心理カウンセラーの眼!

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虐待する病とは?

2019-02-10 12:45:01 | のほせんの心理カウンセリング

( 虐待の根っこに病としての親子密着がある )--

こんにちは、大木です。

のほほんとしているうちに、正月も過ぎてしまいましたが

みなさんは、いかがおすごしでしょうか?

今朝も寒のもどりで 空気が冷たいですね。

それでもこの辺りの冬は 関東以北とちがってずいぶんしのぎよい。

桃の枯枝にさした蜜柑をめざして ことし二度目のつがいのメジロが飛んできました。

あたりを気にしながら 旨そうに蜜柑をついばんでいます。

ヒヨドリがやって来ぬ間の ランチタイムというところでしょうか。


-- さて、この国のマスメディアでは連日のように、

「女子児童虐待死」の報道がなされています。

たいへんに残念な結末に胸が痛みます。・・・

日ごろウソくさい、識者や報道関係者や芸能人までが

「 なぜ? 助けられなかったのか!」と

学校教員や当該担当職員らに疑問を投げかけています。

たしかに不思議なほどに、女子児童は見捨てられたようにおもわれます。

事実かかわった大人のすべてから 彼女はほんとうに見捨てられた。・・・

「なぜなんだ?」--

それはすなわち、
お役人仕事の「常道」に照らしただけのマニュアルどおりのやっつけ仕事だからだ。

文字づらから直解するだけの対応で、

表面的なツジツマさえ合っていれば、

あえて親側と事を荒げることはしないで済むと、かんがえたわけでしょう。

少女のまなざしや表情をみれば

真実がどちらにあるのか、気づくはずだが?

誰も彼女の苦悩に真摯に向きあおうとしなかった、

「なんとしても救い出そう!」と 行動しなかったということでしょう。

じぶんたちの職務が何なのかを、まるで分かっていないかのような当事者たち。

「そこまでしなくても、いいかー」といった日頃の00根性によるのか?・・・

もっともかれらは「いつものふつう」の対応だとおもっているだろうが

どうみても命にかかわる「不作為」というか、「サボタージュ」行為とみるほかないだろう。

もとから人でなしの政府が出てきて、どうとり繕おうと、はなしにならない。

ただ、たしかに言えることは、

当事者たちには 「虐待」ということの「本質」が

まったく視えていない、理解できていないということだ。・・・・・

(次回につづきます。)

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1 コメント

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Unknown (蜜柑)
2019-02-12 10:06:40
ああ、悲しいー!
みんないったいどうしたのー?
担任は何してたの?
だれもが「そちらにおまかせ!」って、
やめちまえー!

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