黒鉄重工

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北陸project ~Hokuriku Master Side M. その3【2018/4/28~5/3】

2021-01-19 20:43:13 | 旅行・イベント記
2018年4月28日(土)7時30分
富山県中新川郡立山町 黒部湖駅
立山黒部アルペンルートの第3区間「黒部ケーブルカー」の麓側の駅「黒部湖駅」に来ました。
この黒部ケーブルカーから反対側の立山ケーブルカーまでは、立山黒部貫光という会社が運営しています。非常に特殊な立地で運営している交通機関ですが実は民間企業。


さっきの関電トンネルはダム建設時の資材搬入路を転用した形で観光道路になっていますが、このケーブルカーは建設時から純粋に観光用として敷設されたものです。だからでしょうが、隧道の断面が道路用とは異なっています。
アルペンルートははじめ全線自動車道で建設する動きもありましたが、環境保護団体の反対があってそれは止めになって今の乗り物を乗り継ぐ形になったそうな。
自動車道だったらバス移動になるでしょうから、今の方式と比べると比較的味気ないでしょう。おそらく自家用車は通行禁止になるでしょうし。


通り抜け切符を見せて乗り場へ。地下ホームです。地下鉄です。全線地下のケーブルカーって他で聞いたこと無いな。
隧道を掘ったのは、雪害対策ですね。環境保護の側面もあるでしょうが。


第6走者:立山黒部貫光黒部ケーブルカー(コ11号)黒部湖7:50→黒部平7:55
では乗ります。なおトロリーバスでは立ち乗りさせられるほどいた乗客は黒部湖の時点で半分程度に減っていました。アルペンルートのハイライトは黒部ダムなのでそこで引き返す人が多いようです。他には、山に挑んでいったツワモノも少しいるでしょう。
車両のコ11は開業時から走っている典型的ケーブルカーです。パンタグラフが可愛いし正面の金太郎塗りがイカします。形式の「コ」の意味するところは一見分からないんですが、たぶん客車の重量区分(<22.5t)だと思います。これの重量は9.06t。



乗客が少ないおかげで前面展望を確保できました。
なんだか先へ進むにつれて勾配が急になっているような気がしますが・・・。最大勾配は587‰っていうインフレ数値です。
しかしこんな急勾配の隧道を掘るの大変だったろうなぁ。麓側から掘るしか無いと思いますが。


製造銘板を見つけました。1969(昭和44)年汽車製造(汽車会社)製でした。汽車製造末期の製造ですね。


7時50分、黒部湖駅を出発。隧道を貫いていきます。車窓いっぱいに広がるは灰色のコンクリートですが、これはこれで格別。


中間地点で山頂側の車両とすれ違い。


ものの5分で山頂側の黒部平駅へ到着。定期のランプが点いていますが、臨時列車も走るのですか。たしかに、運転間隔は20分で片道5分で着きますから、運転間隔を10分に縮めることはできますね。


降ります。客が減ったと言っても乗り物の容量も減っているので車内は満席です。


なんだかだんだん乗客のツワモノ率が高くなっている気がしますが。一方我々、酔狂なただの通りすがりです。


黒部平駅には拠点あり。これは駅そばの範疇に入るのでしょうか。
どうでもいいですが鴨居の上に掛けてある液晶画面は、2010年代後半から出現してきたアイテムで、後々撮影年代不明の写真の撮影時期を絞る手がかりになりそうですねぇ。


トンネルを抜けると雪国であった。雪国っていうか雪山。冬じゃん。
いやぁこんな山深い雪深いところに足を踏み入れるなんて登山家どもでないとできないですから、アルペンルート様様です。しかしただの通りすがりの我々、装備が弱く寒いのですぐに屋内へ撤収。



朝飯を食わせろと駄々をこね、今の黒部そばでわさびコロッケそばをば。高地で食べる蕎麦はうまいな。


黒部平駅はただの中間地点なのでとっとと次に行きます。次は立山ロープウェイに乗ります。今度は山を渡りながら登っていく感じでロープウェイです。


うわぁー、支柱がないですね、これ。ワンスパンというやつですか。これも雪害対策でしょうねぇ。


ロープウェイの籠がやって来ました。2012(平成24)年導入の3代目です。
ロープウェイの奥に見えるのがあの立山です。たぶん。


第7走者:立山黒部貫光立山ロープウェイ 黒部平8:10→大観峰8:17 ※5分延
アルペンルートの第4区間。では乗ります。なお遅れて運行していました。通勤ラッシュかな?


出発です。はい絶景とばかりに真っ白な景色が見えます。空も澄んでいるし、いい眺めだな。


黒部湖も見えました。手前側が下流です。いや、登ってきましたねぇ。何も労せずここまで登ってきた。


雪の表面に幾条もの筋が通っています。たぶん水流の流れ。雪解けが始まっているということでしょうなあ。


着きました。山頂側から見るとめちゃくちゃ登ってきたんだなって。


ここは大観峰駅です。標高2,316m。


積雪がえげつないんだろうなぁと思わせるクソ頑丈そうな造り。これ冬場は雪が吹き込んできて乗り場が埋まってしまわないんだろうか。

というところで今日はここまで。


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東南project ~God’s Blessing on This Wonderful Singapore! その32【2018/2/9~13】

2021-01-16 23:15:48 | 海外旅行記
2018年2月13日(月)11時27分
シンガポール Bigg Boss Bistro
まだインド人街。少し早いですがお昼ごはんです。インドカレーです。カレーは昨日も食べたんですけど、実は羊肉カレーを食べたかったのに昨日の店にはそれが無かったので、ここでリベンジ。ちゃんと羊肉カレーがあるのを確認してから注文しました。
出てきたのは、バナナの葉の上にカレー2種類、ご飯、付け合せ、ナンのなり損ないみたいなものが全部乗っかったもの。これはインドっぽくていいね。素手で食べるのはアレでしたのでスプーン使いましたけど。
羊肉カレーはインドカレー屋に行けばいつでも食べられるものでもないので、今回食べられて満足です。


インド人街を抜けてアラブ人街へ向かって歩きます。途中に雑貨屋があって、そこでCDがワゴンセールにされていたのでお土産に数枚選んで買っていきました。
試聴みたいな気の利いたものはないので完全にジャケ買いです。ガネーシャがやたらジャケットに描かれていたやつを選びました。帰国後に聞いてみましたが、これがインド音楽・・・というインドらしいような曲でした。カレー屋で流れているようなそんな感じ。


同日12時7分
シンガポール カンポン・グラム
アラブ人街の「カンポン・グラム」へ辿り着きました。すげー目立つ建物がありますが、きっとモスクでしょうねぇ。こっちは裏側ですが。


意地でも日向に出たくないのか?


アラビア建築もよく知らないですので書くこともないんですが、歩いている人はイスラム教徒みたいな格好が目立ちます。幹線道路ひとつ隔てて国が変わってしまったような、そんな不思議な感じ。


あらびあ~ん。日が暮れるとまさにアラビアンナイトなのでしょうな。
奥に見えるのがアラブ人街のランドマーク「サルタン・モスク」です。


I S O   9 0 0 1 !!
唐突なISO9001!SO認証取得しているモスクというか教会は初めて見たんだけど・・・。
なおISO9001は、一貫した製品・サービスの提供、顧客満足の向上を狙った企画です。まあ、間違っちゃいないか・・・?

