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読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第5章 17)

2023年03月13日 | 小説

   その知らせは、事前にマスコミの報道があったものの、ことのほか小さな扱いだったので、注目する人も少なく、世間の人々には驚きをもって迎えられた。
 Y村のケーブルテレビでは、平日夜は19時から「源体宇宙論」の基礎編、20時からはその応用編の講座をそれぞれ一時間放送するのだが、その日は基礎編が終わって、応用編に入る直前にテロップが入り、緊急ニュースの通知があったかと思うと、いつものようにスーツ、ネクタイ姿の鵬役員が画面に現れ、黄道の会の全会員に対するメッセージを上から目線ではない視点から、厳かに語り出した。
「皆様におかれては、日々の精進、お勤め、たいへん痛み入ります。今、ここにたいへんうれしいご報告をさせていただきます。長きにわたって、検察の取り調べを受けていた欧開明先生が明日、釈放され、このY村に戻ってくることになりました・・・・・・」
 料理を作る手を止めて、テレビの方に目を向けた来栖の母は、驚いて、奥の部屋にいた来栖に声をかけた。
「信一、信一!」
「なんだい、母さん、騒々しいな」来栖は自分の職場の分校から帰ってきたばかりで、着替えをしていた奥の部屋から出てくると、テレビの画面に食い入るように見ていた母をいぶかしげな表情で見ながら、自分もテレビの画面に目を落とした。
「欧開明先生が明日釈放よ!」母の言葉に一瞬反射的に身を震わせた来栖はテレビの画面を見ていたが、ぽつりと言った。
「きっと、また臨時集会があるよ」
 実際、鵬役員の姿が画面から消えたあと、画面が変り、明後日19時から大講堂で帰還した欧開明先生を迎えての臨時集会を行う旨の通知が黄道の会本部からあった。
 来栖の母は噂に聞くだけで、実際の欧開明を見たことがなかった。来栖が欧開明のこの世のものとも思われないような容貌、雰囲気で会う人にたいへんな感動と衝撃を与えること、また、欧開明の口から出てくる言葉が不思議なほど、心に響くことを母に告げると、母は半信半疑ではあったが、欧開明に尋常でない人を惹き付ける力があることを彼女を指導する黄道の会の人たちからも聞いていたので、感覚的に想像できた。
 来栖は欧開明に実際に会い、もし、本当に欧開明から直々に自分の未来への道しるべを指し示されたら、その方向に何一つ迷うことなく邁進することは間違いがないように感じていた。そして、近々、釈放されてY村に戻ってくる欧開明と一日も早く会うことを心から切望する自分に気づき、内心はっとするのだった。
 その翌日の午後、来栖は若木との話によって、黄道の会の初等教育部門のプロジェクトの責任者になることに心を決めた訳ではなかったが、比較的関係が良好とも言える大木に今の自分の心情を伝えたかったのと、こちらからの希望を伝えておくと、その機会が到来するのが早くなるのではないかと言う期待から、八雲に事前に確認したのち、午後の自分の授業のフォローを大屋に託すと、自転車に乗って、大木との面談のために村役場へと向かった。
「そんなに難しく考えんでもええやろう」
 大木は、来栖の迷いから出た言葉に対して、あたかも来栖がナイーブ過ぎて、考え過ぎな人間であるかのように言った。とは言うものの、来栖が欧開明から直々の言葉を聞いたら、恐らく自分は感じるものがあって、この新しい仕事に取り組む意欲も高まるに違いないと言う言葉に大木は同意を示し、来栖に帰還したばかりの欧開明から指導を受ける機会を優先的に設けることを約束した。
 来栖が帰ってから、大木と八雲はひとしきり何やらひそひそ話をしていたが、やがて話を終えた八雲が部屋を出て行こうとしたとき、大木が背後から声をかけた。
「おお、忘れとった。金村勘吉の件は、八雲くんの言う通りでええ。身元引受人はわたしの名義にして、拘置所から出てきたら、Sの工場で働かせるように。本人がいやと言うたら、訴えの取り下げはせんことや」
 八雲は大きくうなずくと、村長室を出て行った。

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