欧開明釈放の日から二十数年の歳月が流れた。その間、黄道の会が日本の社会だけでなく、世界の国々で受け入れられ、定着していくプロセスについて、一つ一つ取り上げることよりも、この物語を再スタートさせるにあたっては、欧開明釈放の日からまだ日も浅い時期に発生した二人の人間の死について語らなければならない。
欧開明を全真教の流れをくむ道教の道士の一人と見なすならば、出家の修行者であり、本来女性と性的関係を持つことは考えられなかったが、古敷田よしことの疑惑、また、その関連のことを目撃し、本来密告者としての立場にあるかのように思われた金村勘吉、この疑惑の直接的、間接的の関係者二人が相次いで不審死をとげたことは特筆に値すべきことだった。
先ず、古敷田よしこの転落死についてであるが、Y村の通称「お花畑」の山の斜面の下の崖下で彼女の遺体を発見したのは原良だった。
それは大雨の降った翌日の朝のことだった。宝探しで掘る場所を物色するため、早朝に地図や資料を片手に山中を歩き回るのが原良の日課だったが、「お花畑」の崖下の山林で白い物体を見かけたのを不思議に思い、普段誰も人が入らない領域だったが、分け入るとそれは原良もよく知るところのよしこの無残な姿だった。
他殺、自殺、事故の三つの方面からの捜査が進められたが、前日の夜の大雨の中、足元がすべりやすい状況下でよしこが足をすべらせて、崖下に転落したのは間違いなく、また、「お花畑」はよしこの行動範囲で、よく出没する場所であり、事故の可能性が高かった。なぜなら、崖上のよしこが足をすべらせた場所には他の足跡はなく、奇矯な行動の多い彼女が大雨の中、この崖上を徘徊していたとしても、何も不自然なことはなかったからである。よしこについては警察にとって準強姦罪(当時の呼称)の被害者として、また嬰児殺害死体遺棄の被疑者としての聞き取り及び捜査対象でもあったので、この転落死については慎重に現場検証と捜査が行われたが、結論は事故死としての扱いに落ち着いたようだった。
金村勘吉の死については、労働災害による死亡事故――いわゆる労災死として、何らの疑いもなく処理された。
それはこのような状況だった。Y村の黄道の会の傘下にある企業の一つに鋳造工場があった。村長の大木の配慮で勘吉はそこで働くことになったが、キューポラと呼ばれる溶解炉で1500度にも達する高温の真っ赤に溶けた鉄――「湯(ゆ)」を取り込んで保持する電解炉に添加剤と呼ばれる成分調整の元素の合金(外見はキャベツ大の石ころのような固まり)を投げ込む仕事をしていた。ここでポイントになることは、この添加剤が大きめだと、真っ赤な溶けた鉄が煮えたぎる炉の大きな穴の中に添加剤を投げ込むとき、反動で自分自身も投げ込んでしまいそうになることがあることである。
最初勘吉が勤務中行方不明になったことで大騒ぎになり、その後炉の前に台車に乗せられた投下半ばの添加剤が数個があり、これにより、勘吉が炉に落ちたことが類推され、その日の生産は停止した。人が「湯」の中に落ちても瞬時に燃え尽きて、骨も残らないほどの高温なので、勘吉の死を確かめることは不可能だったが、警察と消防による実地検分と調査から、状況から見てほぼ間違いないと判定された。
二つの死についてはこのように処理されたが、これらに関連する疑問の残る事象が二つあった。「お花畑」の斜面の下の崖から古敷田よしこが転落する二、三日前の夜、付近の山の頂から照射があり、幻灯のように、画像が映し出されていたのを目撃した者があったことだった。もし、大雨の夜、その映し出された画像がよしこが特別な関心を持つ対象であった場合、それを追い求め、彼女が足を滑らせて転落した可能性は否定できなかった。また、もう一つは、金村勘吉がその日、投げ込んだ添加剤の残りの数個の中の一個は通常のものより倍以上の大きさと重さがあり、どうして、このような規格外のものが納入されたのかは不明だった。この二件の事故死は、二件とも、巧妙に仕組まれた殺人の可能性もあったが、それを実証することは不可能であったことを言い置いて、この話を終わりたい。