異教徒や無宗教者でも中の見学ができるんですが、運悪く今は昼休みで入ることが出来ず。せっかくなんで、少ししてからまた戻ってきますか。


裏路地ですが、ここもひと気がないんです。やっぱり夕方以降に人が活発になるのではなかろうか。


表通りは昼間も活動する観光客向けの店舗が並んでいるので、それなりの活気がありました。


低層階の建物が並びつつも奥には高層公共団地が見えるのはシンガポール独特の景色なのだろうか。他の東南アジア国家に取材班は向かわなければなりません。


いいですね。

モスクが再開するまでの暇つぶしを考えたところ、先に例のオエーするライオンを見に行くことにしました。
地下鉄のブギス駅 (Bugis) からイーストウェスト線に乗ってラッフルズ・プレース駅 (Raffles Place) で下車。


同日13時2分
シンガポール ダウンタウンコア
地下鉄を降りて地上へ出るとそこはダウンタウンコア、つまりシンガポールの中心地、都心です。高層ビルが立ち並びます。
ちょうど昼休み時なのか、スーツ姿のビジネスマンがやたらうろついています。顔つきからしてどいつもこいつもワイより遥かに年収高そうなやり手です。すげえ、生きてる世界が違うな。地下鉄で数駅だけで生活レベルがガラリと変わった。


なんか場違い感を感じたので早々にココからは撤収。見るもの無いしね。


片方のビルの座標がバグってもう片方に埋まり込んでいるビル。
おもしろビルディングコンテストシンガポール大会会場はここですか。しかしドバイには敵わないなぁ。


鳥の銅像。黒鉄重工コードネームはもこにゅ先生(内輪ネタ)


シンガポールの内海、マリーナ湾へ。せいぜい運河レベルですし橋もあんなに低いところに架けられては、観光舟が航行するだけのほぼ飾りのような水路ですね。しかしこういう憩いの場所的なものは都市計画には必要不可欠でしょうな。


めっちゃ親近感のある自販機・・・。中古でしょうけど、なんでもいいのか。
それにしても、生搾りオレンジジュース自販機といい、自販機が置いてあるということはやはり治安は良い方なんですかね。


表記類日本語のまんまなんかーい。販売中と売切のランプもそのままだし。


あれがビルの上に船が乗っかっているとよく形容されるマリーナベイサンズ!
この建物が後にコナンの映画の餌食になるとはこの時は思いもよらないのであった(最後の倒壊の仕方はそうはならんやろと思いますがアクション映画なのでヨシ)


おもしろビルコンテストNo.2。


コナンの映画の序盤、たしかここらへんでしたよねぇ。


3棟とも微妙に形が違うのか・・・。

というところで今日はここまで。


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東南project ~God’s Blessing on This Wonderful Singapore! その31【2018/2/9~13】

2021-01-14 23:20:30 | 海外旅行記
2018年2月13日(月)8時0分
シンガポール ハイロード・ロード・フード&マーケット・センター
シンガポール旅行4日目の朝です。今日はもう帰国日ですが、帰りの飛行機は深夜に出発するので丸一日現地で過ごすことが出来ます。
とりあえずまずは朝飯にしましょうか。いつも通り、ホテルの近くにあるホーカーズで食べることにします。初めて行った時にも書きましたが、たくさんの店が集合しているので観光旅行程度なら飯の種類が被ることはなく、ここ一箇所で済んでしまうのが楽ちんで良いです。


ここも3日目になると店の看板も記録しなくなってしまい、もはや料理名は分からんですが、東南アジア的麺料理です。酸っぱ辛いやつで朝飯には少し刺激があるかもしれなかったですが美味いのでヨシ。麺はもうきしめんです。
飲み物は謎のフルーツジュース。甘い系です。


ホーカーズの前にあるバス停の時刻表をちょっと眺めてみます。情報量が多い。


停留所に停まるバスの全ての系統ごとに路線図と時刻表が明記されています。停留所名が全て書かれているのはありがたいですね。
時刻表は運転間隔が書かれている簡素なものですがこの系統は概ね10~17分/本なのでわざわざ全便の時刻表を書かなくてもよさそうです。あとは、始発と最終バスの時刻も書かれています。


運賃表も停留所に明記されています。ちょっと運賃体系が複雑な気がしますし金額も刻み過ぎな気がしますが、乗る前に運賃を確認できるのは良いですね。

この後はホテルの部屋に戻ってチェックアウトの身支度と今日の行動予定の立案です。エアショーで興味を持ったのでシンガポール空軍の博物館でも行こうと思いましたが、なんと月曜日は休館日・・・。再履修課題ができてしまいました。
仕方ないので、地球の歩き方とにらめっこしてシンガポールの街歩きをすることにしました。
となると荷物の入ったスーツケースは街歩きの邪魔になるので、スーツケースはホテルのフロントで預かってもらい身軽で街に繰り出し、最後空港へ向かう途中に立ち寄ってスーツケースを回収することにしました。
ここまでに1時間くらい使ってしまいました。適当に過ごせばいいや~とだらけながら動いていましたが、ちょっともったいなかったかも。


ホテルから歩いて地下鉄のMRTのパヤ・レバ駅 (Paya Lebar) へ行って、そこから地下鉄サークル線に乗車。初日に買った公共交通機関乗り放題切符は今日まで有効です。ガンガン使って元を取っていこう。
写真はパヤ・レバ駅サークル線ホーム。なんだか21世紀に千里中央駅を建てたらこんな感じになるんだろなという構造でした。

セラングーン駅でノースイースト線に乗り換え、リトルインディア駅 (Little India) で下車します。
駅はスクリーン式ホームドアで電車の撮影は不可能ですから撮っていませぬ。鉄オタに厳しい。


路線バスの撮影をもうちょいまともにやっておこうと思い、駅を出たところで適当な道路で撮影。
これはタワートランジットのメルセデス・ベンツ・シターロO530の#66 Jurong East- Bedock。


SMRT MAN・NL323F #67Tampines。


タワー ボルボ・B9TLオリンピアン #48 Marine Parade Rd.。二階建てバスはかなり見かけます。


SBSトランジット ボルボ・B9TLオリンピアン #166 Clementi Int.。


SBS スカニア・K230UB。

といった感じの5分間でした。まあまあ収穫できたかな。


降りた駅がリトルインディアから察せるとおり、ここ一帯はインド人街です。インドは行ったこと無いのでここでインド気分を味わうのだ。


大通り。
国土は狭いですが道路の使い方は余裕ありんぬ、という印象。象の置物があるところがインドっぽい。旧正月が近いのも関係しているかも。


インド人街をぶらついて良さげな景色の写真を撮っていきます。考えなしだったので、インド人街に行ったらココ!という寺院を見逃してしまいました。通ったら素通りるすのはムリなお姿をしているので、その通りを歩かなかったんでしょうね・・・。


赤シャツのおっちゃんの後ろに置いてあるオレンジジュース専用自販機。オレンジジュース専用ってなんじゃそりゃってあれですが、これはオレンジの果実を丸絞りしてジュールにする機械が入っています。つまり搾りたてストレート果汁オレンジジュースが飲めるということ。たしか、中国か台湾に同じような自販機があったはずなので、それを輸入してきたというところでしょう。
ものの試しで買ってみようか迷いましたが、そうせバズらんしな...ゴミ持ち歩くのも面倒だし...と思いパス。容器の口が自動的にシーリングされたりバーコード決済対応だったり、割と高性能らしいですけどね。


地元民が歩いてそうな通り。もうすぐ11時という時刻ですが、シャッター街です。
これ、寂れているんじゃなくて、ここの客層は夕方以降に活動するので昼間は店を閉じているんじゃないかと思います。昼間はクソ暑いから外に出たくないでござるという引きこもり的思考。ここより数段暑かったドバイがそんな感じでした。


路地裏。あんまりこういうところうろついているとヤバそうなので交差点から眺めるだけにしておきます。


やはりインド系の建築様式なのだろうか?中国大陸っぽくはないですね。


スパ的な店が並んでいる通り。隠語じゃなかろうな。


食い物屋通り。食堂はぼちぼちランチ営業を始めようかね、というところ多し。
ちなみにシンガポールでは自動車に高い税金が掛けられていて、所持に制限がかかっている状態。一般市民には中古ですら手に入れるのが大変らしい。新車の自家用車をもっているやつはだいたい金持ちと見て良いです。
左側通行の国だからか、日本車がやけに多いです。商用バンは大正義ハイエースがほとんど...。日本からやってきた中古車とかも多いんだろうな。


キリスト教の協会ですか。インドにもキリスト教徒はいるっちゃいるけど、少数派なので、インド人街にこれがあるのは意外。


この通りは宝石店とか両替店とか、金融系の通り?インド人街と言ってもなにもカレー屋とかヨガ教室とかばかりではなくて、ここだけで独立した街になっとりますな。
それにしても低層建物がいくつも建っている街、いいですねぇ。日本だと江戸時代の保存宿場町か地方のシャッター商店街くらいなものです。とはいえこれも目抜き通り1本だけですから、ここのように重層的に建っているのは面白いです。


建物は異国なのに路駐している自動車は日本車ばかりなので、目がバグりますがな。


貸店舗を4段くらいぶちぬいていそうな店。最安値を名乗る宝石屋ですが、絶対用が無いので素通り。


路地裏。うんうん、これでないと。

というところで今日はここまで。


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北陸project ~Hokuriku Master Side M. その2【2018/4/28~5/3】

2021-01-11 22:56:19 | 旅行・イベント記
立山黒部アルペンルートの第1走者関電トンネルトロリーバスに立ち乗りして、黒部ダム駅へ着きました。ここに降り立った時、そこはもう赤沢岳を超えて・・・というか潜って富山県です。
バスのモーターはVVVFインバータ制御だったので、それの音が聞こえてくるのはやはり不思議な感じです。


