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村 (第5章 15)

2022年07月14日 | 小説

   その後、来栖は一人きりになると、自然と自分の心の中に湧き上がるものがあった。それは何かと言うと、自分の将来についての漠然とした不安だった。わずか数ヶ月前は産休教員をしていた来栖だったが、このY村に来てからの自分自身の変化と周りのめまぐるしく変わる変化に自分が追いついていない感じであった。実際自分は黄道の会とP社の共同事業の一部である教育センター初等部での責任者の仕事が全うできるかどうかを思うと無人の荒野を何もあてもなくさまよい歩くような自分を感じていた。なぜなら、英語も思うように話せず、外国に留学して国際的な教育を受けたことのもなかったからであり、また、日本人だけでなく、海外のいろいろな国から集まってくる児童たちに自分が教えるだけでなく、教師たちの長として、皆をリードしていくことなど、到底自分には無理なことのようにも感じていた。
 海外の大学で学位を取ったわけでもなく、もちろん小学校教諭としてのキャリアもそれほどなく、更に黄道の会においては、入会したばかりと言ってよい来栖がどういう理由で選ばれ、この教育センターの責任者につくことになるのかはなはだ疑問を持たざるを得ないのは来栖本人だけではないように来栖は感じるのであった。と言っても、これは来栖と言う人間を深く知っているとは思えない欧開明のじきじきの指名とのことで、本人及び大多数の人からは疑問に思われるであろうこの「任命」も一人の指導者の鶴の一声で、絶対的な誰もが異論を唱えない「任命」になると言うことは一つの奇跡とも言えるでき事であるように来栖には感じられるのであった。
 こうした来栖の抑えきれない疑問の数々をぶちまけて、自分のために考え、何かしらの助言や彼に対する示唆を送ることができるのはこのY村には一人しかいなかった。それは診療所の若木医師だった。来栖は自分も若木自身も多忙な折、なかなか時間が取れないことを感じながらも、若木の元を訪れることを心に決めた。
 夜の10時をまわっていた。来栖は若木の診療所を訪れると入口に「往診中」と言う札が置かれてあり、かぎのかかっていない電灯のともった待合室で待つことにした。
 三十分も待ったであろうか、若木が軽自動車を運転して、往診から診療所に戻ってきた。若木は来栖の顔を見ると、全く意外な様子も見せずに、診療所の奥の居宅に来栖を招き入れた。
「来栖さんはいずれわたしを訪ねてくると思っていました」若木医師は自分より三十以上も年下の来栖にきちんと「さん」付けで呼び、来栖の話を先ず聞こうと言う姿勢を見せた。
「若木先生、もうお聞き及びかと思いますが、ぼくは黄道の会とP社が共同で進めるプロジェクトの一つ、教育分野の初等教育センターの責任者に任命されようとしています」
 来栖がそう言うと、若木は大きくうなずき、先ず来栖に自分の考えを話すようにうながした。
 来栖は若木に自分の内心の不安をぶちまけた。でも、彼は欧開明が自分を選んだ以上、断ることもできないこともわかっていると若木に告げ、先ず欧開明が自分を選んだ理由は何なのか、またどういう意図があるのか、もし若木がそれを少しでも知っているなら教えて欲しいと言った。
 若木はちょっと思案してから、おもむろに口を開いた。
「……これは今までの黄道の会の歴史の中で似たような人材抜擢がなかったかどうかを考えるとよくわかります」若木は続けた。
「身近な例を挙げると、来栖さんもよくご存じの八雲さんがいます。八雲さんは元々東京に住まわれたご両親とも古くからの黄道の会の会員でしたが、ある日突然、お父さんが病気で倒れられ、帰らぬ人となりました」

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