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あれこれ雑記

九六歳の名文

2017-07-10 15:19:05 | 日記

九州北部にはまだ雨雲が停滞していて油断が出来なさそうです。甘木朝倉方面には、始終写生に出かけていましたから、谷間の一軒家はどうなったか、川沿いで崖に近い集落では溢水に皆さん大丈夫かなど報道写真を見る度に、無事であるように願わずにはおられませんでした。ことに有明海上の報道には、団欒を一瞬に奪われた方々の悲痛は思いやるべき術も有りません。新聞紙上のいずれを見ても痛恨の記事のみで、鬱々でしたが、「ひととき」の欄に、「静かな毎日」と題して、九六歳の富永美津子さんの投書を拝見して感心しました。全文をなぞってもいいのですが、かいつまんでみます。
九六歳の富永さんは、老人ホームに入居なさっています。腰は少し痛いけれど特には病気はなく、アームウォカーを押せばラクに歩けるので、人から「元気ですねえ」と言われる。入居する前は一日三食作っていた。今の身辺についての説明があって、食堂の様子と中庭の四季の樹木の移りゆきが述べられています。人との往来もさりげなく書かれています。ある日の食堂の後ろの席での会話、訪ねてきた孫の男との会話です。「ばあちゃん はいつ死ぬの?」「そりゃ分からん。あんたは待つちょるの、私が死ぬのを。なんで?」すると「ばあちゃんが死んだら盆踊りができるから楽しみなんや」おばあちゃん二人は、カラカラと笑い、私はそこに居ない孫を想像した―と書かれています。すきの無い名文 だと老輩は思いますね。

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