駅の端っこ。トロリーバスは基本的にバック運転を想定していないので、駅は一方通行のループ状になっています。
路線終端がループ状になっているのは、バスはもちろん鉄道でも日本では珍しい構造じゃないかと思いますが、よく調べていないので分かりません。バスターミナルがループ状になっているのはよく見ますけどね。鉄道だと今は亡きトゥーンタウンの路面電車がそれでしたね。


最後に300形のお顔を見てお別れ。1993(平成5)年製ですが、当時のどのバスメーカーの車両にも似ていない変な車体をしています。後で調べてみると、大阪車輌工業製なのだそうな。なるほどそれでか。ここは特殊車両や鉄道車両の改造を主にやっているのだそうで。

いつまでも乗り場に留まっていれるような雰囲気じゃなかったのでそそくさと退散。これでトロリーバスとはお別れですが、最終運行年の各種企画が盛り上がったおかげなのか車両保存の機運が高まって、1台扇沢に保存されることになったのでまた会いに行くことは出来にけり。


階段を登って外に出ると姿を現しました、黒部ダムです。よく黒四ダムと呼ばれますけど、黒部川第四発電所から取られていて、黒部第四ダムではないのだ。私未だに時々間違えてしまいますが。
実はここに来るのは2度目。初回はもう何年前かは定かではないですが、家族旅行で白馬へ行った時に寄りました。ただしこんなにまだ雪が残っている季節じゃないですしこんなに朝早い時間でもなかったです。いやこれは寒いです。


黒部湖です。水深めっちゃ深そうなんですよね・・・。
ここにダムが建てられたのは豊富な水量と発電時の高低差の高さからなのはご存知の通りですが、このような富山県の奥の奥によく目を付けられたと思いにけり。


堰堤の上は道路になっていて、ここを歩いて渡ってアルペンルートは続いていくのじゃ。道路の上のゴマ粒みたいなのが人間なので、クソデカイダムだなとなるわけです。

堰堤の上を歩くと分かりますが、ダムはW字のように折れ曲がっています。これは、堰堤の中央部の弧を描いている部分がアーチ式ダム、両端の折れ曲がって直線状になっているのが重力式ダム、というふうに2種類の方式のハイブリッドだから。専門用語だとコンバインダムと呼ぶのだそうな。
アーチ式ダムはダム湖の水圧を堰堤ではなく両岸の山に負担させます。水圧を堰堤で負担する重力式ダムに比べてコンクリートの使用量を少なくすることが出来にけり。未開の地で物資搬入がえらく大変な黒部ダム建設では特に適した工法でした。ただし両岸には水圧に耐えるだけのとても強固な岩盤が必須条件です。
しかし、黒部ダムの両岸の山は水圧に耐えられないことが分かりました。黒部ダムは初めはアーチ式ダムでやるつもりでしたが、これじゃだめなので端だけは重力式にして耐圧と資材量の低減を両立したのでした・・・と、前に流れていたブラタモリでやっていました。


黒部ダム周辺の模型です。右側が下流です。
ダム自体は水を貯めるだけで、肝心の発電所は10kmくらい下流にあります。右端に第四発電所の文字がありにけり。これだと見にくいけどね・・・。ダム湖から発電所まではダム湖に導水路を開けて水を通しています。ダム湖から発電所までの落差は545mあります。これが水力発電日本第4位の最大発電量33.5万kwを出します。


遥か向こう北アルプスを見てみる。いや普通に雪山ですがな。しかしこの雪が少しずつ融けていくので、黒部川は通年に渡って安定した水量を保っているんだそうな。


陽向と日陰の境界。これは朝でないと見れぬな。


こんな朝から出店があります。きっと住み込みで働いているのだろう。ご苦労さまです。


単にデカイと言うより、厚くて背が高いダムですな。これは本当にたまげる。


これは建設時に使った機材ですね。


黒部ダムの堰堤のコンクリートを運搬するためのコンクリートパケットです。たぶん流し込んで固まったものを入れて運んでいたと思われ。


パケットを上から吊り下げるためのフックです。


作業用の穴でしょうなあ。


少し下の階層へ降りてみます。堤高186mは日本一の高さです。天端とほぼ同じ高さですかね。
天端の下には10門の洪水吐がありにけり。これは単純に溢れただけ流れ出るだけの自然式です。あとは、ハウエルバンガーバルブが高・中・低水位用に設けられています。有名な観光放水はこのハウエルバンガーバルブから流れ出ているものです。
観光放水はせっかくダム湖に貯めた水を発電せずにただ下流に捨てるだけで無駄でしかないんですが、だから”観光”と但書のように呼ばれとるんでしょうな。
まだシーズン開始直後のこの時期は観光放水をしないので、今はただ静かな黒部ダム。ちなみに以前訪れた時も観光放水は見ていません。この先3度目の訪問があるとすれば観光放水を見ておきたいものです。


ダム直下。川の水は流れているっぽいですが、どこから出ているのかよく分からん。


謎構造物。建設時に使っていたものでしょうかねぇ。遺跡みたいだ。
後で調べてみたら、ケーブルクレーンの基礎だったものでした。ケーブルクレーンは黒部川両岸に跨って架けられていたので、対岸にも同様の基礎があります。しかし地面からの高さは右岸の方が高く迫力が大きいので、よく写真に撮られるのはこっちのようです。
この基礎は軌道状になっていて、この写真から見ると左右方向にクレーンを動かすことができるのだそうな。さっき見たコンクリートパケットはこのケーブルクレーンから吊り下げられて、コンクリートをダムに降ろしていました。


そいでは、堰堤の天端を歩いて渡ります。ダム湖の貯水率はまあまあありそうです。


日陰だから寒い・・・。
川を渡るというより山を渡るという言葉がふさわしい威容を感じさせます。


奥の山に左岸側のケーブルクレーン基礎があります。


水力発電、なんだかんだ周辺の環境を激変させてしまうので他の発電方式と比べて目に見えて環境破壊が大きいんですが、それでもこの黒部湖と北アルプスの取り合わせは美しいなぁ、とこぼしてしまいます。


ダムの左岸は堰堤の天端からすぐに地下へ潜ります。以前訪れた時は黒部ダムの天端を歩いて引き返したので、この坑口からは未踏の領域となります。


黒部湖の巡視船(?)のしらとり丸が陸に揚げられていて坑道内に置かれていました。冬季はこの中で冬眠しているんですね。これからまたダム湖に戻るのかな?

というところで今日はここまで。


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北陸project ~Hokuriku Master Side M. その1【2018/4/28~5/3】

2021-01-10 22:19:34 | 旅行・イベント記
Side MのMは松任のM(超適当)

新シリーズ、2018年のゴールデンウィークの旅行です。北陸等に行きます。今回は実質6日間連続で行くので、まあまあ長丁場です。
では早速始めましょうか。


2018年4月27日(金)21時20分
静岡県静岡市葵区 JR静岡駅
今旅行は28日から開始ですが、実際はその前日から移動開始します。お察しの通り、夜間移動というわけです。そういうわけでまずは静岡駅へ。
初っ端から余談というかボヤキですが、この頃から構内にはリニア新幹線の自社広告がデンと突っ立っています(今もしぶとく突っ立っている)。リニアが通ると便利になるんやでとか通過県にも恩恵あるんやでだからとっとと着工させろやとか書いてありますね。
ひかりとこだまも増えるとか書いてありますけど、リニア全線開通後も現行の運転本数が維持されるとは思えんのですが。のぞみの大部分はリニアに転移するだろうし、東海道新幹線の路盤の保全の観点から運転本数は今よりだいぶ減らされるんじゃないかなーと思います。
ひかり、こだまが増えるにしてもそのイメージ図にはならんやろ・・・というのが私の予想です。ちょっとバカにしすぎでは・・・。


第1走者:東海道新幹線「ひかり」522号東京行(N700系)静岡21:41→品川22:35
広告見てアホくさとか思いながら新幹線ホームへ。正直なところ、のぞみは停めんでいいからひかりをもう1本停めるだけで十分だと思うんですけどね。
まずは「ひかり」で東京へ行きます。


品川駅乗り換え。



第2走者:JR山手線外回り(E231系)品川→新宿
山手線に乗り換えます。今日の山手線くじはE231系でした。


新宿駅で下車。一度改札口を出て、先に待ち構えていたZBSを連行、再び改札口を通り中央線特急ホームへ。金曜日の夜、中央線特急ホームとくれば、あとは分かるな?


