翌日、夜の七時から始まる臨時集会に参加するべく、来栖は大講堂の階段を下りようとして、すぐ前を行く、若木医師に気がついた。来栖は若木に声をかけるといっしょにその当時としては時代の先を行く監視カメラによる認証システムで二人とも大講堂に入り、鳳凰の間に向かった。
大講堂の鳳凰の間は参加した大勢の人々で熱気に包まれていた。
来栖は若木に前日、ぶな屋敷のアパートに釈放されて間もない欧開明自ら自分を訪ねてきて、自分が初等教育センターの責任者になることを要請したこと、数年後の自分が世界各国の児童たちに囲まれている姿の映像が映る不思議な玉を欧開明からもらったことを伝えた。若木は来栖の話に一つ一つうなずくと、来栖の肩に手を置き、「頑張ってください」とだけ言った。
時間が来ると、進行役の八雲が壇上に上がった。
「皆様、こんばんは。お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。これから臨時集会を始めます。欧開明先生のお話」
大講堂は歓喜の声に溢れ、収拾がつかないくらいだった。八雲は会場が静まるのをいっとき待ったあと、ステージの奥に合図を送って退いた。
壇上に上がった欧開明は拘置所に入る前と比べると幾分顔が白くなったこと以外、大きな違いは無かった。もちろん服装は修行の時に着る道服ではなく、スーツにネクタイ姿だった。
先ず欧開明は左手を挙げた。八雲の「ご起立ください」と言う言葉が会場に響き渡ると、会場の参加者は一瞬のざわめきのあと皆立ち上がり、これに習った。欧開明が宇宙の『源体』に敬意を表して「和光同源」を唱えると、会場の参加者たちはそれに続いて唱和した。八雲の「着席」の号令のあと、皆、着席した。
会場が静まるのを待って、一呼吸置いたあと、欧開明は天から聞こえてくる声とも思える、遠いところから聞こえてくるように感じるややカン高い声で語り始めた。
「皆さん、わたしは今、こうして皆さんの元へ戻ることができました。日本の検察は、われわれに対して、今後も捜査の継続と違法行為の可能性がある事案の摘発と立件に務めていくと言っておりますが、今回は保釈ではなく、完全な釈放を勝ち取ったことからもわかるとおり、検察は敗北をしたのであり、われわれは勝利したのであります」
この欧開明の言葉を聞いて、会場の参加者からは大歓声が巻き起こった。
「われわれは守られています。自由な信仰を保証する世界各国のリーダーの方々及び各学問の府を代表する世界各国の有識者の方々からもこの黄道の会に対する賛同と支持を得ています。その一方、この日本国内では黄道の会に対して、偏見を持つ政府、マスコミ、それに一般大衆から、大弾圧を受けております。しかし、その中でも一部ではありますが、われわれにご理解とご支持をいただいている政治家の方もいらっしゃいます。例えば長年黄道の会を陰になり日向になり、支えていただいているM党の古塚啓三先生、後で鵬役員から、メッセージのご紹介もあると思います……」ここで、欧開明は一息つくと、一転して、別なことを語り出した。
「……ところで、わたしが拘置所で取り調べを受けている間に、新たに入会された方々おります。本来なら全員のお話を皆様にお聞かせしたいのですが、特に今回は三名の方にご自身の体験を語っていただくことになりました……」
欧開明がステージの奥に顔を向けると、来栖の母を含む、三名の新規入会者が壇上に現れた。八雲のアナウンスがあり、最近入会した中から選ばれたこの三名が黄道の会に入るに至ったきっかけ及び体験談をこれから一人一人、発表するとのことだった。
欧開明は一人一人の手を握り、激励の言葉をかけるとステージの奥にしりぞいた。
