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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (最終章 5)

2025年05月04日 | 小説

 翌日午前、所長室で書類に眼を通していた来栖はアレックスの突然の来訪に驚きを禁じ得なかった。週末の来栖宅でのディナーは予定通りだが、話したいことがあると言うアレックスの表情はいくぶん緊張でこわばっているように来栖には感じられた。
「昨晩、八雲さんがぼくの宿舎を訪ねてこられて、『ふるしきだよしこ』さんの事を話してくれたのです。また、なぜか母からも連絡があり、みちおが大きくなった今だから言えることだけど、子供のころいろいろあったことは誤解しているかもしれないが、皆、僕の父の不倫のせいだと言うのです・・・・・・」アレックスはいっきに語った。
「『ふるしきだよしこ』さんのことを八雲さんが話されたら、わたしは何も言うことはありません・・・・・・彼女は妄想癖があり、いろいろ事実と違うことを周りの人に言っていたことを記憶しています・・・・・・それから一言言っておきたいことは、この所長室の中も黄道の会の公的な空間であり、発言された内容は、皆、本部でもチェックされているようです」来栖はそう言うと、アレックスの顔をのぞき込んだ。アレックスは一瞬来栖の言った言葉の意味がよく飲み込めないよう表情を見せたが、来栖が天井の小さな監視カメラのような物を指し示すと、はっとした表情を見せた。
 来栖は大きなデスクチェアから立ち上がると、窓の外の景色をゆっくり眺めていたが、背後のアレックスが、「失礼します」と言い、扉を閉めて出て行く音が聞こえた。
 来栖のデスクの電話が鳴ったので、来栖はとっさに八雲からだと予感した。
この二十数年間、来栖は黄道の会の内部の人間としていつの間にか、この黄道の会の専制国家の秘密警察のようなやり方に疑問を抱かなくなっていて、自身も言動に気をつけていた。
「はい、来栖ですが・・・・・・」来栖が受話器をとると、果たして八雲だった。
「あー、八雲だけど、所長はわかってると思うけど、『よしこ』の話は今後アレックスにもほかの誰にもしないこと」
「はい」
 来栖がそう言って受話器を置くと、一限目の終了の鐘がなり、児童たちががやがやと廊下にくり出す音が聞こえた。
 とは言っても、来栖の頭に一つの疑問が残った。それはいったい誰が当時小学生のアレックスに彼の本当の母親は「よしこ」だと言ったのだろうか、と言うことだった。来栖には一つの心当たりがあったが、それを誰にも言うことはできなかった。高齢にもかかわらず、未だに引退せず、医師を続けている若木とでもいつか話すしかなかった。
 来栖はなぜなのかわからないが、何の根拠もなく、子供のアレックスにそのような話をしたのは、その包み込むような優しさから「よしこ」に唯一信頼された三方を思い起こした。しかし、それとは別の、二十数年前のある情景が仮想現実のように来栖の眼前に現れた。
 下校途中の数人の男の児童が、あたりを見計らって、畑の大根を抜こうとしていた金村勘吉を見つけ、はやしたてた。「おい、ガマガエルだぞ。ガマガエル、ガマガエル!」児童たちは小石を投げつけた。怒った勘吉は児童たちを追いかけ始めた。「おい、逃げろ」児童たちは駆け出した。その中で、ひときわ体の小さい児童が舗装されていない砂利道の半ばでつまづいて倒れた。「このガキが」追いついた勘吉は手を振り上げたが、はっとして思いとどまり、その児童の顔をじろじろ眺めてから言った。「おまえは『みちお』だろう。おまえのほんとうのかあちゃんは・・・・・・」そのとき、家庭訪問に向かう、自転車に乗った来栖が近づいてきた。口をつぐんだ勘吉を尻目に、その児童は仲間の元へ駆け出した。
  来栖は勘吉がY村でホームレスをしていた時期とアレックスが在籍した年度が合わないし、その仮想現実をあり得ないものと言うことはわかっていたが、その印象から、現実のもののように強く感じていた。

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