いた。あいつです。そうです、ムーンライト信州です。
189系はもう風前の灯でしたから、軽い人だかりができています。


ちょっとそこのリュック男邪魔💢
回送幕でやってきたので、到着後に幕回しです。特急「あさま」です。
そういえば引退前にリバイバル「あさま」等の運転はついぞしなかったですね。まあ仕方ないね。


快速「アルプス」。


第3走者:JR中央本線・大糸線快速「ムーンライト信州」81号白馬行(189系)新宿23:54→信濃大町5:11
今夜はこれに乗って寝泊まりします。ムーンライト信州に乗るのは4年ぶり3度目。そしてこれが最後になるだろう、という気はしていました。翌年からは運転されていませんから、ギリギリセーフでした。



ホームは撮り鉄が多くて騒がしいのでとっとと車内に入ります。189系に乗るのもこれが最後になりました。
今回、珍しく普通乗車券で乗っています。18切符期間外だからだと思いますが、車内はさほど混雑していませんでしたね。乗客の大半は、この列車の想定する本来の利用客である登山者です。いや、今回は我々もその範疇に入っているのですが、荷物が軽装過ぎる・・・。
発車後はどうにかして眠りにつきました。途中大月か甲府で起きかけましたが無理やり眠りました。


それでも岡谷あたりで目が覚めてしまい塩尻駅へ。塩尻駅では停車時間が少し長いので、外に出て189系の編成写真を撮っておきました。やはりあさま色は秀逸な塗装です。
あとこの塩尻駅の真中のホーム、ホーム上にぶどうの樹が植わっているんだな、さすが塩尻だなー。


塩尻を出たらもう一眠りして、信濃大町駅へ到着しました。夜が明けたばかりの高地、外は寒いです。


山男たちが続々と列車を降りていきます。


189系を見送ります。さよならさよなら~。


早朝の信濃大町駅。まだ人間の活動が始まる前の時間は冷たく澄んだ空気で満ちており、浅い眠りばかりでまだ調子の出ていない私の身体にも入り込んできて叩き起こされます。つまり寒いんだということ。


立 山 黒 部 ア ル ペ ン ル ー ト
長野県大町市と富山県立山町を結ぶ観光山岳経路です。飛騨山脈、立山連峰という日本の屋根を土木の力でぶち抜いています。これによりワイのような一般人のド素人でも通ることが出来ます。
ここを走る交通機関は、バス、トロリーバス、ケーブルカー、ロープウェイ、鉄道と、あらゆる陸上交通が集結した交通博覧会の様相を見せている側面もあります。

ムーンライト信州に乗って信濃大町までやってきた理由はこれです。前々よりここを突っ切りたいとは思っていましたが、この度関電トンネルトロリーバスのトロリーバスが電気バスへと置き換えられることが決まったため、その前に乗ってしまおうとついに行くことに。立山連峰を貫き、北陸を目指します。


今からあの山々に挑むのだ。ふふふ・・・。
いや、乗り物の手を借りるだけで何もしないんだけどね。


第4走者:アルピコ交通大町扇沢線(日野セレガR)信濃大町駅5:35→扇沢6:15
アルペンルートの第1走者は、アルピコ交通の路線バスです。これでまずは鳴沢岳の麓、扇沢駅へ。



山道を登っていきます。もう4月も終わりですが、ここにはまだ残雪がありますねぇ。


扇沢駅に到着。ここで関電トンネルトロリーバスに乗り換えます。扇沢駅からはまた切符を買わないとならないのですが、なかなか長い列が。こんな人数どこに乗っていたんだとなりますが、自家用車で来る人もいますしね。
買った切符は扇沢→立山通り抜け切符です。つまりその区間の片道切符なわけですが、特に運賃が割り引かれてるとかは無しです。いちいち乗換駅で切符を買わずに済むのが良いところ・・・くらい。値段は8,000円強。半分アトラクションのようなものとはいえ、結構します。なお信濃大町駅~富山駅まで含めると1万円超えるので、ギエピーです。


始めにも書きましたがこの年はトロリーバスの最終運行年なので色々盛り上がっています。鉄コレも出たしな。この日は最終運行まで残り216日でした。


80年代チックな改札口。あの舟がいいですね。


こちらが関西電力300形トロリーバス。どう見てもバスですが、日本の法律上鉄道として扱われていることは一部では有名です。法律が追いついていないだろ・・・という気がしますが。
おかげでこれを運転するには自動車の大型二種免許の他に動力車操縦者運転免許、ようは電車の運転免許証が追加で必要です。運転手の養成に手間がかかりそうなのは想像に難くなく、大型二種だけで済む電気バスに更新された背景にはこれもありそうです。


第5走者:関電トンネルトロリーバス(300形)扇沢6:30→黒部ダム6:46
実質的にはここからが立山黒部アルペンルートの入り口と感じる方も多いだろうトロリーバスに乗っていざ黒部へ。
乗車列の最後の方だったので、乗るバスは最後尾の方へ・・・。


なお座れんかった模様・・・。16分間これか。いわゆるツーステップバスなので、立ち乗りだと天井が窮屈・・・。
特に身動き取れぬまま関電トンネルを走ります。破砕帯の部分も見たよ。黒部の太陽だね。

というところで今日はここまで。


その2へ→
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【1/72】ロッキードF-94Bスターファイア アメリカ空軍【ギャラリー】

2021-01-07 21:19:24 | 模型ギャラリー
キット:ソードモデル ロッキードF-94Bスターファイア(#SW72054)
仕 様:アメリカ空軍第319戦闘迎撃飛行隊(1952年朝鮮戦争・韓国水原空軍基地)

ロッキードF-94Bスターファイアは、1950年代のアメリカ空軍の全天候迎撃戦闘機三羽烏のうちの一機種です。ソ連の戦略爆撃機から本土を防衛するための機体です。

本来F-94はこの世に生まれる予定はありませんでした。しかし長男のノースロップF-89スコーピオンの開発が遅延して炎上していたことから、これが実用化されるまでの繋ぎとして何かしらでっち上げる必要に迫られました。
その際に白羽の矢を立てられたのがロッキードのジェット練習機T-33でした。当時の全天候迎撃戦闘機は操縦士の他にレーダー管制士の2名で運用する必要がありました。何せ速攻で開発することが求められていたので、最初から2人乗りのT-33の設計を流用すれば開発期間が短くなると踏んだのです。
実際、1949年頭に開発契約が結ばれるとその年の4月16日には試作機が初飛行しています。超ド短納期で、開発担当者はさぞ大変だったでしょう・・・。

そんなわけで、T-33の機体に、E-1火器管制装置と12.7mm機関銃*4門を機首に装備したF-94は1950年に制式採用されたのです。しかしこれでは性能不足で、後に改良型というかほぼ新型機のC型が開発されますがそれはまた別のお話。



T-33の設計を流用しただけあって、機首だけ形状が違っていてそれ以外はT-33のままです。部品の75%はT-33と共通しているそうな。
あとはエンジンが戦闘機用のものに交換されていて、これによりアメリカ空軍で初めてアフターバーナーを装備した戦闘機になっています。

ちなみにF-94A/Bには愛称は付けられていなかった説もあるようですが、弊ブログではスターファイアと呼んでしまいます。あしからず~。


既に何度も書いていますが、ソードモデルは成形品の形状と彫刻は平均以上だと思います。あとは組み立てがもっと楽だったらいいのに・・・。



T-33よりも長くなった機首。この中にレーダーと火器管制装置と機関銃が収まっています。


キットの機体マーキングは3種類から選べて、その中から一番地味なものを作りました。装飾も何もないですが、金属地むき出しのいぶし銀がこの年代の戦闘機の良いところだと思います。


エンジンノズル部。


主脚庫。裏側の形状もよく再現されているしエアブレーキも展開できて、凝っています。ただし蓋の接着が芋付けなのはどうも不安。


涙滴型風防なので操縦席がよく見えます。キット付属の印刷済みエッチング部品で構成された計器盤とシートベルトでそこのところの精密さは再現できました。ありがたいなぁ。


以上、ロッキードF-94Bスターファイアでした。
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【ソードモデル1/72】ロッキードF-94Bスターファイア 製作

