心理カウンセラーの眼!

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沖縄米軍と日本の大衆像

2009-12-14 09:49:10 | 現代日本および世界
こんにちは、テツせんです。
なんだか一気に冬の寒気がやって来るそうですが、
みなさんは湯たんぽを用意されましたか?

さて昨今、沖縄米軍基地の移転問題にメディアが馬鹿騒ぎしています。
まるで米国のエージェントのような偏向を続ける日本のマスメディアが
結局は視聴率や購読者を激減させていることを分かっていないのは、
気の毒というしかない。
否、分かっていても旧政権の政・官・業 +外資 癒着のスポークスマンである限り、
いまさら変われるわけもないからこの線でいくしかないでしょうがね。

こんなメディアは放っといて、
今回はもっと実のある本筋の話をしようとおもいます。

* 沖縄本島は実質、米軍基地が占拠してきた島である。
本島の約20%という広大な土地を占有し、
琉球人は人に非ずという治外法権を通してきた。

沖縄の人からみれば
肉親を追い詰め、殺し、恐怖と絶望を与えた非道のアメリカ軍が
1945年6月に全島を制圧し、居すわりつづける64年間にほかならない。

沖縄の人がその米軍基地に依存して暮らしているという、
日本本土の人の見方が余計にくやしいのだと、
大阪在住のウチナンチュゥは話す。

-“ 大阪には「大阪ハムレット」のような『心ゆたかな暮らしぶり』が
仮にも思想として描き得るけれども、
今の沖縄では、『沖縄らしい心ゆたかな暮らしぶり』が
思想としても描けないのだ ”という。・・・

-“ 沖縄の者は、なにも好き好んで米軍基地のお相伴にあずかっているわけじゃないんだ。
そんなことくらい分かるだろう? ”、と・・・

-“ あの連中が六十数年も我がもの顔で居すわっているから、
沖縄の何もかもが、ウチナンチュゥの心までもが、
アメリカ流におしつぶされてきたんだ ”と。・・・

-“ 生き残るということは、これほど酷な事だということだ。”

-“ たとえてみると、
「不渡り倒産した商売相手が、再開すれば、
売り上げ欲しさに煮え湯をのまされたことをかみ殺して、
毎度おおきにと売りに行く」零細企業のおやじみたいなものだ。

アハハ、ちょっと違いすぎか、だいぶん違うってかい。”・・・

ウチナンチュゥの屈辱とやり場の無い憤りが苦笑の中から伝わってくるけれど、
しかしまあ、喩えようもない、苦悩の歴史であり、現実だから。

- “沖縄が本土の盾となって子どもまでが犠牲になったのに、
本土の連中はいまだに本土の盾としかみていないのはどういうことだい?
だいたいいまどき、どこの国が攻めて来るというわけ?”

沖縄米軍が海外へ戦争に出かけたことはあったが、
事実、どこの国も日本に宣戦布告をしてこなかった。
それは米軍が居たからではない。

日本の国と戦争をする理由が見当たらないのに
戦争を考えることは、
それは《妄想》にすぎないからだ。

これとおなじく、
日本の国が攻撃されると考える者は
二十世紀初頭以来の帝国主義パワー・ポリティクスをいまだに信仰する
武装嗜癖にとりこまれた愚者にすぎない。
(ついでにいえば、隣国のミサイルマニアのパフォーマンスは
どこまでも恫喝外交の茶番であることを見切ってこそインテリジェンスといえる。)

パワー・ポリティクスが行き着く果ての核武装を望む者は、
核ミサイルがすでに前世紀のゴミになったことを理解できない。

ノーベル平和賞のオバマ大統領は、
核ゲームを降りたことと、アフガン介入という股裂き状態の自己矛盾に陥っている。

対テロ戦争という誤った戦争概念は、
初めから《勝利》を目的にした戦争行為では無いともかんがえられる。
なぜならテロリスト呼ばわりされるゲリラはその国の国民の意思から生まれてくるものだから。
そこにのこのこ出て行っても延々と消耗戦がつづくことは自明のこと。・・
あとは正義のガンマン気取りで捨てゼリフを吐いてそそくさと立ち去るだけだろう。
まあアメリカンも、めんどくさい、厄介な国民性というしかない。

誰が見ても、こんなアメリカンとつるんでいる方が
戦争にまきこまれる危険度が高いに決まっている。

彼らに輪をかけて厄介なのが日本の国民性だ。
超資本主義の時代にいる日本のわれわれも、
もうそろそろ対米コンプレックスと国際政治からの引きこもりに覚醒して、
幼児的な強迫意識から脱け出してもいいのではないか。

日米関係を対等にするのなら、
せめてもの償いに、
ウチナンチュゥに礼を尽くして謝罪をし、
沖縄の米軍基地を一掃、全面開放することではないだろうか。
われわれ本土のすべての者はそれだけの重い罪を背負っている。
われわれはあまりにも身勝手で、薄情な日本人だったことを
恥じ入るばかりだ。

追伸として、
《戦争》の実相を知るための書物をご紹介させていただきましょう。
- 渡辺 清氏の『戦艦武蔵の最期』・
- 先の第二次世界大戦における日本軍司令部特有の恣意性と
兵士の苦悩および日本大衆の心象を描き尽くして秀逸です。
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