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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第5章 20)

2023年08月02日 | 小説

 黄道の会の新規入会者三名の内、最初に登壇した三十代と思われる女性は、黄道の会に対する感謝の言葉で終始した。
 夫のモラルハラスメントと家庭内暴力に耐えきれず夫と離婚した彼女が、日本の社会の中で母子家庭が経済的にどれほど困難になるかを訴え、食事にも事欠き、将来を悲観して、五歳の娘と一緒に自殺を図ろうと思ったとき、救ってくれたのはたまたま身近にいた黄道の会の人々であったことを語った。
 それに加えて、黄道の会に入会後、Y村に引っ越して来たが、朝晩のお務めによる精神面の安定だけでなく、黄道の会の仲間は皆一つの家族と言う考えのもとに、黄道の会の企業グループでの働く場所や社宅を与えられ、無料の食事の補助も受けていることを報告し、それらがすべて自然で、人の尊厳を傷づけるようなほどこしを受けると言うのではないことを強調した。
 次に出てきたのは、二十歳前後の若い男性だった。彼は中学生の時に「いじめ」に遭い、学校に行かず、ほとんど家に引きこもりがちで一時は飛び降り自殺も考えたが、欧開明の指示の下、黄道の会のお兄さん、お姉さん(主に教師を目指す黄道の会の大学生たち)が定期的に家を訪れ、励ましてくれて、自分はだんだんと復活していき、学校に行くようになり、今では簡単なことのように見えるが、自分にとっては実にたいへんなことで、おかげで高校にも進学でき、今は自分の希望する大学にも合格し、充実した毎日をおくっていることを報告した。今回、念願だった黄道の会に入会することができ、もし、自分と同じような引きこもりの子供がいたら、必ず立ち直らせたい、と宣言した。
 そして、最後は来栖の母だった。来栖は壇上の母を応援するどころか、恥ずかしさでいっぱいで、二人目の若い男性が退いたところで、会場を抜け出したくなり、腰を上げかけると、隣の席の若木に呼び止められた。
「来栖さん、どこへ?」
「ぼくは母の発表が我慢できないんです。どっちみち、自分の息子のことを話すだろうし、恥ずかしくてたまらないです」来栖はまったく耐えきれないという感じで言った。
 若木は来栖の顔を穴のあくほど、注視してから言った。
「どこが恥ずかしいんです? いちばん最後の発表は、さらに皆を感動させるお話だと思いますよ。それにこの会場は、集会が始まると自由に出入りができなくなるんです」
「そうなんですか?」来栖が問い返すと、八雲がいつの間にか来栖のそばに来ていて、何の事前の打診もなかったにもかかわらず、今すぐ壇上に上がって、母のそばに立って欲しいと来栖は言われ、心理的に激しく動揺した。
 来栖は八雲に何度も促され、しぶしぶステージの上に上がったが、驚いたことにこの三人目の新規入会者の発表は来栖の母ではなく、来栖本人が主体であったことだった。
 黄道の会の会員がそれぞれ体験談を語るとき、通常はいちばん最後の会員がいちばん苛酷な状況を黄道の会の信仰と支援により克服できたことを語るのが一般的であったが(最初と中間の発表者は苛酷な状況の程度が入れ替わることもあり)、もう一つのパターンがあり、新しい会員を入会させたことは、たとえ自分の近親者や配偶者であっても、たいへんな功績と見なされ、それがラストを飾ることもあった。
 実際は来栖の母を黄道の会に入会させたのは来栖の隣人の原良によるところが大きかったが、来栖の成果として、黄道の会では扱われ、来栖自身が等級が2階級特進になったのだった。
 来栖は口を開いた。
 「皆様、こんばんは。わたしはY村の分校の教師をしている来栖信一です。自分もまだ入会して間もないのですが、このたびは、最初は黄道の会に批判的だったわたしの母を入会させることができました……」
 会場の参加者からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
 その後、来栖が降壇すると、代わって、来栖の母が登壇し、このたび黄道の会に入会したいきさつを詳しく語り出した。

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