2021-01-06 21:20:25 | 航空機模型製作記
アメリカ空軍の戦闘機、ロッキードF-94Bスターファイアを作ります。
これは1950年代にソ連から飛来してくる戦略爆撃機からアメリカ本土を防衛するために存在したアメリカ空軍全天候迎撃戦闘機三羽烏のうちの1機種です。
なんで同年代に同じ目的の戦闘機が3機種もいるのよ、という話をし始めると収拾が付かなくなるのでここはぐっとこらえて割愛。雑に話すと、最初に開発が進んでいたF-89スコーピオンの開発が炎上して配備の目処が立たんので、代打としてすぐに開発できる機体を!という要求に応じて開発されたのがF-94なのです。
北米P4の記事を読むとそこら辺を少し書いていたはずなので、探してみてください(マルナゲドン)

三羽烏の中でも最も地味なのがF-94です(個人の感想)。しかも、初期型のA/B型は、後期型のC型よりもさらに地味です(個人の感想)。プラモデルキットでの立体化はそう多くないです。
プラモデルという概念が形成されてきた頃、オーロラやリンドバーグやアメリカレベルといった古の会社が1960年代にキットを発売しました。当時はまだ少し前に現役だった戦闘機でしたしね。しかし基本的にはそれっきりでした。

で、2013年に久々の新規金型製品として発売されたのがソードモデルのF-94Bでした。そう、ソードモデルです。以前作ったFJフューリーでは東欧製簡易金型成形キットの組み立ての難しさの洗礼を受けました。
組み立てには苦労させられましたが、完成させてみるとどこかかっこいいFJがそこにある、という不思議なメーカーのキットでした。病みつきというやつです。これに引き寄せられてまた同社のキットを買ってしまったのです。


前置きが長々となってしまいました。これがソードモデルF-94Bの成形品です。簡易金型らしいランナーです。キャビ面の彫刻は良さそうですが、コア面の嵌合はやはり期待できそうにないです。


透明部品と、これにはエッチング部品が付属していました。しかも、コックピット周りの部品は印刷済みです。印刷済みエッチング部品に触るのは初めてですが、確かにこれがあると工程がいくつか省略できるので、サードパーティ製部品市場でこれが一定の勢力があるのも分かります。時に課金してでも工程を減らしたい時はありますものね。


デカールです。FJの時も感じましたが、ソードモデルのデカールはとても性能が良いです。膜の薄さ、表面への追従性、発色性、全体的に日本製キットのデカールを上回ります。
注意書きデカールも細かいところまで収録されていて、抜かり無いのは最近のキットらしいところです。


組立図に従って作ります。意外と、前回のFJよりもサクサク進みます。
ただ、この翼端燃料タンクは、主翼に挿すところの穴が小さいので穴を広げてやる必要があります。


カッターでゴリゴリ削ります。これでできた。


エンジンノズルは盛大なヒケが出来ていて、ヒケというよりエクボになっていました。パテで埋めました。


コックピットは複座なので手間はざっと2倍。シートベルトや計器盤は前述の印刷済みエッチング部品を貼り付けます。ただし瞬間接着剤との相性が少し悪かったので引っ掻いたりするとすぐ剥がれてしまいました。のりしろに傷をつけて対処しました。


コックピットを作ったら胴体に埋め込みます・・・が、どうにも嵌合が悪い。胴体に隙間ができてしまう。うーん、これだから・・・。


干渉しそうな箇所はゴリゴリ削りました。


どうも枕の部分が悪いらしい。


どうにか解消しました。
ソードモデルの成形品には突き出しピンの跡が盛大に残っています。わざとピンの高さを低くして成形品の取られ対策にしているんだと思います(ここらへんを話すとまた少し長くなるので割愛)。
しかし組み立てと見た目に問題のある箇所を除いて存知してあります。



結局コックピットブロックはこの位置合わせが正解らしいです。


機首には機関銃が装備されています。それっぽいモールドはありますが銃口は開口していません。さすがに見た目が貧相なので穴を開けてやります。


ドリルで穴を開けました。銃口の方向に向かって孔を開けるのは少し神経を使います。この方向に向けるとだいたいドリルの先端が外れてドリルの刃が表面を傷つける可能性があります。なので孔を開ける先にはドリル逸走時に傷つけないようマスキングテープを貼ってあります。
慌てず力を入れずゆっくりとドリルを入れていき、開口します。


無事故で作業完了。幾ばくか見た目が良くなりました。


機首には重りを詰めて尻もち対策です。重りは釣具屋で売っている鉛玉です。


全身銀色ということもあるので、脚関連の部品を除いて部品はすべて取り付けて士の字に組み立てました。接着後の強度を考えると部品は塗装前に付けたほうが良いですが、塗装の手間と勘案して主翼は塗装後に接着した方がいいとかもあります。


ここからは塗装です。塗装作業は同時に製作していたF-94Cにも同時に行います。
塗装は、最初に機首のレドームと防眩塗装を塗って乾燥後にマスクします。次に全体塗装の下地に黒を塗り、その上にガンクロームを少し黒が透ける程度に塗ります。
なかなか良い質感が出せましたので、パネルごとに色調を変えることはしませんでしたが、エンジンノズル部だけはチタンシルバーを塗りました。


こんな感じです。


ここからはデカールを貼って、全体に保護用つやありクリアコートを薄く吹き付けます。厚塗するとせっかくのガンクロームの質感が失われるので注意。最後に脚等の小部品を組み立てて完成です。


やはり組み立ては一筋縄では行きませんでした。しかし完成した時の状態もやはり美しいです。塗装だけではありません。キットの素性も良いのです。不思議なキットですね。


デカールは一番地味なものにしました。

面白いキットでした。次回のソードモデルもお楽しみに。
完成品はギャラリーにて。

<使用塗料>
機体下塗り:C2ブラック
機体上塗り:C104ガンクローム
エンジンノズル:LP63チタンシルバー
主翼踏み板・機首レドーム:LP3フラットブラック
防眩塗装:C55カーキ
機内:N58機体内部色
座席:X18セミグロスブラック
座席枕:N47レッドブラウン
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【令和3年】謹賀新年

2021-01-02 22:45:43 | 日常記
あけましておめでとうございます!
本年も黒鉄重工をよろしくお願いいたします。

ここ数年は、コミケのサークル参加の報告をしていていましたがそれも無いので正直書くことないですね・・・。

去年書いていた遅延常態の旅行記の遅れ具合は、カナダ編が55ヶ月遅れ(前年比+9ヶ月)、国内編が32ヶ月遅れ(前年比+4ヶ月)となっています。
数日前も書きましたがカナダ編は完結に王手をかけているので、ここまで来たら落ち着いてどっしりと書いていこうと思います(ただし年単位で時間がかかる)。
国内編は遅れが増えましたがここ数年では結構いいペースで消化できていると思います。目標は前年比マイナスですが少なくとも現状維持したいですね。

旅行先は、海外旅行は今年中は無理でしょうから、昨年に続き国内重点になるわけです。気が付いたら旅行趣味を始めて10年(!)経っているんですけど、あれだけあちこち飛んでいながら10年近く行っていないも同然の都道府県もちらほら出ているのです(地面を踏んだくらいはありますが)。例えば、岩手県、宮崎県、沖縄県等ですね。
沖縄県なんてのは高校の修学旅行で行ったきりなので、黒鉄重工的には実は行っていないも同然の地です。昔は行くのに距離が遠い&費用が高い、鉄道要素が貧弱という理由をつけて避けてきましたが、今は旅行に対する嗜好も変わってきましたから下地は十分整っているように思えます。


経県値より

これは私の生涯経県値ですが、ほぼ赤です。赤ですが、まだ黄色いところがあります。まあ残るべくして残ったような場所です。これをゆくゆくは赤に塗り替えるのが当座の目標です。
まあ、COVID-19の状況次第ですが・・・(と逃げを打っておく)

そういうわけなので、前回以来約10年訪れていない都道府県の再訪、黄色県への宿泊、これを1箇所ずつ実施するのが今年の目標です。


次にプラモデルですけども、年間製作作品数は前回同様20作です。去年は33作作りましたが、作れば良いというもんではないです。他にやることあるでしょ。ジャンルが好きなもの作れば良いと思いますよ。
あとは2年連続未達だった鉄道模型の製作を今年はします。車両でもストラクチャーでもジオラマでも何でも良いので、何かひとつは作りましょう。
はい、そんなところです。

では皆様も今年一年、良いお年になりますように。
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【2020年】今年一年を振り返る【旅行編】

2020-12-31 18:05:45 | 日常記
2020年も今日でおしまい。

今年も1年の旅行について振り返ります。
今年はなんと言っても新型コロナウイルスの野郎により旅行がしたくても出来ない、旅行勢にとっては近年で一番のハズレ年となってしまいました。しかも来年もしばらく続きそうですから、暗いですね・・・。
黒鉄重工でもモロに影響を受けて、前半は身動きを取れませんでした。


