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あれこれ雑記

松浦半島あれこれ

2018-09-24 20:58:09 | 日記

唐津市には玄武岩の海蝕洞が七つ並んでおり、見事な柱状節理を見せています。白砂青松を背後に控えた鏡山は、佐世姫伝説もさることながら、烽火台が置かれており、近くの中原遺跡からは、甲斐国出身の防人関係の木簡が出土しています。それ故近くには防人の駐屯地があったことと推測されます。またこれとは別に黒曜石の採掘地でもありました。
鏡山麓の鏡神社には、高麗で描かれた巨大な「楊柳観音像」が伝わっています。国博にも展示されたのではと思います。大宰府にも大きな影響のある「藤原広嗣の乱」の所縁で残った神社もあります。
現在唐津市玉島町玉島小学校すぐ近くに大村神社があります。藤原広嗣は桓武天皇天平一二年十月十五日(七四〇年)に大村でなくなりました。僧玄坊と吉備真備の讒言により太宰小貳として筑紫に退けられたことになっています。そして広嗣は反乱をおこし、大野東人が討伐に赴きました。広嗣は国外に逃れようとしました。しかし荒天候の海に阻まれ、大村へと逃れました。そてその地で討たれてしまいます。
玄坊は奇妙数奇な(玄坊墓所跡に詳しい)生涯を終え、そのためか吉備真備は天平正寶四年、現在のところに無怨寺を建立し、厚くその霊を慰めたと言われます。明治の神仏分離によって大村神社と改称されています。
老輩はかって目睫の間に住んでいたことがありながら現在まで不知で過ごしたのは残念でしたね。
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