)の思想運動が、そうであったように、ウルトラ・モダニズムの『変種』として片づけられたのでした。
つまり、「差異化された、意見。」は、すぐさま「モデル化。」されて、次に、それが、『商品』にされて、市場で売りだされるといった、転末になりました。
それもそのはず、それらのポストモダンの試みのほとんどが、自由という近代における、理念のモデルを、なお一層普及させよう、といった類のものだったのです。
ひとり、保守思想の系譜だけが、近代に真っ向から歯向かってきたといえるでしょう…。
その思想は、「モデルのモード。」の中に、人間性の「完成と無謬。」を夢みる、近代人の傲慢を看て取っていたのです。
しかし、その思想は、ますます、少量の現象となっていきました。
民主主義という「多数性。」(ブルラルティ)を、絶対の価値基準とする時代にあっては、「大量化。」は、どんなものであれ、物事の「単純化。」、「模型化。」、そして、「流行化。」の帰結にすぎぬと、唱える者たちに、出番を設(しつら)えられることは、絶対にありえないのです。
出番があるとしたら、その大多数性が、デッドロックに乗り上げ、それゆえ、多数者が、その思考と行動を停止するときでしょう。
単純模型の大流行は、物財においてのみ、生じるのではないのです。
物財それ自体が、技術の産物で、技術は、システム化された精神の産物なのです。
モデル化を、支えるものとしての、「システミズム。」(体系主義)、それこそが、近代化精神の『本質』だといえましょう。
単純なイメージや、プランのための単純な言葉が、大量に出回るのです。
「自由・平等・友愛、改革・革新・革命、人権・人類・生命・平和。」など、単純きわまる、空疎な言葉で、地球は覆い尽くされております。
それを如実に、表現しているのが、マスコミュニケーション(大量情報伝達)の現状であることは、良く知られています。
いえ、「マスコミ。」には、限られません。
「インターネット。」やらを通じる、双方向の意志伝達においても、誹謗中傷や宣伝広告の文句を始めとして、「単純情報。」が、飛び交っているといってよいでしょう。
「軽少短薄。」は、単に、物財の様式に見られるだけでなく、その物財に伴う、「情報の特性。」でもあります。