1月
黒鉄重工同人局の活動において初めての関西進出として、こみっくトレジャー35に初サークル参加しました。というわけで大阪インテックスに行ってきたわけですが、その前日に近鉄に乗って奈良県吉野に寄りました。
冬の吉野は閑散期なので静かで落ち着いていました。寺社を見たり葛湯と柿の葉寿司を食べたり、予習なしで行った身としては楽しめたと思います。
この時はまだ新型コロナウイルス(以下書くのがめんどいのでCOVID-19)がメジャーデビューを飾り、日本での感染者が出たか出ないかの頃。中国で流行している未知のウィルスへの不安はありつつもまだ普通に旅行や同人活動が出来ていた時期でした。


2月
COVID-19が日本デビューを飾り、ダイヤモンド・プリンセス号で大騒ぎになっていた頃。しかしCOVID-19はまだ市中感染までは浸透しておらずちょっと気をつけていれば旅行してもいいでしょみたいな感じでした。まだマスクもしていなかったですね。

そんななかで行ったのが四国project。少し前にJR四国が「冬の四国満喫きっぷ(レンタカー付き)」という乗り放題きっぷを発売。これは4日間JR四国の特急自由席まで乗り放題、そのうち1日は駅レンタカー八幡浜営業所発着のレンタカー使用可能という内容で15,000円という破格の切符でした。
これを使用して2013年以来の四国一周を敢行しました。特にレンタカーを使えたのが良かったです。鉄道どころか公共交通機関で到達不可能な愛媛県の佐田岬の灯台を訪れることが出来ました。

あとはブログ上では地味な変化になりますが、黒鉄重工初代自家用車キハ90系が退役し、新型車両(中古)にキモハ10系が就役しています。


3月
全国の公立小中高学校が感染予防のために休校になり、プロスポーツの試合は中止になったり延期になり、時差出勤やテレワークという言葉があちこちで言われるようになり、いよいよ旅行するのもヤバそうだ、という頃。

前年に発表があった、2020年3月末で閉館が決定された加悦SL広場への旅行をまさに決行しました。家では家族と暮らしているので旅行先で感染してウィルスを持ち込んだらたまったものではないです。家族からの条件を飲んだ上で承諾を得て旅行へ行ったのは高校生以来じゃないでしょうか。
加悦へ行く前日は播但線に乗って竹田城とか行きました。山城なので上からの景色は良かったです。駅から竹田城へ行く周遊バスは混んでいましたが、この頃はまだ「密」という概念はありませんでした。


4月~6月
4月7日に緊急事態宣言が発出されて、今の所一番きつい時期がきました。こうなるともう旅行に行こうという気は起きませぬ。何もない。引きこもって休みの日はプラモデルをしこしこ作っていました。
緊急事態宣言は5月25日に解除されましたが、その後もしばらく様子見で旅行へは行かず。ブログ記事の遅れをここで回復させられる。
しかしたまには体を動かさないとならんです。この頃ちょうど付き合いのある鉄道保存会でまとまった量の作業があったので、そこで汗を流しておりました。


7月
日本政府がGoToトラベル等の金銭感覚バグらせキャンペーンを始めるそうだという頃。感染拡大も第1波が過ぎて小康状態でした。
私も県内から日帰りで旅行を初めてアップを始めようかと。この頃になると感染対策もだいたい知見が出来てきていましたしね。
そういうわけで日帰りで車で西伊豆へ行ってきました。野猿公苑であるところの波勝崎とかに行ってきました。


8月
そうは言っても出かけるにはまだちょっと・・・という感じでしたので、県西部の方をうろつくくらいでした。この頃にはGoToトラベルも宿泊割引だけ始まっていましたが、まだ様子見でしたね。


9月
COVID-19の第2波が到来していましたが、感染対策を意識して行動すれば過剰にウイルスを恐れるものではないことが実感としてありました。そして私の旅行スタイルは3密に陥る場面が非常に少ないです。
以上のことから半年ぶりに県外遠征を解禁。一応隣県ですが心理的距離は北関東並みに遠い長野県に行きました。長野県と一口に言ってもクソ広いわけですが、今回は佐久、上田、長野、松本地方をば。
長野県の私鉄を中心に攻めました。特に長野電鉄に重点を置きました。同時に訪れた上田電鉄では、実に半年ぶりに電車に乗りました。こんなに期間が空いたのはカナダ在住時以来でしょう。
ちなみに前月に軽いぎっくり腰をやらかしてしまい、その保養を兼ねて安代温泉を今回の前線拠点としました。拠点とした旅館は築年数が高そうな鄙びた建物で、これがまた居心地が良いものですから、今後もこういう路線で宿を選ぶのも良いもんだと思いました。

10月
COVID-19とは関係ないところでお出かけできる状況じゃなかったので、特に動きなしです。以上。


11月
9月の長野旅行で自信を得た黒鉄重工観光局は飛行機で一気に高跳びし福岡県博多に飛んだ。ZBSと結託し4年ぶり5度目のサイコロの旅を決行するためだった。

今回のサイコロ5は博多→大阪という初めて移動する区間です。しかしいつも移動に使用している18きっぷはこの時期は使えません。どうやって移動したのか?大阪へたどり着くことはできたのか?近日公開予定です。まあZBSのブログへ飛べばもう読めてしまうんだけど。
現在年単位で遅れている弊ブログ旅行記なので、順当に行けば執筆開始は2023年頃になると思うんですが、サイコロ5は記憶と鮮度があるうちに書きたいので、まあ近日中に書きます。それか同人誌にするかもしれん。来年の情勢を見て春先までに決めます。


12月
いわゆる第3波がやってきてまた厳しい情勢になってきました。しかしここ数ヶ月で旅行に行く際の要領というか勘所は抑えられているので、そこを外さずに気をつけようというところです。私の旅行頻度はほぼ前年並みになってきたかと。
12月は長野県岡谷市で開催された駅メモの同人誌即売会があったので、それに参加してきたというか動員されてきました。同人誌即売会はいわゆる3密になりそうですが、この即売会はやたら長さを持ったサークルスペース間の距離と参加人数がそんなに多くなかったおかげでそうはなりませんでした。2週間経ってもココアにも通知来なかったしね。
コロナ禍以来、同人誌即売会の頒布形式も変える必要に迫られたので、それの情報収集と実地経験を積む目的もありました。なお私の頒布物は即売会のジャンルとかけ離れていたので、主力同人誌は売れず。

年末年始は、第3波が収まるところを知らないという情勢を鑑みてどこにも出かける予定がないです。静かな年末年始になりそうです。

以上、毎月のまとめでした。



今年の経県値を見てみましょう。結果は84点(前年比-3)でした。・・・前年とさほど変わっていないな?
コロナ禍前にある程度点数を貯めていたのと、11月のサイコロ5が点数を稼いだ格好だと思います。

ここ数年の傾向ですが、東北が弱いです。静岡空港から飛行機の路線がほしい。仙台あたりとか・・・。
三陸地方は最後に行ってから10年経ちましたが(2013年に一瞬だけ立ち寄ったがアレはノーカンとする)、そろそろ再訪したいなとは思っています。

ブログ記事の執筆ですが、今年は8ヶ月分進みました!去年はわずか3ヶ月分だったので大した進歩です。コロナ禍の引きこもり時は結構筆が早かったと思います。それでも12ヶ月分以上進行していないので、差し引きすると今年も遅れが進んだわけですけどね・・・。

しかし、今年はカナダ在住時の事をひとつを除いて書き上げました。これは大きい。2016年に国外追放されて苦節4年、長かったです。しかしこれを書き終えると、いよいよ私とカナダを繋いでいたものが途切れてしまう・・・最後はそんな寂しく切ない気持ちになりました。
しかしご安心ください、最後に残した特大の旅行記、北米project5がまだあります!これは本当に内容が多いです。執筆に年単位かかるのは確実です!覚悟しておけ!
今執筆中の東南projectが山場のエアショーを終えたので、完結までにそう月日はかからないと思います。春~夏から北米Pを始められるでしょう。

あとはしれっと変わっていたことですが、gooブログを有料版に格上げしました。画像容量がついに満杯になってしまったのです。
ブログ乗り換えとかいっそのこと自作ホームページへの移転も考慮したけれども結局現状維持です。

最後に、本年も弊ブログをご愛読いただきありがとうございました。
それでは来年も黒鉄重工をどうぞよろしくお願いいたします。
良いお年を。
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【2020年】今年一年を振り返る【模型編】

