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ルードヴィヒ・ルネサンス44 ~2018年7月5日号~

2018-07-05 00:00:00 | 音楽
《時代の転換》

「伊藤毅生誕100年記念コンサート」は5月3日に無事終了し、各方面から興味深い内容のコンサートとご高評いただきました。
コンサートの報告を吉野武彦さんが書いてくださり、EWEウェブニュース№.297(6.12)に掲載されました。
http://www.ewe.or.jp/archives/3803

新潮社「波」7月号に連載中の山下洋輔旅日記にも取り上げていただき、コンサートの全容が再現されています。すべてにおいて大変感謝すべき結果となりました。皆々様に感謝です。

 今回のコンサートをきっかけに、伊藤毅の生まれた1918年の出来事を挙げてみると…。
1月:英国からウラジオストックへの共同出兵の提案。ウィルソン米大統領が十四か条の平和原則を連邦議会で発表。2月:英国選挙法改正で30歳以上の女性も参政権を得る。3月:ドイツ軍がパリへの砲撃を開始。4月:英国空軍創設。日英両軍が慰留民保護の為ウラジオストックに上陸。東京女子大創立。6月:英政府からシベリア出兵を要請。イマヌエル・カント(1724-1804)の「実践理性批判」邦訳。7月:児童雑誌「赤い鳥」創刊。シベリアへの日米共同出兵を同意。8月:英米仏軍とシベリア出兵を宣言。9月:日本初の本格的政党内閣、原内閣成立。11月:オーストリアが休戦協定に調印。ドイツ革命が起き、皇帝ヴィルヘルム2世がオランダに亡命。ドイツが休戦協定に調印して第一次世界大戦が終結。(ウィキペディア、他)

 苦渋の決断を迫られた日本と欧米の関係が浮き彫りになってきます。私が注目したのは、ドイツのプロイセン王国時代(1701-1918)-1788年に書かれたカントの著書が130年後にやっと邦訳されたという事実。その「時間差」と、ユーラシア大陸の東端に位置する日本との「距離」を再確認-その距離は今も変わらないのです。

 技術の進歩によって時間差は短縮されました。今こそ自己認識を深め、それぞれの選択をして学ぶ時。次の扉を開いて前へ進むべき時と思います。
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