心理カウンセラーの眼!

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飯島愛の死に至る時代性について

2009-02-03 09:42:18 | 飯島愛の死に至る時代性
昨年12月24日に元タレント・元AV女優の飯島愛さんが変わり果てた姿で発見されたことが

若い人たちを含めて同時代に生きる者たちの間にトラウマのように心的な影を落としている。・・

今あらためて彼女が「飯島愛」として生きたこの時代の相貌、臭い、軋みを

へなちょこカウンセラーなりに嗅ぎとってみようとおもう次第です。

まずは簡単なプロフィールから。・・

本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)1972年10月31日生まれ。

東京都江東区出身、滝野川女子学園高等学校中退。

元ワタナベエンターテインメント所属。身長163cm。・・

2000年11月に「プラトニック・セックス」という自伝的半生記本が出版されています。

所属事務所だったワタナベエンターテインメントの社長が企画し、タイトルを付けたといわれている時点で

この本の「飯島愛」の虚実のさじ加減をむろん考慮に入れる必要はあるだろうが

元々そのような虚実を読み解くのがカウンセラーの仕事だから苦にならない。

プラトニック・セックスという一見おしゃれっぽいタイトルに聞こえるが

昔の娼婦のセリフで言う「身体は売っても心は売らない」という

いささか陳腐な言葉をアルファベットに置き換えただけのセンスはいただけない。

タイトルはともかく、その「半生記」に家庭での生育歴が語られている。・・

*躾がきびしく、すぐ父親が暴力的に振舞ったこと。

*勉強させられるときは、「父親が後ろで物差しを持って立って」いたこと。

*また毎日のように「習い事」を受けさせられたこと。

*「できないと怒鳴られ続けた私は、親がいない学校では何もできなくなっていたのだ。・・私は、いつも人の目に怯えていた」こと。・・

・・これだけを見ただけで、彼女がすでに児童期において

父親を通して「社会的な不安・恐怖」を形成していたこと

当然、「抑うつ症」または「鬱病」をも抱えていたことが予見される。

それはまず、「先生に話しかけられても何も答えられず、すぐ下を向いて縮こまって」いたことが社会的不安の証明になり、

「父親」=「先生」=「社会」という子どもの「正しい社会性習得」の基盤を歪めてしまったことを示している。

(「正しい」というのは「社会参加するうえで、“負の学習”による故なき過剰な不安・屈折・反発を抱えていないことを意味する」)

と同時に、「人の目に怯える」過剰な自己抑制をえらぶ

「抑うつ症」と「関係妄想」がすでにあらわれている。・・

そしてやがて中学校に上がると彼女はガラリと一変する。

暴走族の男と付き合い、歌舞伎町のディスコに行くようになり

万引きやカツアゲ、家出をくり返して補導されるという「不良」行動に走る彼女が登場する。

これは思春期に沸き起こる「性の発達」が彼女を後押しして

「社会不安と鬱」で常に脳内に分泌しているノルアドレナリンやアミンを

一気に消し飛ばそうと無意識に意図された「うつ破り」の「快の獲得」行動にほかなりません。

このときに脳が快感ホルモン(ドーパミン)で満たされるために無意識に欲求された行動です。

そのうちに父親の暴力的支配から逃れるためと、

直接的な性的な快感をいつでも手に入れるために

(人は一般に性全般を下半身の欲求と了解しているが、そうではない。
くり返すが、 社会不適応の考え方による恒常的な現実不安・屈折から刹那的に逃避するために無意識に手っ取り早い触覚の快感によるドーパミンを脳中枢がたえず求めるのだ。)

「男の家に転がり込み、同棲生活をはじめる」。

しかしこの目論みも続かないわけは、彼女がどんな理由をみつけようと

本当は、「彼女が一方的に性的な擦り寄りを無意識に実行した」ことにある。

だがここで、彼女が悪いと言っているのではないことを理解していただきたい。

ただ彼女は「そうするしか生きられない!」と考え

「生き難さからの無意識の逃亡と依存」に向かったということである。

「早熟」とは「切迫する生き難さからの無意識の逃亡」のことなのだ。

このときの彼女の選択肢には「別の道をえらぶ」というキャパシティは無い。

なぜなら、より社会的適応への道はすでに父親によって閉ざされていたから。・・

父親の負の行為としての「父親の密着」とは「溺愛」だけを言うのではない。

日常的に「暴言がともなうきびしい躾・教育」も「良かれと思う体罰」も

子どもにとっては「抑圧・支配による父子密着」という負の学習を背負わされることに変わりないのだ。

まずはじめに子どもは不安恐怖による無呼吸症から緊張症を抱え込まされるのだ。・・

(次回につづく)














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