2020-12-30 20:29:17 | 日常記
2020年は新型コロナウイルスに振り回された一年でしたがみなさんいかがお過ごしでしょうか。私はどうにか生きながらえております。
年末恒例の1年の振り返りをする時期になりました。今日は、今年製作したプラモデルを見ていきます。
今年は特に前半なんかは外出や旅行が出来ない状態だったので、家に籠もってプラモデルを作ることに集中できた年でした。ですので過去最多の作品を製作できたのはなんとなく認識していますが、いくつ作ったのかは今から数え始めるところです。では順番に見ていきましょう。


1作目:1/48 川西 紫電一一型甲アドルフォ機(荒野のコトブキ飛行隊) (ハセガワ
アニメ「荒野のコトブキ飛行隊」に登場する紫電です。第1話で主人公たちが登場するまでの間のヤラレ役として登場してそれっきりかと思っていたら、後半からは準レギュラーとして見せ場を増やしていました。
劇中の機体はどれも汚れているので、これも汚し塗装にしました。ただし最初に作った隼とは少し汚し方を変えました。


2作目:1/700 航洋艦晴風 最終形態/初期形態(ハイスクール・フリート) (フジミ)
アニメ「ハイスクール・フリート」に登場する主役メカの晴風です。キットでは晴風と他の陽炎型の2隻セットですが、艦番号を他の護衛艦のデカールから持ってきて2隻とも晴風にしました。


3作目:1/32 トヨタ・30系ヴェルファイア(アオシマ)
4作目のブレードライガーの間合いに作っていましたが、ヴェルファイアの方が先に出来上がってしまいました。
細かい色分けは全てシール頼りのキットですが、できるだけ塗装に置き換えてみると見違えるように思います。


4作目:1/72 RZ-28ブレードライガーABバン仕様(コトブキヤ)
10年以上前、限定キットなのでとりあえず買ったもののまだ腕が未熟だと思っていたのでそれからずっと寝かせていたキットを遂に作る時が来ました。
今年で一番作りごたえのあった大型キットでした。


5作目:1/72 F-111Gアードバーク オーストラリア空軍(ハセガワ)
戦闘爆撃機としては有能という戦闘機としては微妙な評価のF-111の再販は久々だったのでこの機会に購入しました。だいたい30年前初出のキットですが、凝った設計と精密な彫刻で今でも十分通用するキットで作りやすかったです。 


6作目:1/25 ダッジ・チャージャーSRT8(アメリカレベル)
ダッジの伝統的マッスルカーのチャージャーです。キットは改造車を作る内容でしたが私は本当のところはドノーマル車を作りたかったので、できるだけ改造臭を抑えた仕上げにしました。
アメ車のプラモデルは今後も作っていきたいジャンルのひとつです。ただ輸入物は値段が高いのが厄介ですね。


7作目:1/72 F-35CライトニングII アメリカ海軍(オレンジホビー)
F-35の各型式を一通り作ろう企画の最後です。主翼にも兵装を装着したビーストモードで作りました。他の型式よりも全体的に大型で、形式ごとの差異が最も感じられたキットでした。
塗装マスクは純正カット済みマスキングテープを使用して労力を大幅に減らして仕上がりを抜群に良くしました。課金パーツは基本的に使わないんですが、こういう場合だと効果が大きいのでアリだと思いました。


8作目:1/72 F-94Bスターファイア アメリカ空軍(ソードモデル)
アメリカ空軍全天候迎撃戦闘機3羽烏の1羽です。
ソードモデルなので組み立ては苦労します。しかし完成後の形状と彫刻の良さは平均以上のものがあり、組み立てに苦労したことも手伝ってなぜか達成感が多く出てくるメーカーとキットです。


9作目:1/72 F-94Cスターファイア アメリカ空軍(エマー)
F-94Bと同時に作っていたキットです。塗装で使う色は同じだし、同時に作ってしまえば機体の比較が出来て良いなと思ったのです。
エマーというのはイギリスのメーカーです。今も存続しているのかしら・・・?
ソードよりも作りやすいですが、モールドの彫刻はだるだるで太くて野暮ったいです。
F-94Bもそうでしたが、銀塗装が割とうまくいきまして、人に見せた時も好評でした。


10作目:1/72 愛知・流星 イサオ機(荒野のコトブキ飛行隊) (プラッツ)
荒野のコトブキ飛行隊から2作目です。この流星は塗装が好きだし劇中での活躍も見せ場があってかっこよかったですな。
キットはプラッツが発売していますが成形品はフジミのOEMです。簡単に作れるキットでしたのでものの数日で完成できてしまいました。早く作れることはいいことです。


11作目:1/200 ボーイング737-700 ANA(ハセガワ)
今年はまだ旅客機を作っていないと思い立って作りました。ハセガワの737NGはディテールと作りやすさを両立した良キットです。サードパーティ製のデカールを貼っていろいろな会社の737を量産するにも向いていると思います。


12作目:1/200 ボーイング737-700ウェストジェット(ハセガワ)
サードパーティ製デカールの使用例がこれ。カナダのLCCウェストジェットの737-700をANAの物と同時に作りました。ウェストジェットには1度乗ったことがあります。
デカールはドロウデカール製を使いました。


13作目:1/24 ヒュンダイ・サンタフェ(アカデミー)
自動車のプラモデルに於いて、現用のSUVを新規に発売することは珍しく、その心意気や良しとばかりに購入しました。なのでヒュンダイ車がどうとかいうのはあんまりこだわってないし、サンタフェという車種も初めて知りました。
近年開発されている自動車プラモデルの水準を満たす良いキットでした。


14作目:1/72 MiG-21bis ブルガリア空軍(KPモデル)
KPモデルはチェコの老舗メーカーです。初めて作るメーカーです。しかしそのキットの完成度はやはり東欧メーカー水準で、日本メーカーに比べると幾分か落ちます。とはいえ表面の彫刻は仔細で繊細、つらい組み立てを乗り越えるとなんだかできの良いミグが姿を現しました。
ブルガリア空軍を選択したのは、同軍のプラモデルを次に作れる機会はいつになるか想像できなかったので、じゃあ今回作ってしまおうと思った次第。


15作目:1/60 Rk-91サベージクロスボウ(フルメタル・パニック!)(グッドスマイルカンパニー)
ラノベおよびアニメ「フルメタル・パニック!」のやられメカ、なれど人気の高いサベージは長らく立体化に恵まれてきませんでした。いつだかに完成品フィギュアは出ましたが、プラモデルは未だ出ず・・・。というところに現れたのがアニメ第4期に合わせて発売されたグッスマのプラモデルでした。
バンダイやアオシマの出さないスキマを狙った商品選定は見事でしょう。念願のサベージのプラモデルを出してくれて感謝です。全種類買いました。そのうちまた作ります。
クロスボウは、競技機ということなのでロゴマークのデカールをたくさん貼り付けました。なかなかいいでしょう?


16作目:1/60 ARX-8アーバレスト(フルメタル・パニック!)(バンダイ)
サベージと色が同じだからと同時に作りました。同縮尺のアーバレストはコトブキヤが先行していましたが、バンダイは真っ向から喧嘩を仕掛けました。安心のバンダイブランドとコトブキヤ製と比較した時の低廉さから、勝負はバンダイの勝ちだと思います・・・。もう武器屋いじめじゃんね、これ。


17作目:1/48 中島キ43-I隼一型チカ機(荒野のコトブキ飛行隊)(ハセガワ)
コトブキ飛行隊3作目。去年作ったキリエ機と同一仕様ではつまらんので、爆裂弾とロケットモーターを備えた第8話仕様で製作。追加武装は他のキットを手に入れてそこからパクってきました。
地味に頑張ったのが地面で、羽衣丸の甲板をイメージして作りました。といっても下敷きにしたのは日本海軍の空母の甲板なので、ゼロ戦を乗せれば空母に早変わりです。板の継ぎ目はレーザーカッターでモールドを入れてあります。データは自作ですが、工賃が高かったです・・・。追加武装の購入費も含めると、実は結構金のかかっている作品です。


18作目:飛行船艦ゴリアテ(天空の城ラピュタ)(ファインモールド)
みんな大好きムスカ大佐の座乗艦ゴリアテです。ジブリ映画の中でも好きなメカですので。
塗装は劇中からガラリと変えて制空迷彩っぽいものにしました。ムスカもちゃんと塗りました。


