心理カウンセラーの眼!

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中村うさぎの無差別殺傷男への疑問?

2009-01-10 10:09:19 | 心の闇と重大事件
去年の「秋葉原無差別殺傷事件」について

中村うさぎさんは新潮45(2009年1月号)に寄稿している。

その主たるテーマは「この犯人は結局、本当は誰を殺したかったのだろう?」ということにつきる。

「何故、誰でもいいから殺さなくてはならないと、彼は思ったのか?」

「私には、そこがどうしてもわからない。私が女だからだろうか。・・」と綴っている。

結論からいうと、「男だから」そうしたということは決してない。

では犯人・加藤智大の「本当の敵は」どこにいたのかと、

うさぎさんがさらに問う。・・

太宰治の「敗北・人間失格」の生き方・死に方に重ね合わせてみたり、

人気アニメ・新世紀エヴァンゲリオンの世紀末的虚無の世界に

エヴァ世代の加藤の「絶望と自己嫌悪の深遠」を同調させてみたりと、

中村うさぎらしい鋭い切れ味の文体に

恐れ入ってしまいそうになるのだが。・・

最後の決め台詞である

「ただ、これだけは言えるだろう。憎しみで世界を消滅させる事はできない。

愛で世界を救えないように、ね。」っていうのは

あまりにカッコ付け過ぎ!

加藤智大が犯行に到る行動の心理プロファイリングについては

当ブログで事件直後に詳細に記述したとおりで

いま一度目を通していただければ良く解っていただけるかと存じます。

とてもお忙しいうさぎさんには本格的なカウンセリングの実力を

少しでも知っておいていただきたいので、

核心の部分を簡潔に申し上げておきたいとおもいます。・・

加藤智大自身が書き込んでいる・・

「人と関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別に殺すし 難しいね」。

これはまったくうさぎさんの疑問を代弁してくれているような言葉です!

ただうさぎさんはこのふたつのことを相反する心的行動だと考えているわけです。

しかし前者の「怨恨」の可能性とは、

加藤智大が仮に家で引きこもった場合の「家族密着依存」関係の中での

「鬱破りの破壊衝動」であるし、

後者の「孤独」とは、

凍死しそうな「孤立(うつ)」の回避衝動としての「究極の依存行動」であることは明らかです。

いずれにしろ、この「依存」という関係性から免れがたいものを加藤は抱えていたわけです。

それゆえ、異性にも同僚にもうまく関わることができなかった。・・

また、加藤の頭の中で繰り返しイメージされてきた「暴発的殺傷」イメージは

加藤だけの固有の意味づけが無意識に塗り固められたものといえるでしょう。

もうひとつうさぎさんにお話しておきたいことは

右脳にクローズアップされた「妄想(破壊イメージ)」を実現するために

現実の場面に立つとき

よりひ弱な対象、支配できる対象を無意識に選ぶのは社会病理者の必然。・・

加藤智大の場合は

「まずトラックで武装したうえで」対等であるはずの人々を

「支配する位置に立って」駆逐・殺傷におよんだわけです。・・

うさぎさん、こんなところでご理解いただけたでしょうか?






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