その夜、来栖は早めに帰宅すると、母は不在だった。卓袱台の上には「会合」に行く旨を書いた母の置き手紙と来栖の夕食が置かれていた。来栖は着替えると、テレビのスイッチを入れた。
夜七時のニュースはトップで欧開明のニュースを伝えた。
「黄道の会の大導師欧開明こと李光逸容疑者が今、正式に釈放されて、T拘置所を出るところです……」テレビの実況はそう伝え、大勢の報道陣にもみくちゃにされながら、グレーのワゴン車に乗り込もうとする長身の欧開明の姿があった。その傍らには来栖には見慣れた顔が垣間見えたーー八雲だった。
続いて、テレビの画面にはスタジオにいる元検事の大月鉱造、社会学者で新興宗教に詳しい楠木道夫、それに黄道の会を追跡取材しているフリージャーナリストの東堂英子が映し出され、それぞれの識見を述べ始めた。
元検事の大月は今回検察がいくつかの事件に類する違法行為を公訴できなかったのは、黄道の会の恐らく周到な証拠隠滅と弁護団の緻密な論法によるものだが、検察庁は公訴をあきらめたわけではなく、今後も捜査を継続すること、また、一部のマスコミで報道されたような某政治家からの圧力による釈放を、三権分立の観点から強く否定した。
また、社会学者の楠木は黄道の会は今回検察で捜査取り調べを受けた違法行為は氷山の一角で、残念ながら合法的で立件できない多くの資産家の黄道の会への財産の多額の寄進の問題、その他黄道の会の会員の子供たちへの幼少期からの黄道の会による洗脳教育も問題とすべきだと述べた。
一方、ジャーナリストの東堂は、悩みを抱え、大学や専門学校に行かなくなった学生たちが続々と黄道の会に入会して、両親や家族の呼びかけにも反応せず、欧開明の説く「源体宇宙論」に心酔し、黄道の会の大部分を占める在家信者でもなく、修行のため社会から離脱する出家信者になっていく現状を伝えた。
来栖は日本の社会全体が黄道の会を否定的な反社会的な「悪」と見なしていることに激しい憤りを感じ、テレビのスイッチを切ると、夕食を取ろうとしたが、外が急に騒々しくなったので、たいへん驚いた。
外の階段を駆け上がる複数の足音が聞こえ、来栖の部屋のドアを叩く音と八雲の声がこだました。
「来栖先生!」
来栖は立ち上がって、間口の狭いドアを開けると、カミナリに打たれたかのように、その場に棒立ちした。
八雲の立つ背後には後光が差したように見える長身の欧開明その人の姿があった。その後ろには、来栖の母がいた。
「欧開明先生……」来栖はつぶやき、欧開明の前に進み出た。それは、まるで催眠術にかかったようだった……
欧開明は来栖の眼を見つめながら、彼の手を取るとしっかりと握りしめ、こう言った。
「来栖信一さん、あなたには黄道の会とP社が始めるプロジェクトの中でもたいへん重要な、初等教育センターの責任者をお願いします。引き受けてくれますね?」
来栖は自分の意志を表明することもできず、膠着したかのように固まってしまっていたが、突然、無意識に脳天から発したようなハイトーンの声で「はい」と答えていた。
欧開明はうなずくと、八雲から手渡されたものを来栖の手にしっかり握らせると、踵を返して、ゆっくりと階段を下りていった。八雲やボディガードの面々が後に続いた。
「信一!」母が来栖に駆け寄った。
来栖は欧開明から手渡された物をよく見た。
それは水晶の玉のようなものだった。中を眼を凝らして見ると、驚いたことに欧州系、アフリカ系、アジア系等々の世界各地のさまざまな顔かたちの児童たちに囲まれ、天の一点を指差している来栖本人の姿があった。そして、下の方に200X年11月30日と言うその年199X年から数年後の日付があった。
来栖はこの玉は未来の自分の姿を映し出していて、自分がこのようになるのはもうすでに決まっていることだと、いつの間にか強い確信を感じる自分に気がついた。