19作目:イグザイン(エムアイモデル)
模型屋で売っていたのが目について買って作りました。1日で完成させようをテーマに、その中でできることをやりました。まあ、色の足りないところを筆塗りで仕上げたくらいなんですけどね。
息抜きによかったです。


20作目:1/72 Fw-190A-5 ドイツ空軍(ハセガワ)
ゴリアテと似たような色使いだったのでついでに作ってしまうことに。30年弱前初出のキットですが、形状や考証は知らないですが組み立ては容易で、たいしたもんだと思いました。ドイツ機を作ったのはもしかしたら初めてくらいの感覚ですが、ちっちゃい戦闘機なんですね。


21作目:1/72 CF-18Aホーネット カナダ空軍(カナックモデル)
新旧バトル・オブ・ブリテン塗装機を揃えよう企画の1発目です。
カナックモデルというカナダのデカールメーカーがデカールと成形品キット付きで販売した特別商品。デカールはバトル・オブ・ブリテン65周年記念特別塗装のCF-18Aのもので、キットはアカデミーのOEMです。アカデミーの1/72 F/A-18は、現状最良のキットなので良い選択かと。
この特別塗装機はカナダ在住時にエアショーで実際に見たものです。程なくしてこのキット発売の知らせを聞いて手に入れていたものの今まで寝かせていました。
作ってみると、デカールの性能は高くて使いやすいものでした。しかしカナックモデルは事業を終了してホームページも閉鎖してしまいました。残念です・・・。


22作目:1/24 トヨタ・マークII(アオシマ)
アオシマのグラチャンシリーズのマークIIです。こういう改造車系だと、好きな色に塗れるので良いですよね。今回は昔作ってまだ余っている調合特色塗料の消化も目的でしたので、その中から黄色っぽい赤を塗りました。結構似合っているじゃないかと自画自賛。


23作目:1/72 F-16Aファイティングファルコン オランダ空軍(ハセガワ)
ハセガワのF-16にアストラデカールのデカールを組み合わせました。デカールはオランダ空軍の記念塗装機を再現でき、垂直尾翼に描かれたおっぱい丸出しのお姉さんの絵が特徴的です。しかし、不思議とスケベ絵感は希薄なので事実上の健全絵でしょう。なので全年齢向けである弊ブログでも掲載OKです。
それにしてもF-16はプラモデルを作ってもかっこいいね。


24作目:1/700 日本海軍駆逐艦響(ヤマシタホビー)
ヤマシタホビーの特型駆逐艦はこれで3~4隻目だったと思いますが、少しずつ形が違うのであまり飽きません。船体は舞鶴色で塗ったので白っぽくなりましたが、船体のサビ塗装がよく目立って映えるなと思いにけり。


25作目:1/144 漏洩(バンダイ)
機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズから漏洩です。エアブラシでの使用停止でダブついているアクリジョン塗料の消化目的です。エアブラシで使うのはダメなので、筆塗りで仕上げました。筆塗りでガンプラを作るのは久々でして、少し懐かしくなりました。


26作目:1/72 キ109防空戦闘機 日本陸軍(エルエス)
実機もキットも珍しいものというか変わったものです。戦車砲だったか対空砲だったかを爆撃機の機首に載せてB-29を撃ち落とせるように改造した乱暴な機体です。
これはエルエス時代に発売されていた時の製品です。エルエスはだいぶ昔に倒産してしまったのでそれなりに貴重な製品だと考えられますが、プラモデルは作ってなんぼだと思うので気にせずに作ります。
主翼の動翼が動いたりモータライズが考えられた構造だったり、当時のプラモデルへの要求が垣間見えるキットでした。キットは割とそつなく完成できて、技術のエルエスは伊達ではないんですな。


27作目:1/72 MiG-31Bロシア空軍(ハセガワ)
製品上ハセガワのキットですが、成形品はICMのOEMです。少し昔に開発された成形品だったらしく、嵌合や位置決めがガタガタで組み立てに苦労しました。
ゴーストグレイ系の機体でよく見る白っぽく汚れた表現を目指しましたが、まだまだ未熟でした。もっと修練が必要です。


28作目:1/100 GT-9600ガンダムレオパルド(バンダイ)
10年くらい寝かしていた機動新世紀ガンダムXのガンプラ。これもアクリジョンの消化でして、調合したダークグリーンを使いました。おかげさまで使い切ることが出来ました。


29作目:1/100 グリムゲルデ(バンダイ)
アクリジョン消化シリーズ第3弾。今回はメタリックブルーです。ただほぼ完全消化試合だったレオパルドと比べると、少しやる気度が高いです。というのもグリムゲルデにはメタリックブルーが似合いそうだなとなんとなく思っていたのです。なので、メタリックブルーは筆塗りですが、他のフレームや武器は違う塗料を使ってエアブラシ吹付けにしています。オリジナルの赤よりも似合ってるやんと思い、一応満足行くことが出来ました。


30作目:1/72 J-8II人民解放軍空軍(トランペッター)
何かと謎の多い中国機を作るのは初めて。トランペッター製キットを作るのも初めて。トランペッターの出来はいい噂よりも悪い噂のほうが多いので心配でしたが、驚くほどすんなり組み立てられました。東欧キットよりよっぽど良い。日本メーカーの製品をよく研究したんだろうか。
J-8IIの原型はMiG-21で、なのでそれを単に双発エンジン化しただけだろうと思っていたんですが、なんかJ-8IIは全体的に大型化しているんですね。原型を留めていないとはこれのことよ。


31作目:1/144 GAT-04ウィンダム(バンダイ)
事実上モブキャラしか乗っていない量産型やられメカがガンプラ化されるなんて本当いい時代になったものです。放映以来15年越しくらいの念願が実現しました。
素組ですが楽しかったです。今度はダガーLが出るみたいですし、来年も楽しみですね。


32作目:1/125 MD-10 FedEx(エレール)
みんな大好きDC-10です。大きいキットを作ろうと思い、文字通り図体のでかいやつを引っ張り出してきました。こいつの場合、窓埋めが苦行で、だいぶ妥協しました。もっとうまく埋めたいでござる。あとは、胴体の成形品が歪んでいたので矯正が大変でした。
昔のキットなのでディテールはざっくりとしていますが、このワイドボディ機をこの縮尺で手元に置ける所有感はなかなか得られないものでした。



33作目:1/72 ハリケーンMk.Iカナダ空軍(アロマホビー)
新旧バトル・オブ・ブリテン塗装機を揃えよう企画の2発目。
まだ製作中ですけど年内には完成するので(あと1日ちょっとしか無いけど)滑り込み。
成形品の形状はとても良さそうに見えたので試しに買いました。たしかに形状や彫刻は良かったですが、嵌合がまだまだ煮詰めが足りなかったです。メーカーの人間はちゃんと試作品組み立てた?しかしそこを克服すれば大化けするので今後に機体です。



以上全33作でした。いや、作りましたね、これ。ほぼ3作/月ですか?コロナ禍からの巣ごもりとはいえ他にすべきことあったでしょうに・・・(ドン引き)

題材とメーカーで分類すると以下の通りです。

飛行機・・・18作(前年比+8)
自動車・・・4作(同±0)
キャラクター・・・9作(同+5)
艦船・・・2作(同±0)
鉄道・・・0作(同±0)
AFV・・・0作(同±0)
合計・・・33作(同+13)

ハセガワ・・・8作
バンダイ・・・5作
アオシマ・・・2作
以下、各1作・・・フジミ、コトブキヤ、アメリカレベル、オレンジホビー、ソードモデル、エマー、プラッツ、アカデミー、KPモデル、グッドスマイルカンパニー、ファインモールド、エムアイモデル、カナックモデル、ヤマシタホビー、エルエス、トランペッター、エレール、アロマホビー


前年より増えた分は全て飛行機とキャラ物に行き渡っていました。私の最近の傾向と一致していますし、作るキットの嗜好が変化したわけではなさそうです。
メーカー順も、上位は毎年の常連ですが、今年は前年に増して様々なメーカーのキットに触れられた一年だったことが読み取れます。だいたい半分は人生で初めて触るメーカーのキットでした。そのうちの半分は、もうこれっきりよというのもありますが(次に手を出す在庫が無い、新製品が無い、という意味です)。

去年、1度も作らずに終わった鉄道模型を今年はやるぞと去年の今時分は息巻いていましたが、今年もやらずに終わってしまいました。どうにか年に1作は作って鉄道模型との関わりを保っていきたいと思っているのにこれはいけません。来年こそは何か作ることにします。

プラモデルの振り返りは以上です。
来年も大したものは作れませんが、よろしくお願いいたします。
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